喫驚びっくり)” の例文
自分は岡田夫婦といっしょに停車場ステーションに行った。三人で汽車を待ち合わしている間に岡田は、「どうです。二郎さん喫驚びっくりしたでしょう」
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
所がそれから二三分して、彼は秋子が涙ぐんでいるのに気付いて喫驚びっくりした。涙ぐんでる眼が鋭い光を放ってるのに、更に喫驚した。
幻の彼方 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
そして果せる哉、本統ほんとうに伊勢鰕のように真赤な顔になった。乃公おれは困ったと思うと、富田さんが突然いきなり乃公の手を捉えたのには喫驚びっくりした。
いたずら小僧日記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
それを聞くと助五郎はくるりときびすを廻らして、元来た方へすたすた歩き出した。喫驚びっくりして後見送っている望月を振り返りもせずに——。
助五郎余罪 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
「人に驚かしてもらえばしゃっくりが止るそうだが、何も平気で居て牛肉がえるのに好んで喫驚びっくりしたいというのも物数奇ものずきだねハハハハ」
牛肉と馬鈴薯 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
君の事を話してやったら、「あの歌人はあなたのお友達なんですか」って喫驚びっくりしていたよ。おれはそんなに俗人に見えるのかな。
お客様だと云うから、誰かと思って見ると、千枝子さんの名刺に、真個ほんと喫驚びっくりした。此上もないよろこびのおどろきである。丸髷が美しい。
どの色も美しかったが、とりわけて藍と洋紅とは喫驚びっくりするほど美しいものでした。ジムは僕より身長せいが高いくせに、絵はずっと下手へたでした。
一房の葡萄 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
「さあ、早く行きましょう」と不図ふと後方うしろを振向くと、また喫驚びっくり。岩の上には、何時いつしか、娘の姿が消えていて、ただ薬瓶くすりびんのみがあるばかり。
テレパシー (新字新仮名) / 水野葉舟(著)
モセ嬶は、がっかりして、泥のついた手で水洟みずばなをこすりながら、鼻の下を黒くして、「なじょにして爺様を喫驚びっくりさせべ?」
(新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
ガラッ八は喫驚びっくりしました。五日籠っていた平次の神算鬼謀しんさんきぼうが、日本中の大泥棒の巣を、叩き潰すまでに運んでいたのです。
至って小男で無精髭をモジャモジャ、風采といい、身装みなりといい、さほどの先生とは思われず、知らぬ人は名を聞いて喫驚びっくり
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
(やあ、ご坊様ぼうさま。)といわれたから、時が時なり、心も心、後暗うしろぐらいので喫驚びっくりして見ると、閻王えんおう使つかいではない、これが親仁おやじ
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
喫驚びっくりして逃げてくるようでは話にならぬが、幸いに勇士等が承諾してこれを抱き取ると、だんだんと重くなってしまいには腕が抜けそうになる。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
岸から船を離して艪を漕いで中洲の蘆間に入ったのを、誰も見ている者は無かったが、喫驚びっくりしたのは葭原雀よしきりで、パッタリ、鳴く音を留めて了った。
悪因縁の怨 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
私はこの塀を見て実に喫驚びっくりした。もちろん前にも見ない事はないけれどもその日は殊に閑暇で心も自からひまでしたからそういう事にもよく気が付く。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
そりゃア誰でも喫驚びっくりするさ。僕だって、一旦は驚いたよ。吉岡忠一の友人が、そんな馬鹿馬鹿しい目に逢ったかと思うと、実に唖然とせざるを得なかったよ。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
老栓は喫驚びっくりして眼をみはった時、すぐ鼻の先きを通って行く者があった。そのうちの一人は振向いて彼を見た。
(新字新仮名) / 魯迅(著)
ト云う声が忽然こつぜん背後うしろに聞えたのでお勢が喫驚びっくりして振返ッて視ると、母親が帯の間へ紙入をはさみながら来る。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
お君はこう言って、また寝ている人に蒲団をかけ直してやろうとして、思わずその寝面ねがおを見て喫驚びっくりして
大菩薩峠:13 如法闇夜の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
飄然ひょうぜんやって来たのは飛白かすり単衣ひとえ瀟洒しょうしゃたる美少年であって、これが漣であると紹介された時は、かねて若い人だとは聞いていたが、余り若過ぎるので喫驚びっくりしてしまった。
東京を笠に被て、二百万の御威光で叱りつくる長屋のかみさんなど、掃除人そうじにんの家に往ったら、土蔵の二戸前もあって、喫驚びっくりする様な立派な住居に魂消たまげることであろう。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
「いいよ、いいよ……」軍医は喫驚びっくりしてラエーフスキイの腕をつかんだ、「これは僕が払う。僕が註文したんだから」とムスターファに向って「俺につけといてくれ。」
決闘 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
彼は今度も咄嗟とっさあいだに如来の金身こんじんに近づかずにすんだ。それだけはせめてもの仕合せである。けれども尼提はこう思った時、また如来の向うから歩いて来るのに喫驚びっくりした。
