とど)” の例文
その男がエナ大学に着いて、暫くすると肝腎のヘツケル教授から手紙がカアネギイのところにとどいた。鋼鉄王は急いで封を切つた。
女がそう云ってとうとするので、哲郎は絡んでいた指を解いた。と、女は起って棚のきいろなボール箱に手をやろうとしたがとどかなかった。
青い紐 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
大勢が手を揃えてその綱を繰上くりあげると、綱のはしにはすくなからず重量めかたを感じたので、不審ながらかくも中途まで引揚ひきあげると、松明たいまつの火はようやとどいた。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
嫋娜なよやかに出されたので、ついその、のばせばとどく、手を取られる。その手が消えたそうに我を忘れて、可懐なつかしかおりに包まれた。
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「貴方、間さん、貴方そんなに離れてお歩き遊ばさなくてもよろしいぢやございませんか。それではお話がとどきませんわ」
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
それは見とどけてないのですが。他の場所で、二人の立って居る所を私は一寸見掛けたのです。そして私は二人の間に何かしら恋愛の火花が行交うているのを
職工と微笑 (新字新仮名) / 松永延造(著)
他人の中に育ってきたお蔭で、誰にもかゆいところへ手のとどくように気を使うことに慣れている自分が、若主人のせなかを、昨夜も流してやったことが憶出おもいだされた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
手のとどくほど近く見え、鉛のように胸壁に落ちている雪は、銀のおののくように白く光って、叩けばカアンと音がしそうだ、空はもう純粋なるアルプス藍色となって
雪中富士登山記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
程なく草の深い所を抜けて、例の七曲りの上の方へ出た、今までは草に隠れて居たが、山麓の秩父の街の火の明り、村々の貧しい灯火ともしびが、手のとどくような下に見えた。
武甲山に登る (新字新仮名) / 河井酔茗(著)
……雲の後ろから、幅のひろい緑色の光が射して、空のなかばまでとどいている。暫くすると、この光に紫色の光が来て並ぶ。その隣には金色のが、それから薔薇色のが。
グーセフ (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
その時に玉雄は、林の向うを風につれて雲のように吹き渦巻く雪の切れ目切れ目に、一つの高い高い真白な塔のようなものが天までとどく位立っているのを見付けました。
雪の塔 (新字新仮名) / 夢野久作海若藍平(著)
次の八畳の間のあいふすま故意わざと一枚開けてあるが、豆洋燈まめランプの火はその入口いりくちまでもとどかず、中は真闇まっくら。自分の寝ている六畳の間すらすすけた天井の影暗くおおい、靄霧もやでもかかったように思われた。
酒中日記 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
其夜それからというものは真実ほんと、真実でござりまする上人様、晴れて居る空を見ても燈光あかりとどかぬへやすみの暗いところを見ても、白木造りの五重の塔がぬっと突っ立って私を見下しておりまするわ
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
やみのおびえの『扇を持てる孤兒みなしごの娘』青春の衰へを星雲せいうんの中に齒がみして死ぬ生き埋めの如き自分の『一生』を書いて殆んど再び行き詰りの絶頂にとどいた自分は突如として生の勢のよい『發生』を
太陽の子 (旧字旧仮名) / 福士幸次郎(著)
もう六十に手のとどいた父の乗雲は、うち惨状みじめさを見るに見かねて、それかと言つて何一つ家計の補助たしになる様な事も出来ず、若い時は雲水もして歩いた僧侶上りの、思切りよく飄然ふらりと家出をして了つて
足跡 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
柿の実を採るのもそれと同じことだが、枝が高くて竿のさきがとどきかねるやうなのは、強ひて採らないで、そのまま枝の上に残しておくことだ。
独楽園 (新字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
最後に乗せられたお杉の亡骸は、既に頂上までとどいたと思う頃、うした機会はずみその畚は斜めに傾いて、亡骸は再び遠い底へ真逆様まっさかさまに転げ落ちた。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
そうして、その濁りが次第次第に深くなって底までとどくと、この湖に住んでいるものはみな死んでしまわなければならない。——その大切な噴水が又こわれてしまった。
ルルとミミ (新字新仮名) / 夢野久作とだけん(著)
エルマは手にしているむちで無礼な男をたたこうと思ったが、鞭がそれにとどきそうにもなかった。
