鬱勃うつぼつ)” の例文
予は梅花を見る毎に、峨眉がびの雪を望める徐霞客じよかかくの如く、南極の星を仰げるシヤツクルトンの如く、鬱勃うつぼつたる雄心をも禁ずることあたはず。
続野人生計事 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
というのがこの人の口癖であって、優しい容貌のうちに烈しい気性をぞうし、武家政治の時流に、鬱勃うつぼつたる不平を抱いているらしかった。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
鬱勃うつぼつたる事業慾を押えることが出来ず、彼は山林の一部を抵当ていとうにして信用会社から資本の融通ゆうずうを受け、糞尿汲取事業ふんにょうくみとりじぎょうを開始した。
糞尿譚 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
かの子 それは時代が非常に便利になったから何となく新しくあろうという憧憬が青踏社時代の様に鬱勃うつぼつとしていません。
新時代女性問答 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「いずれ、名将や、名城が出現するくらいの土地だから、何ぞ佳気葱々かきそうそうといったようなものが、鬱勃うつぼつしていたのだろう」
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
その「第一」は鬱勃うつぼつたる情熱を蔵し、休火山に例えられ、雄渾ゆうこん壮麗なものであったが、直ちに世に認められるに至らず
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
貧しい生活くらしをしているにも似ず性質はきわめて快活で鬱勃うつぼつたる覇気も持っていたが、そこは学問をしただけに露骨にそんなものを表面おもてへは出さない。
大鵬のゆくえ (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
綱線をたばねて叩き潰して更にそれを引き伸したような山の空線は、山体に磅礴ほうはくした鬱勃うつぼつの気がはち切れる程に籠って、火花が散るように鋭く閃いている。
黒部川奥の山旅 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
鬱勃うつぼつたる野心と機智をもったこの男たちが、どんな気持ちで田舎侍の権官らの躍るにまかせる時代をめたか、一足飛びに平民の世界がくるように思えていて
代りに鬱勃うつぼつたる民族自主の意識を燃え上らせ初め、国産奨励から、産業合理化、唯物的資本制度の痛撃、腐敗政党の撲滅ぼくめつ、等々々のスローガンを矢継早に絶叫し
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
当時、文壇では若冠の谷崎潤一郎が「刺青」を書き、武者小路実篤、志賀直哉等によって「白樺」が創刊され、芸苑のあらゆる方面に鬱勃うつぼつたる新興精神がひろがっていた。
ヒウザン会とパンの会 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
そうしてひそかに、吉井勇の、「紅燈に行きてふたたび帰らざる人をまことのわれと思ふや。」というような鬱勃うつぼつの雄心を愛して居られたのではないかと思われます。
兄たち (新字新仮名) / 太宰治(著)
何十年来シベリヤの空をにらんで悶々もんもん鬱勃うつぼつした磊塊らいかいを小説に托して洩らそうとはしないで、家常茶飯的の平凡な人情の紛糾に人生の一臠いちれんを探して描き出そうとしている。
二葉亭追録 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
かの「大菩薩峠だいぼさつとうげ」において怪奇なる役割を演ずる愛嬌者宇治山田の米友よねともの如く、内心鬱勃うつぼつたる憤懣ふんまんを槍に托し、腕力に散ずることの出来ぬ僕は、文書を以てするのである。
青バスの女 (新字新仮名) / 辰野九紫(著)
われわれの心に鬱勃うつぼつたる思想がもっておって、われわれが心のままをジョン・バンヤンがやったように綴ることができるならば、それが第一等の立派な文学であります。
後世への最大遺物 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
……去年、詰り万延まんえん元年三月、江戸幕府の大老井伊直弼なおすけが桜田門外に斬られてから、ながいあいだ鬱勃うつぼつとしていた新しい時代の勢が、押えようのない力でちあがって来た。
春いくたび (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
一日も早く鬱勃うつぼつとして現はれ来らむ事を祈るの外に、ほとんど為す所を知らざる者に御座候。
渋民村より (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
横山よこやま下村しもむら菱田ひしだなどいう当時の新進気鋭の士の協力を獲て、明治中葉の画壇に一新気運を喚起した後、明治三十四年(一九〇一)の末に至り、鬱勃うつぼつの元気に駆られ、孤剣一路
茶の本:01 はしがき (新字新仮名) / 岡倉由三郎(著)
しゅん何人ぞ我何人ぞとの気象、この短句に鬱勃うつぼつたるを見るべし。その花見の歌にいわく
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
満身の自負心は鬱勃うつぼつとしてほとばしらんとする。しかし彼は黙然としていた。そして肩に受けた無双の大力に押されて、意気地なくも身体が折れがむまでに押え付けられてしまった。
水晶の栓 (新字新仮名) / モーリス・ルブラン(著)
そういう葉子の言葉には、何か鬱勃うつぼつとした田舎ものの気概と情熱がもっていた。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
縁端えんばたにずらり並んだ数十の裸形らぎょうは、その一人が低く歌い出すと、他が高らかに和して、鬱勃うつぼつたる力を見せる革命歌が、大きな波動を描いてでついた朝の空気を裂きつつ、高くねつつ
(新字新仮名) / 徳永直(著)
漢が天下を定めてからすでに五代・百年、始皇帝しこうていの反文化政策によって湮滅いんめつしあるいは隠匿いんとくされていた書物がようやく世に行なわれはじめ、文のおこらんとする気運が鬱勃うつぼつとして感じられた。
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
何事かを起さないでは居られないやうな鬱勃うつぼつたる不平がこの歌には見える。
註釈与謝野寛全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
卑俗低調の下司げす趣味が流行して、詩魂のない末流俳句が歓迎された天明てんめい時代に、独り芭蕉の精神をして孤独に世から超越した蕪村は、常に鬱勃うつぼつたる不満と寂寥せきりょうに耐えないものがあったろう。
