埠頭ふとう)” の例文
その泥海の中へ埠頭ふとうごとく伸びていて、もう直き沈没しそうに水面とすれすれになっているところもあり、地盤の土が洗い去られて
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
高松の埠頭ふとうに着く頃はもう全く日が暮れている。くれない丸がその桟橋に横着けになると、たちま沢山たくさんの物売りが声高くその売る物の名を呼ぶ。
別府温泉 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
ぼう——、ぼうっ——、ふた声ほど、これに続いて埠頭ふとうのほうで汽笛が鳴る。兵舎いったいに、何かものの気配がただごとでない。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
埠頭ふとうにもやった四五はいの船も足をたかく見せていた。荷をおろして一呼吸いれている姿であった。荷役の掛声も揺曳ようえいしていた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
背嚢はいのうを背負って汗びっしょりの兵隊の列が、ほかの埠頭ふとうから軍用船に乗り込んでいて、何やら不気味なあわただしさがあった。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
遺骸むくろを奉じて埠頭ふとうを去る三マイルなるパセパンシャンの丘巓きゅうてんに仮の野辺送りをし、日本の在留僧釈梅仙を請じてねんごろに読経供養し
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
卒然として往年かの二艦を横浜の埠頭ふとうに見しことを思いでたる武男は、倍の好奇心もて打ち見やりつ。依然当時の二艦なり。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
蘆荻ろてき埠頭ふとう。——柳の街道。高粱かうりやん畑。夕日。古城壁。——最後に私は巡警の物々しい北京前門停車場で、苦力クウリイの人力車に包囲されてしまつた。
南京六月祭 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
船長ノルマンは、有名な強力ごうりきだったから、巨人ハルクのうでをかたにかけ、彼の巨体を、ひきずるようにして、どんどん埠頭ふとうの方へいそいだ。
火薬船 (新字新仮名) / 海野十三(著)
川の中には白い帆艇はんていをいっぱいに張って、埠頭ふとうを目がけて走って来ましたが、かじにはだれもおりませんでした。
また、エイゼンシュテインは港の埠頭ふとうにおける虐殺の残酷さを見せるために、階段をころがり落ちる乳母車うばぐるまを写した。
映画芸術 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
「君はいつ長沙へ来たとくからね、おととい来たばかりだと返事をすると、その人もおとといはたれかの出迎いに埠頭ふとうまで行ったと言っているんだ。」
湖南の扇 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
のみならず、港内に碇泊する諸藩が西洋形の運送船およそ十七艘はことごとく抑留され、神戸の埠頭ふとうは英国のために一時占領せられたかたちとなった。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
今夜はガルシア・モレノに「上海シャンハイ」——深夜埠頭ふとうの散歩者を暴力で船へ担ぎ上げて出帆と同時に下級労役に酷使すること——があるにきまってるから
むかしあんなに遠浅だった浜に、立派な埠頭ふとうの出来ているのに驚いた。そこの建物がことごとく倉庫ばかりで昔の料理屋や旅館などの影も形もないのに驚いた。
芝、麻布 (新字新仮名) / 小山内薫(著)
商賈しょうこみな王の市におさめんと欲し、行旅みな王のに出でんと欲し、たちまちにして太平洋中の一埠頭ふとうとなり、東洋の大都となり、万国商業の問屋となり
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
港の入口には、埠頭ふとうを洗う浪を食って、胴の高い船が心細く揺れている。魔に襲われて夢安からぬ有様である。
幻影の盾 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
も一歩進めて、宇品の埠頭ふとうに道後旅館の案内がある位でなくちゃだめだ。松山人は実に商売が下手でいかん。
初夢 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
数十年の前まで、一葉の扁舟さへ見難かりし太平洋は、今や万国商業の湊合そうがふする一港湾となり、横浜の埠頭ふとう桑港さうこうの金門を繋ぐ一線は、実に世界の公路となれり。
閑天地 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
良人おっとに連れられて外遊する船がナポリに着いた時、行き違ひに出て行かうとする船に乗り込むあわただしいかの女に、埠頭ふとうでぱつたり出遭であつて、わずかにおたがいに手を握つた。
過去世 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
我心は何故とも知る由なけれど、唯だ推されかるゝ如くなりき。われは埠頭ふとうにおり立ちて、行李をはこび來らしめ、目を放ちて海原を望み見たり。さらば/\我故郷。
河岸かしの渡し場のところに来て、かれはしばらく立っていた。月が美しく埠頭ふとうにくだけて、今着いた船からぞろぞろと人が上がった。いっそわたしを渡って帰ろうかとも思ってみた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
五年ぶりに帰朝する御主人をお迎えにいそいそ横浜の埠頭ふとう、胸おどらせて待っているうちにみるみる顔のだいじなところに紫色の腫物はれものがあらわれ、いじくっているうちに、もはや
皮膚と心 (新字新仮名) / 太宰治(著)
港灣かうわんに掃除の行はるる時、人夫等の黒き集團は埠頭ふとうおほひて、船舶せんぱくかたへ立騷たちさわぐ如く
頌歌 (旧字旧仮名) / ポール・クローデル(著)
マルセーユの駅からホテル・ノアイユへよって、パリの日本大使館のムシュウ・マスナガが契約しておいた部屋と云って一応たしかめておいてから、埠頭ふとうへ迎えに行けばよいだろう。
道標 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
木村は狂うような心をしいて押ししずめながら、船の着くのを埠頭ふとうに立って涙ぐみつつ待っているだろう。そう思いながら葉子の目は木村や二人の妹の写真のほうにさまよって行った。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