警察署長 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
渠の希望のぞみはすでに手のとどくばかりに近づきて、わずかにここ二、三箇月をささうるを得ば足れり。
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
足音の主は四囲を見廻し、私の叫びが決して遠い室々へ迄はとどかぬのを推察した。そして
職工と微笑 (新字新仮名) / 松永延造(著)
丈がとどくまでに枝をのしあっている老楊を、窓から延び上って見た、楊の葉にも幹にも灰がべったりとこびりついて、しわだらけの顔に化粧をした白粉おしろいが、剥げてむらになったようで
谷より峰へ峰より谷へ (新字新仮名) / 小島烏水(著)
それであるから、自分の目には彼が半身に浴びている春の夕陽までがいかにも静かに、穏やかに見えて、彼の尺八の音のとどく限り、そこに悠々たる一寰区かんくが作られているように思われたのである。
女難 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
かの軍士もよろいを着て、刀を持ったままで江に飛び込むと、なにか大きい石の上にちたように感じられて、水はその腰のあたりまでしかとどかなかった。
ところが身体からだが大きいものですから、底へとどきません。それどころか、ほんの入り口の処へ身体からだが一パイに引っかかって、動くこともどうすることも出来なくなりました。
豚吉とヒョロ子 (新字新仮名) / 夢野久作三鳥山人(著)
ソレソレ手に取るばかり、その人が、と思いながら、投出して見ても足がまだ水へはとどかぬ。
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
事の初まりは、私が彼の落した財布を送りとどけてやったと云う些末な点に過ぎない。けれども、私達は直ぐ親しく語り、連れ合って散歩する迄に友誼を進める事が出来たのであった。
職工と微笑 (新字新仮名) / 松永延造(著)
手がとどきそうになって、岳の右の肩に、三角測量標のあるのが、分明ぶんめいに見える、眼の下に梓川の水は、藍瓶あいびんを傾むけたような大空の下に、錆ついた鉱物でも見るような緑靛りょくてん色になって
谷より峰へ峰より谷へ (新字新仮名) / 小島烏水(著)
市郎はある岩角に腰をかけて、用意の気注薬きつけぐすりふくんだ。足の下には清水が長く流れているが、屏風のような峭立きったての岩であるから、下へは容易に手がとどかぬ。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「そら忘物だ、」といって投出ほうりだして呉れたのは、年紀とし二十はたちの自分の写真、大学の制服で、折革鞄おりかばんを脇挟んだのを受取って、角燈の灯のとどかぬ、暗がりの中に消えてしまった。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「この鐘こそはきっといい音が出るに違いない。そっとたたいても、たまらないいい音がするのだから。湖の底に沈んでいらっしゃるお父様の耳までもきっととどくに違いない」
ルルとミミ (新字新仮名) / 夢野久作とだけん(著)
「さあ、そいつは判りませんね。そこまではまだ手がとどきませんでしたが……」と、源次は頭を掻いた。
半七捕物帳:22 筆屋の娘 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
さるも老木おいきの春寒しとや、枝も幹もただ日南ひなたに向いて、戸の外にばかり茂りたれば、広からざる小路の中を横ぎりて、枝さきは伸びて、やがて対向むかいなる、二階家の窓にとどかんとす。
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そうしてほんのもう一歩か二歩で結論に手がとどきそうな気持ちになっているところへ、最前から所在なさにぼんやりと煙草たばこばかり吹かしていた杉川医師が突然思い出したように私の方を振り返った。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
南無三宝なむさんぽう、も一つの瓶にはまむしが居たぞ、ぐるぐると蜷局とぐろを巻いた、胴腹が白くよじれて、ぶるッと力を入れたような横筋の青隈あおぐまくぼんで、逆鱗さかうろこの立ったるが、瓶の口へ、トとどく処に
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ミミはこの花の鎖が湖の底までとどくかどうかわかりませんでした。
ルルとミミ (新字新仮名) / 夢野久作とだけん(著)
こうなっちゃあ思いがとどかねえと愚痴をこぼした。
半七捕物帳:64 廻り灯籠 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
飛騨ひだから信州へえる深山みやまの間道で、ちょうど立休らおうという一本の樹立こだちも無い、右も左も山ばかりじゃ、手をばすととどきそうなみねがあると、その峰へ峰が乗り、いただきかぶさって、飛ぶ鳥も見えず
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)