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
徳川幕府の威望いぼう日に衰えて、勤王論者の諸方に蜂起するあり、その上久しい鎖国のために鬱勃うつぼつたる雄心を揮っていた国民の目の前に、西洋の文明がようやくその威力を見せようとしていたときである。
青年の天下 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
いつ見ても戦国の霜魄そうはく鬱勃うつぼつたる関の孫六の鍛刀……。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
時勢に鬱勃うつぼつたる同憂の士だということが分ったので、陳宮は官を捨て、私は檻を破って、共にこれまでたずさえ合って逃げ走って来たというわけです
三国志:03 群星の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼の心の内には相不変あいかわらず鬱勃うつぼつとして怒が燃え上っていた。が、それにも関らず、この荒れ模様の森林には、何か狂暴な喜びを眼ざまさせる力があるらしかった。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
そんなような空気から、名古屋の女流界にはかなり鬱勃うつぼつたる創業の意気があふれていたものらしい。
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
小土佐と一緒に東京へと志望したが、も一修業してから来いと突離つきはなされた彼女は、若き胸中に、鬱勃うつぼつたる芸の野心と、悲しい心のいたみとに戦いながら大阪へ出て呂太夫ろだゆうに師事した。
豊竹呂昇 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
「拙者はまだ二十五歳、気力にも腕にも智慧にも、人に引けは取らぬ自惚うぬぼれが御座る。何とかいたして八千五百石の大森摂津守を見下すほどの出世をして、この鬱勃うつぼつを晴らしたい心で一パイで御座るよ」
内容そのものは真の創造や鬱勃うつぼつたる熱情にとぼしいと思います。
新時代女性問答 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
それもただ、地のけんを守って、生きながらえていようというだけの消極的なものではなく、昌幸も次男の幸村ゆきむらも、実は、鬱勃うつぼつたる雄心ゆうしんを蔵していた。
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
けれどお身の止った所には、天意か、偶然か、に会って開花を競わんとする陽春の気が鬱勃うつぼつとしておる。
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「志を得ぬ鬱勃うつぼつをそういうほうへ誤魔化しはじめると、人間ももうおしまいだな。……また、あの女も女ではないか。あれは劉恢りゅうかいの娘でもないし、いったい何だ」
三国志:02 桃園の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
というのは、今春来の不平不満は今なお鬱勃うつぼつとしていて、対秀吉感情は少しもあらたまらず、上方筋の情報を耳にすれば、忽ち、岡崎、浜松にその反撥が露呈ろていして
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「ああ、やはりそうしたお心でしたか。少年日月じつげつ早し。——鬱勃うつぼつたるお嘆きはけだし当然です」
三国志:04 草莽の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それは悲壮な行進のであり、かれの余裕と鬱勃うつぼつの勇を示すものだ、易水えきすいをわたる侠士きょうしの歌だ。
鳴門秘帖:03 木曾の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
鬱勃うつぼつたる二十九の胆と血しおとは、時折、そうして抹香まっこう氷室ひむろへ入れて冷却する必要もあった。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
でなければ、よいのうちから随分と吉宗に翻弄ほんろうされていた自分の鬱勃うつぼつもやり場がありません。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
機、今や熟し、義元の胸にも、その鬱勃うつぼつは、待つまでもなく、迫りきっているのだった。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
遠く渤海郡ぼっかいぐん(河北省)の太守に封じられた袁紹えんしょうはその後、洛陽の情勢を聞くにつけ、鬱勃うつぼつとしていたが、遂に矢も楯もたまらなくなって、在京の同志で三公の重職にある司徒王允おういん
三国志:02 桃園の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
建武いらい武家はむかしの下種げすとみなされ、公卿専横の御支配もすでに腐爛ふらんの状にある。みちのく、北陸、五畿ごき、山陰山陽、武家の不平の声なき所はなく、九州とても鬱勃うつぼつは久しかろう。
私本太平記:11 筑紫帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それを抱いて、仰向けに、畳へじかに転がりながら鬱勃うつぼつたる独り言なのである。
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「私には分っている。お父上のお胸にはいま鬱勃うつぼつたるものがわいているのだ」
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あの野心鬱勃うつぼつたるおやじの中将綱誠つなのぶが、のいい主張ぐらいでめていればいいが、魔がさして、一ツ尾張からお世嗣よつぎをなどと大それた気を起したひには大変だ。それこそ他人事ひとごとではない。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その人をだますッてえのは辛いけれど、平常、青眼虎せいがんことあだ名のある李雲さんも、官途の者にはよく思われず、とかくいまの腐れ役人や宋朝そうちょうの悪政には、鬱勃うつぼつたる不満を抱いているお人なんで
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
鬱勃うつぼつたる不平と、惨心とを抱いて、いちはやく揚州の地へ去ってしまった。
三国志:03 群星の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
問うまでもないことだと、鬱勃うつぼつを色にあらわして元春は答えた。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)