けれども、神戸の埠頭ふとうを汽船の上から望んだ時、彼は憤りに駆られて叫んだ。
二十歳のエチュード (新字新仮名) / 原口統三(著)
数ヶ月前、横浜埠頭ふとうで、ハマの船員たちにだまされて、密猟船虎丸のボーイとして乗船した僕が、今は、素人ながら、一等運転士の貫録をみせて、納り返っているなど、まったく夢のようだ。
怪奇人造島 (新字新仮名) / 寺島柾史(著)
で毎日朝から夕方まで、ツーロン港の海岸や埠頭ふとうや堤防などの上には、ひまな人々やパリーでいわゆるやじ馬など、オリオン号を見るよりほかに用のない多くの人がいっぱいになっていた。
どこかに捜して宿をとろうか、それとも今の女のところへ帰ってゆこうか、それはいずれにしても私の憎悪に充ちた荒々しい心はこの港の埠頭ふとうで尽きていた。ながい間私はそこに立っていた。
冬の蠅 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
京城からこの度の行を共にする浜口良光、土井浜一両氏と埠頭ふとうで落ち合う。朝鮮は何時いつ来てもすがすがしい。去年もこの頃であった。今度また揃って出かけることの出来たのも大きな悦びである。
全羅紀行 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
前日からの疲れでぐっすり寝込んだ寐入端ねいりばなを起されたので、大分不機嫌である。大体あの小樽の埠頭ふとう設備で、二万の武装兵力が上陸するのに何日かかるか、とても一日や二日で出来る話ではない。
流言蜚語 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
沖の汽船にも、埠頭ふとうやブイの標識にも、気がつくと公園の中の水銀灯にも、もう、いっぱいに美しく光が入っている。急速に日は短くなる。それに、冷えこみもはげしい。女もベンチから離れた。
一人ぼっちのプレゼント (新字新仮名) / 山川方夫(著)
越えて二日、私は太子のことのみを考えて哀愁と思慕とで胸の閉されるような思いを続けた二日の後、太子の乗船イキトス号が横浜を解纜かいらんする日には何をいても見送りに埠頭ふとうへ出かけて行った。
ナリン殿下への回想 (新字新仮名) / 橘外男(著)
津軽つがる海峡を四時間にせて、余等を青森から函館へ運んでくれた梅ヶ香丸は、新造の美しい船であったが、船に弱い妻は到頭酔うて了うた。一夜函館埠頭ふとうきと旅館に休息しても、まだ頭が痛いと云う。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
車も埋まるばかりな葭芦よしあしの間の道を幾曲いくまがり、やがて、かの埠頭ふとう朱貴しゅきの茶店までやって来ると、早やさっきの二そうも何処やらに着き
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
道路のアスファルトがやわらかくなって靴のあとがつくという灼熱しゃくねつの神戸市中から、埠頭ふとうに出て、舷梯げんていをよじて、くれない丸に乗ると、たちまち風が涼しい。
別府温泉 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
ここは門司の埠頭ふとうです。一人の青年が東京へ急ぐこころをおさえて、大きな汽船から降り、倉庫のあたりを一人で静かに散歩していたとしましょう。
赤耀館事件の真相 (新字新仮名) / 海野十三(著)
船はタンジョンパガールの埠頭ふとうに横づけになる。右舷に見える懸崖けんがいがまっかな紅殻色べんがらいろをしていて、それが強い緑の樹木と対照してあざやかに美しい。
旅日記から (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
神戸から横浜の方に廻った馴染の船はまだそこに碇泊ていはく中で、埠頭ふとうに横たわる汽船の側面や黒い大きな煙筒えんとつは一航海の間の種々様々な出来事を語っていた。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
殊に狭苦しい埠頭ふとうのあたりは新しい赤煉瓦あかれんがの西洋家屋や葉柳はやなぎなども見えるだけにほとん飯田河岸いいだがしと変らなかった。
湖南の扇 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
それでなければ許嫁いいなずけの女に捨てられた男が、五年も十年も立ってから、或る日横浜の埠頭ふとうに立つと、そこに一そうの商船が着いて、帰朝者の群が降りて来る。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
南北千五百尺東西四千二百尺の埠頭ふとうそばにこのくらい豆を積んだらずいぶんさかんなものだろう。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
これも詳しくは「後章参照」だが、早く言えば、毎晩僕が夜の埠頭ふとうへ出かけて古いINKの海を眺めてるあいだに、いつからともなくこのリンピイと知り合いになったというだけなのだ。
稲瀬川いなせがわを渡る時、倉地は、横浜埠頭ふとうで葉子にまつわる若者にしたように、葉子の上体を右手に軽々とかかえて、苦もなく細い流れをおどり越してしまったが、滑川のほうはそうは行かなかった。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
埠頭ふとう全体がまるで白熱した拳闘試合の行われている競技場みたいだった。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
自身中軍から埠頭ふとうへ出ると、諸将を呼んで、多くの鍛冶かじをあつめ、連環れんかんくさり、大釘など、夜を日についで無数につくらせた。
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
船と埠頭ふとうの間に渡した色テープの橋の両側で勇ましい軍歌が起った、人々の顔がみんな酔ったように赤く見えた。誰も彼も意志の強そうな顔ばかりである。
札幌まで (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
「ああ、お父さま。さよなら、さよなら」と、マリ子は舷側げんそくから、白いハンカチーフをふって埠頭ふとうまで見送りにきてくれた父親にしばしの別れを惜しむのであった。
人造人間エフ氏 (新字新仮名) / 海野十三(著)
対州つしま壱岐いきも英米仏露の諸外国にき取られ、内地諸所の埠頭ふとうは随意に占領され、その上に背負しょい切れないほどの重い償金を取られ、シナの道光どうこう時代の末のような姿になって
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)