初心うぶ)” の例文
その男も、真面目な初心うぶな男でしたから、僕が貴女に選まれたのと、同じやうな意味で、貴女に選まれたのではないかと思ふのです。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
このこはそんな初心うぶなんじゃないね、どうして、相当しょうばいずれがしているよ、素人でこんなに酒びたりになれるもんじゃないし
契りきぬ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
云いながら素早く山吹の手をギュッと握ったが、そこは初心うぶの娘である。「あれ!」と仰山ぎょうさんな金切り声を上げ握られた手を振りほどいた。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「しかし漆雕開君は、それほど初心うぶでもないだろう。僕なんか年甲斐もなく、いつもあべこべに啓発されているくらいだからね。」
論語物語 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
どうかすると、その手紙の中には、「織女をこわがっている牽牛なんて有りませんね」などとした初心うぶな調子で書いたところも有った。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
この娘さんをあくまでも征服し背後の梢の頂上てつぺんに烏のやうに、とまつてゐて、自由自在にこの娘さんの、初心うぶな感情を操つてゐたならば
味瓜畑 (新字旧仮名) / 小熊秀雄(著)
「塀和さんがねえ。昨日態々十二錢返しに行つたんですつて。格子までサ。それから上りもしないで歸つて來たんですつて。全く初心うぶね」
俳諧師 (旧字旧仮名) / 高浜虚子(著)
ああ、十数年の歳月は、あの夕顔の花のように弱々しくて、初心うぶで、若い母でもあった水茶屋のお袖をして——こんなにも変らせていた。
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
岡は人なじみの悪い、話のたねのない、ごく初心うぶな世慣れない青年だったけれども、葉子はわずかなタクトですぐ隔てを取り去ってしまった。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
御鷹匠といえば一概に恐ろしいもののように考えていたお八重は、案外に初心うぶでおとなしい金之助を憎からず思ったらしい。
半七捕物帳:15 鷹のゆくえ (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
初心うぶの私は女の顔をまともに見られないほど照れていた。そして『こんなことがなんでおもしろいのやろ?』と不思議にさえ思ったものである。
主『然るを、初心うぶの者に限ツて、合せと挙るを混同し、子供の蛙釣の様に、有るツけの力で、かう後の方へ、蜻蛉返り打せるから…………。』
元日の釣 (新字旧仮名) / 石井研堂(著)
読本リーダーに出て来るような初心うぶな娘ッ子だ。きっと物にして見せるよ。俺の歯にかかったらどんなにかて胡桃くるみだって一噛みだ。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
そなたくろ外套マントルほゝばたく初心うぶをすッぽりとつゝんでたも、すれば臆病おくびゃうこのこゝろも、ぬゆゑにきつうなって、なにするもこひ自然しぜんおもふであらう。
だが、色々試してゐるうち、孔雀の世間馴れた素振そぶりが、これまで初心うぶ生娘きむすめでなかつた事を証拠立てて来た。草人は不安さうな目付をしてたづねた。
私は目がくらみ、刺㦸され、心は昂奮してしまつた。そして何も知らず、初心うぶで、經驗も無かつたもので、自分は彼女を愛してゐると思つたのです。
まだ初心うぶな娘の声をわざとはすにはしらせてジャネットが一人の男に叫んでいるのだった。そして其の男の手に持っていた風船玉を引ったくった。
巴里祭 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
アーダはなかなかクリストフほど初心うぶではなかったとは言え、まだ青春の心と身体とのりっぱな特権をもっていた。
初心うぶな男は、女の前で、さう抜目なく振舞ふわけにやいかん。さういふところに、却つて見どころがあるんだぜ。
頼母しき求縁(一幕) (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
前に見えた、若いお方は、なんとなしお痛わしいような、初心うぶなところがありましたけれど、あとから来た二人のお方は、なんだか気味の悪いお方です。
大菩薩峠:27 鈴慕の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
と云うも精一杯で真赤まっかになる初心うぶな様子を見て、上州屋の帳場ではじろ/\とながめ、急に呼んではくれません。
反対に、お貞さんの方の結婚はいよいよ事実となってあらわるべく、目前にちかづいて来た。お貞さんは相応の年をしている癖に、宅中うちじゅうで一番初心うぶな女であった。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
おしづさんは作品にも表はれて居る通り、初心うぶなあどけない所と共に、一方には又非常に器用だちな所がある。
「青白き夢」序 (旧字旧仮名) / 森田草平(著)
おそらく馴染客としては、私が初心うぶなわりに気のないのが、彼女にも物足りない気がしたのではないだろうか。
朴歯の下駄 (新字新仮名) / 小山清(著)
惚れては居たが、夫だから雪江さんを如何どうしようという気はなかった。其時分は私もまだ初心うぶだったから、正直に女に惚れるのは男児の恥辱と心得ていた。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
パッと赤くなる勇太郎の初心うぶさは、この三人の関係の並々でなかったことを白状しているようでもあります。
初心うぶな女だといわれることは最早何の名誉でも誇りでもない。それは元始的な感情の域に彷徨ほうこうして進歩のない女という意味である。低能な女という意味である。