尼提 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
後になってこの小さな家が外来患者の診察室であると知った時尾田は喫驚びっくりしたのであったが、そこには別段診察器具が置かれてある訳でもなく、田舎駅の待合室のように
いのちの初夜 (新字新仮名) / 北条民雄(著)
「おい、喫驚びっくりさせるなよ」と、呆れて慎作が叫けんだのと、聞覚えのある声を耳にしたのと、群衆の隙から眼球を引抜かれる様なものを一瞥したのと、殆んど同時だった。
十姉妹 (新字新仮名) / 山本勝治(著)
和尚は喫驚びっくりしてモヂモヂと立ち去ることを忘れてゐたものだから、蛸はぷんと拗て軽蔑を顔に顕はし、食へ、といふやうに一本の見事な足を和尚の鼻先へぬつと突き延した。
黒谷村 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
坂口は喫驚びっくりして馳寄った。女は黒っぽい着物の裾を泥まみれにして、敷石の上にうずくまっていた。
P丘の殺人事件 (新字新仮名) / 松本泰(著)
何しろ安価やすいんだからね。来てから俺の部屋を眺めまわして喫驚びっくりするだろうとは思っていたが、やっぱり喫驚しているね。一寸いい気味だな。貴様の部屋は今、掃除をさせている。
二人のセルヴィヤ人 (新字新仮名) / 辰野隆(著)
お蔦 (喫驚びっくりして起つ)どうしたの。指を打ったんじゃないかい。どれお見せ。まあ血が出て来た。痛いだろうね、我慢おし、ね。薬つけてあげるから、自分できつくおさえといで。
一本刀土俵入 二幕五場 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
『なぜ、そんな事を云い出したのだ?』とイワンの兄は、喫驚びっくりしてきき返しました。
イワンとイワンの兄 (新字新仮名) / 渡辺温(著)
きたいに見覚えのあるので、もしやとまた箏樋ことひの裏を検捜しらべると、二度喫驚びっくり、それが、すなわち、の一面の方である、偶然といえば偶然の事だが、何とあまりに不思議な事ではないか
二面の箏 (新字新仮名) / 鈴木鼓村(著)
そこで笛吹きは笛の袋に風を入れ、自分で喫驚びっくりする程立派な音楽を奏しました。
君々、虎は後ろですよと注意されて喫驚びっくりして見たりする事もないとはいえない。
めでたき風景 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
私は今まで随分捕縛には出張しましたが、捕縛と聞て此藻西太郎ほど喫驚びっくりしたのは見た事が有りません、彼れはようやく我れに復りて其様な筈は有ません必ず誰かの間違いでしょうと言ました
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
どんなにコロボックンクルは喫驚びっくりしたことでしたろう、又恥しがったことでしたろう! いかに敏捷すばしこいと言ったところが、そういう風に乱暴な男に捉まえられたのでは、どうにも仕様がありません。
蕗の下の神様 (新字新仮名) / 宇野浩二(著)
と、喫驚びっくり、叫ばせてやることが出来ますように、と祈るのでした。
其朝なんか、よっぽど可笑おかしかった、兼公おれの顔を見て何と思ったか、喫驚びっくりした眼をきょろきょろさせ物も云わないで軒口ヘ飛んで出た、おれが兼さんお早ようと詞を掛ける、それと同んなじ位に
姪子 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
しかも筒井を迎えに行った春の渡舟に、つやのいい御車みくるまうしが一頭乗せられ、ゆっくりと船頭はをこぎながら、皆さん大声を出さないでくれ、牛が喫驚びっくりすると川にはまるから頼みますぞと呶鳴どなった。
津の国人 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
この田舎娘の調戯からかい半分に言ったことは比佐を喫驚びっくりさせた。
足袋 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
私は喫驚びっくりして私達のお客を見詰めた。
彼は喫驚びっくりすると同時に安心した。
乳色の靄 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
怒鳴られたので僕は喫驚びっくりして泣きながら父の顔を見てると、父もしばらくは黙ってじっと僕の顔を見て居ましたが、急に涙含なみだぐんで
運命論者 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
此の不意の出来事には、彼地で家庭を持ち死ぬまでを暮す積りで居るのだと予想して居た多くの者共を非常に喫驚びっくりさせた。
追憶 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
「おや何かしらん」とあやしみつつ漸々ようようにそのわき近付つかづいて見ると、岩の上に若い女が俯向うつむいている、これはと思って横顔を差覘さしのぞくと、再度ふたたび喫驚びっくりした。
テレパシー (新字新仮名) / 水野葉舟(著)
何だか喫驚びっくりして眼をくるくるさして、頭をねじ向けて見ると、祖母の眼がいつもより多く濡みを帯びてるようだった。
同胞 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
村の猟人かりうどの某という者が、五葉山ごようざんの中腹の大きな岩の陰において、この女に行逢ゆきあって互いに喫驚びっくりしたという話である。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
「怒るもんか、唯喫驚びっくりするばかりだよ。僕んところのお父さんなんか随分喫驚したぜ。そして最早もう仕方がないって言った」
いたずら小僧日記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
小さいのは喫驚びっくりして跳ね上り、洞の中に潜り込んだ。親兎は洞門の口までいて行って、前脚で子供の脊骨を押し、押し込んだ後、土を掻き起して穴を封じた。
兎と猫 (新字新仮名) / 魯迅(著)
平次が二度喫驚びっくりしたのも無理はありません。小判は吹き立てと言ってもいいほど真新しい真物ほんものですが、その表には、あるべきはずの検印が捺してなかったのです。