ひと)” の例文
「夜深うしてまさに独りしたり、めにかちりとこを払はん」「形つかれて朝餐てうさんの減ずるを覚ゆ、睡り少うしてひとへに夜漏やろうの長きを知る」
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
所詮しょせん、だらしのないぼくが、そんなにも女色がきらいだったというのはひとえに、あなたからの手紙の御返事を待っていたからです。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
物語り然れば明後日はかねて本望ほんまう成就じやうじゆ仕つらんと云けるにお花は元來友次郎も雀踊こをどりして喜びこれひとへに大岡殿の仁心じんしんより出る處なりと南の方を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
英国から再三の慫慂しょうようを受けたのにも応じなかったのは、ひとえに背後の米国を警戒して不足勝ちな石油を蓄積したいためと伝えられておりますが
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
とはいえ、光圀が恩ぞとはいわぬ。それあるはひとえに、そち自身が、他の持たぬ経営の才をもち、ひと優れて有能な生れ性なるがゆえにである。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そしてもし、そのやうな影がほの見えることがあつたとしても、それはひとへに私の筆のたどたどしさに帰して戴きたい。
垂水 (新字旧仮名) / 神西清(著)
「暫くの仙院の塵をいで、ひとへに此の后闈こうゐの月に宿せん」と云ったあたり、此時代の文章として十分の出来である。
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
とバリストルは新聞を置いて、乃公おれ見下みおろした。荒刻あらぼりの仁王を微笑ませるのもひとえにお春姉さんの威光である。
いたずら小僧日記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
だから、彼等にとって、そんなことは何のことでもなかった。——ひとえに、それよりも、親身な、親切な、弟子おもいの師匠の膝下へ一日も早く帰りたかった。
春泥 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
今より後は大王も、枕を高く休みたまはん、これひとへに和主が働き、その功実に抜群なりかし。われはこれより大王にまみえ、和主が働きを申上げて、重き恩賞得さすべし。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
今一度君にまみえ奉らんと、虎口ここうの難をのがれ、漸くこれまで来りしなり、おもひもよらず隣家にて其方のねものがたりを聞くうれしさ、これひとへに仏神のお引合せならん
大菩薩峠:33 不破の関の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「即」に成仏があるのである。「即」を離れては往生はないのである。「即」が往生するのである。浄土門でいう六字の名号も、ひとえに「即」を凡夫に握らせたいためである。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
ひとえに原文の音調を移すのを目的として、形の上に大変苦労したのだが、さて実際はなかなか思うように行かぬ、中にはどうしても自分の標準に合わすことの出来ぬものもあった。
余が翻訳の標準 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
彼はやや青白い美しい顏色に沈鬱の影を見せて、ひとへに下界の一方を見つめてゐる。
少年の死 (旧字旧仮名) / 木下杢太郎(著)
お助け下され候わば一同悦ばしく存じます、此の儀ひとえにお汲取り下さいますよう
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
どの姉妹きょうだいも活々して、派手に花やかで、日の光に輝いている中に、独り慎ましやかで、しとやかで、露を待ち、月にあこがるる、芙蓉ふようは丈のびても物寂しく、さした紅も、ひとえに身躾みだしなみらしく
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ひとえに有志者の特別の援助を与えられたるにる。
 清光せいこう ひとえに照らす はなはうれうの人〕
夏の町 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
上げ此事に付假令たとへ如何樣の儀仰せ付らるゝ共いさゝ相違さうゐの儀申上ざるにより御取調べの程ひとへに願ひ上奉つる尤も證據人忠兵衞を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
そう云う邪念がきざした時には、ひとえに御佛の御慈悲にお縋り申すより仕方がない。此れから二十一日の間、毎日怠らず水垢離みずごりを取って、法華堂に参籠するがよい。
二人の稚児 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
美しき女を数多あまた侍らせ、金殿玉楼に栄燿の夢を見つくさむ事、ひとへにわが学問と武芸にこそよれ。
白くれない (新字新仮名) / 夢野久作(著)
それ故仏はどうしても救おうと誓いを立てたのである。正覚を果したその慈悲は、ひとえに凡夫のためであったともいえる。だから親鸞しんらん上人は進んで「悪人正因」の教えを述べた。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
これもひとへにはらを、産み落したるその上にて。仇を討たせんと思へばなり。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
御利益ごりやくひとへに願ひますと無理な願掛ぐわんがけをして、寿命じゆみやうを三ねんちゞめたので、おまへいたのは二十一日目にちめ満願まんぐわんぢやアないか、わたし今朝けさめてふとると、四辺あたりが見えないんだよ
心眼 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
「それが今日においては、彼処の御普請ごふしんと聞くや、諸州を挙げて、石を運び材を寄せ、むしろ下命をよろこんで、昼夜、御工事を孜々ししきそいおるとの由。……ひとえに御威徳と申すものでしょう」
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ひとえにそれはかれの如才なさのたまものだった。たとえば、かれは、支那兵に扮するのに頭髪あたまを丸坊主にしてかゝった。舞台の合い間には何くれとなく、自分からすゝんで上の役者たちの用を足した。
春泥 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
得ざるまゝ何卒なにとぞ長庵と對決たいけつの御調べひとへに願ひ奉つり候と申あげければ然らば此傘は其方長庵方にわすおきしと申か長庵は其方が十兵衞の金子を持て歸る事を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
しゅうある者は主方しゅうかたへ帰って元の職業を致すと、二百人も居りますなか一人いちにんも不服の者なく改心致しましたは、ひとえにあなた様の義侠の御親切なるお心が銘々に感通かんつう致しました訳でござりましょう
父御てゝごは白井備後守とて天が下の大名小名に知られ給うたお方でござりますと、そう聞かされてからはひとえに菩提ぼだいの心を起し、十三と云う歳の五月の末つかた、大雲院で四十八夜の別時の念佛を初め
聞書抄:第二盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
は如何にとて皆々せまどひ、御酒肴ごしゅこう取りあへず奥座敷にしょうじ参らするうち、妾も化粧をあらためて御席にまかり出で侍りしが、の御仁体を見奉みたてまつるに、半面は焼けただれてひとへに土くれの如く
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
もとより武辺者、逗留中は、何かの失礼も、ひとえにご寛大に
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
三歳の時、囲炉ゐろりに落ちしとかにて、右の半面焼けたゞれ、ひとへに土塊つちくれの如く、眉千切れ絶え、まなじり白く出で、唇、狼の如く釣り歪みて、鬼とや見えむ。獣とか見む。われと鏡を見て打ちをのゝくばかりなり。
白くれない (新字新仮名) / 夢野久作(著)
此の儀をひとえに願い上げます