私の貞操観 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
山崎とは二度目のあひゞきであつたが、女に初心うぶな山崎の若さが、きんにはしみじみと神聖に感じられた。
晩菊 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
初心うぶらしくわざ俯向うつむいてあかつた。おくみも、ほんのりと、いろめた、が、には夕榮ゆふばえである。
片しぐれ (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
吉野はその、極り惡る氣な樣子を見て、『小川の所謂近代的婦人モダーンウーマンも案外初心うぶだ!』と思つたかも知れない。
鳥影 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
太閤が、そんなに魅力のある人物だったら、いっそ利休が、太閤と生死を共にするくらいの初心うぶな愛情の表現でも見せてくれたらよさそうなものだとも思われる。
(新字新仮名) / 太宰治(著)
一つはあなたがいかにも無邪気に、初心うぶらしくおっしゃったので、「おや、この方はどんな途方もない事をおっしゃるのだか、御自身ではお分かりにならないのだな」
辻馬車 (新字新仮名) / フェレンツ・モルナール(著)
見合ひをする娘のやうに霜に犯されかかつたびんの辺まで、初心うぶらしく上気しながら、何時までも空になつた黒塗の椀を見つめて、多愛もなく、微笑してゐるのである。
芋粥 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
それは要之助が、まだ若くて初心うぶだということと、彼が非常に真面目な青年だということだった。
夢の殺人 (新字新仮名) / 浜尾四郎(著)
彼はまぶしいような気持になった。瞬間に、そうした余りに初心うぶな自分の心を、自ら恥しくまた意外にも感じて、右手で額の毛を撫で上げながら、恐ろしく口早に云った。
野ざらし (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
だ十八九の初心うぶなあれに男の心を始終らさぬ手管てくだが出来るものか。わたしはこんなことを聞いては、娘の純潔を侮辱されたやうに思つて、つとして居られなかつた。
愚かな父 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
その悪党の柄にもない初心うぶらしい様子に、思わず私は肚の中で笑い出さずにはいられなかった。
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
どこの国のことばとも判らない、この町のこうした婢の用いる詞を使いながら、初心うぶな客をてれささないようにと話しをしむけた。秀夫はそれがために気がのびのびして来たので
牡蠣船 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
おこよは、初心うぶらしく、顔を赧くして打ち消しながら、紋之助を見た眼を、藤吉へ返した。
釘抜藤吉捕物覚書:11 影人形 (新字新仮名) / 林不忘(著)
ことに良雄は東京で悪友に誘われて遊里ゆうりに出入りすることを覚えたのであるから、それでなくてさえ、いわゆる青春の血に燃え易い時期のこととて、初心うぶなあさ子の美しい姿が
血の盃 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
通訳は、内気な初心うぶい男だった。彼はいい百姓が住んどるんです、とはっきり、云い切ることが出来なかった。大隊長は、ここがユフカで、過激派がいることだけを耳にとめた。
パルチザン・ウォルコフ (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
髪でも結ってくれるので満足して一通りの遊芸は心得て居て手の奇麗な目の細くて切れのいい唇もわりに厚くて小さく、手箱の中にあねさまの入って居るようなごく初心うぶい娘がすき。
妙な子 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
初心うぶな若さにつきものの遠慮がちなかくばった様子やぎごちのない気持が取れず、こっちから見ていると、まるで誰かに突然ドアをノックされでもしたような当惑といった感じであった。
と考えて来ると、愛之助は年にも似げなく、初心うぶな身震いを禁じ得ないのであった。
猟奇の果 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
学校に出てから、もう三月にもなるのでだいぶ教師なれがして、郡視学に参観されても赤い顔をするような初心うぶなところもとれ、年長の生徒にばかにされるようなこともなくなった。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
而して彼女をも同じ波瀾に捲き込むべく努めた。斯等の手紙が初心うぶな彼女を震駭しんがい憂悶ゆうもんせしめたさまは、傍眼わきめにも気の毒であった。彼女は従順にイブセンを読んだ。ツルゲーネフも読んだ。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
優婉ゆうえんで、美しい。「掟きびしき白玉の、露にも濡れしことはなく」——色恋を法度はっととして遮断されていた初心うぶな御殿女中が、はじめて知った男への恋慕のきびしさに、とりのぼせる所作事しょさごとらしい。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
彼が知っている限りでは、彼女は確かに美しい初心うぶ乙女おとめであった。
初心うぶらしくただ黙っていると、主人は、小言のように
霜凍る宵 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
「前借の発起人もその頃は初心うぶなものだったのさ」
負けない男 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)