あや)” の例文
おこの沙汰ではあるが、私はあやしきまでに女の美しい姿に引つけられた。私はどうしても彼女を尋ね出そうと堅く決心した。
日蔭の街 (新字新仮名) / 松本泰(著)
天照らす大御神いよよあやしと思ほして、やや戸より出でて臨みます時に、そのかくり立てる手力男の神、その御手を取りて引き出だしまつりき。
菖蒲あやめの寮の奥で、今こうして、自分の運命のあやしさに思い入りつつある現在の新九郎も、女難という方には、更にうッかりしているのだった。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その僕これをあやしみひそかにその被いを開くと、皿上に白蛇あり、一口むるとたちまち雀の語を解し得たので、王の一切智の出所をさとったという。
若い女の、水着の派手な色と、手足や顔の白さが、波紋を織る碧い水の綾のなかに、あやしいまでの美しさを見せた。
モルガンお雪 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
知らず、三日の後殿みやにてふ。彼教師の中に坐し、聴きかつ問ひゐたり。聞者きくもの知慧さときと其応対こたへとをあやしとせり。
続西方の人 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
私はよく汗のついた手首に、その繪の女王や昆虫の彩色をかゆいほど押しては貼り、はがしてはそつと貼りつけて、水路の小舟に伊蘇普いそつぷ物語のあやしい頁をへした。
思ひ出:抒情小曲集 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
憂ひの恋! 之程あやしいものは世界に無い。栄一があまりに沈黙して居るので鶴子は熱して来た。そして其手を取つた。然し栄一は恋の興を湧かさうとはしなかつた。
高橋梅たかはしうめすなわち僕の養母は僕の真実の母、うみの母であったのです。さい里子さとこは父をことにした僕の妹であったのです。如何どうです、これがあやしい運命でなくて何としましょう。
運命論者 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
その船行方ゆくえなくなりてのちは、家に残る人も散々ちりぢりになりぬるより、絶えて人の住むことなきを、この男のきのうここに入りて、ややして帰りしをあやしとてこの漆師ぬしおじが申されし
蛇性の婬 :雷峰怪蹟 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
の方にうるはしき声して、此の軒しばし恵ませ給へといひつつ入り来るを、あやしと見るに、年は廿はたちにたらぬ女の、顔容かほかたち三一かみのかかりいとにほひやかに、三二遠山ずりの色よききぬ
その時々にあやしく変つて行く運命と共に、兎角揺られがちな彼女の弱い心から出る訴へを、可なり利己的な立場から、同情ある慰めの言葉で受けてゐたに過ぎなかつたくらゐなので
質物 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
しかるに某は身動みじろぎだにせであるを、衆のものいよいよ可笑がりて、近づき視れば、何ぞ図らむ、舌を吐き目をねぶりて、呼息まことに絶えたり。高粱の殻にて縊れぬとはあやしからずや。
『聊斎志異』より (新字旧仮名) / 蒲原有明(著)
そのろうたけたすがたに似もやらぬ、武芸のたしなみといい、何とはなしに感じられる、身のまわりの妖気——浪路が、一目見て、いのちもと思い込んだにも、あやしさがある——さては
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
大きさは約四尺もあろう、真黒で頭の大きい何とも分らぬ怪物かいぶつだ、流石さすがの悪僧も目前にこんなあやしみを見て深く身の非を知りその夜住職をおこしてこの事を懺悔ざんげし、その後はうって変って品行を謹しみ
枯尾花 (新字新仮名) / 関根黙庵(著)
しかし老婆の手紙について津村が最もあやしい因縁を感じたことが外にあった。と云うのは、この婦人、———彼の母方の祖母にあたる人は、その文の中に狐のことをしきりに説いているのである。
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
すると、草の間に提灯の灯が動いて、しゃがんでいたらしい人影が、すっくと起ち立った。闇黒に染む濡れた光りの中央に、あごから上を照されてあやしくくま取った佐平次の顔が、赤く小さく浮かび出た。
胸の血のあやしくもときめくよ。
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
ここにわたの神の女豐玉毘賣とよたまびめ從婢まかだち玉盌たまもひを持ちて、水酌まむとする時に、井にかげあり。仰ぎ見れば、うるはしき壯夫をとこあり。いとあやしとおもひき。
あるいは枯山からやまをして変えて青山にす。あるいは黄なるつちをして変えて白き水にす。種々くさぐさあやしき術、つくして究むべからず。
方伯つかさのいとあやしとするまでにイエス一言ひとことも答へせざりき。」——クリストは伝記作者の記した通り、彼等の訊問じんもんや嘲笑には何の答へもしなかつたであらう。
西方の人 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
しとみおろしすだれたれこめしまで、夢のうちに見しと露たがはぬを、あやしと七〇思ふ思ふ門に入る。
その横山五助、どうにかして、浪路の行方を突き止め、土部家へ戻そうとして、たった今まで、心を砕き、この小家をとうとう発見したのであったが、人間の慾念というものは、あやしいものだ。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
それからと云うものはこの家にあやしい事が度々たびたびあっておどろかされた芸人も却々なかなか多いとの事であるが、ある素人連しろうとれんの女芝居を興行した際、座頭ざがしらぼうが急に腹痛をおこし、雪隠せっちんへはいっているとも知らず
枯尾花 (新字新仮名) / 関根黙庵(著)
而もその婦人というのは、どうであろう、柏の所謂いわゆる「愛の杯」の主人公で、例の扇子の持主ではないか。私の胸は異常な驚愕と好奇の念にあやしく跳った。私の眼は絶えず筋向うのボックスに注がれた。
日蔭の街 (新字新仮名) / 松本泰(著)
声もえたてぬあやしさは
東京景物詩及其他 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
大后の幸でませる故は、奴理能美がへる蟲、一度はふ蟲になり、一度はかひこになり、一度は飛ぶ鳥になりて、三くさかはあやしき蟲二七あり。
『甲子夜話』続篇八〇に、松浦天祥侯程ヶ谷の途の茶店にて野猪の小なるをほふるを見る。毛白くして淡赤なり。あやしく思いその名を聞くにカモシシと答う。問うカモシシは角あるにあらずや。
豊雄また夢心して、さむるやと思へど、まさうつつなるをかへりてあやしみゐたる。
いったがその時は別にあやしいとも思わず、それは結構だ早く二階へ上っておいわれ当人が二階へ上って行く後姿うしろすがたを認めた頃、ドンドンと門を叩く者がある、下女をおこしてきかせるとこれは病院の使つかい
枯尾花 (新字新仮名) / 関根黙庵(著)
あのあやしい光り、これは、尋常のことではない。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
あるいは黄なるつちをして変えて白き水にす。種々くさぐさあやしき術、つくして究むべからず(『扶桑略記ふそうりゃっき』四には多以究習とす)。また、虎、その針を授けて曰く、慎矣慎矣ゆめゆめ、人をして知らしむることなかれ。