辛辣しんらつ)” の例文
すべて自分のうちに締め殺して、外には敢て、辛辣しんらつな手段や方法を、成功の秘訣とえらび、強欲の収得を累積してきたにちがいない。
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ある女ぎらいな僧侶の古い言葉で、クリストフがだれよりもよくその辛辣しんらつさを味わい得た一句を、彼は好んで冗談にもち出していた。
同時に継母の私に対する憎しみもあくどく、そして辛辣しんらつになつた。父もそれに随従した。私の父は少し後妻に巻かれる方であつた。
ある職工の手記 (新字旧仮名) / 宮地嘉六(著)
そしてそういう女の弱点がかなり辛辣しんらつにえぐられていた。龍介は自分自身の経験がもう一度そこに経験しなおされていることを感じた。
雪の夜 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
それは圧倒的であり辛辣しんらつを極めた、知る者も知らぬ者も、彼が昔から臆病者で、小心で、然も人にとりいることが上手だなどと云った。
山だち問答 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
辛辣しんらつ諧謔かいぎゃくまじりに、新聞記者へ説明されましたもので『この地球表面上に棲息している人間の一人として精神異状者でないものはない』
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
それで、背広を失くした苦痛に、加えて、こうした先輩達の罵声が、どんなに辛辣しんらつであろうかと、思っただけでもたまりません。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
笹野新三郎は近頃の名與力で、辛辣しんらつな加役などからは、手緩てぬるいと評判を取つてゐる人物、人に怨まれる筋などがあらうとも思はれません。
と思うとたちまち想像が破れて、一陣の埃風ほこりかぜが過ぎると共に、実生活のごとく辛辣しんらつな、眼にむごとき葱のにおいが実際田中君の鼻を打った。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
『まだ年も行かないのに、君はなかなか辛辣しんらつだね、プリムロウズ、』と、ユースタスは彼女の批判のきびしさに驚いて言った。
「イヤ、どうも、辛辣しんらつなものですナ。これ、チョビ安どの……同じ伊賀の者と聞いて、なんだか急に、なつかしゅうなったワ」
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
一週間ほどしてから、また出かけて行くと、アトリエの周りには、乳剤のむせっかえるような辛辣しんらつな匂いが立ちこめていた。
昆虫図 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
もしくは自分の神経を相当に刺戟しげきし得る辛辣しんらつな記事のほかには、新聞を手に取る必要を認めていないくらい、時間に余裕をもたないのだから。
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
あとでどう辛辣しんらつに変ろうとも、また、そうでなくては「あばく」ことにもならないわけだが、ここらあたりまでは、お前も辛抱できるだろう。
勧善懲悪 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
彼女はバアの隅の大テーブルに腰掛けようとして思いがけなく女性に辛辣しんらつな諷刺文学者フェルナンド・ヴァンドレムが居たのを見ると調子よく
ドーヴィル物語 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
けだし詩は文学の山頂に立つものであり、精神の最も辛辣しんらつに緊張した空気の中でのみ、心臓の呼吸をする芸術であるからだ。
詩の原理 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
のみならず、団さんが辛辣しんらつな批評をするものだから、余り長くやらない。重役連中が苦手にがてにしているところを見ると、団さんは確かに骨がある。
冠婚葬祭博士 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
単なる観察(如何いか辛辣しんらつであろうとも)、単なる思想(如何に深遠であろうとも)、それは芸術にとって素材であり、写真の如きものにすぎない。
女房にようぼいわく、御大層ごたいそうな事をお言ひでないうちのお米が井戸端ゐどばたへ持つて出られるかえ其儘そのまゝりのしづまつたのは、辛辣しんらつな後者のかちに帰したのだらう(十八日)
もゝはがき (新字旧仮名) / 斎藤緑雨(著)
さてこそ虎松は、捜索上の不運をなげくよりも前に帯刀の辛辣しんらつなる言葉を耳にするのをいやがっていたのであった。——
くろがね天狗 (新字新仮名) / 海野十三(著)
其の動機は事業の失敗しつぱいで、奈何いか辛辣しんらつ手腕しゆわんも、一度逆運ぎやくうんに向ツては、それこそなたの力を苧売おがらで防ぐ有様ありさまであつた。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
メァリーは單に面白い話をしてくれたり、私が耽らうとするきび/\した辛辣しんらつなお喋舌しやべりに應じるのが關の山だつた。
是等これら諸氏はみな信者諸氏と同じく、各自の主義主張のために、世界各地より集りきたった真理の友である。おそらく諸氏の論難は、最痛烈つうれつ辛辣しんらつなものであろう。
ビジテリアン大祭 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
ただその間に辛辣しんらつな風気がまじることがある。潔癖があったからである。それで思い切ったこともしかねない。現に人の好んでせぬことを独力で敢てした。
彼はビルダデの辛辣しんらつなる攻撃に会して、茫々ぼうぼうたる天地の間にただ一人なる我の孤独を痛切に感じたのであろう。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
「人を救いて、己を救うことあたわず」——十字架上のイエス様に対し、辛辣しんらつ骨を刺す嘲りの言葉であります。
わたしは大胆に辛辣しんらつな言葉を時どきに用いると、いつも微笑していたが、その蔭にはあたかも傷口に触れられた時のような苦悩がひそんでいるようであった。
場長や指導員、塾生、事務員、全部のひとに片端から辛辣しんらつな綽名を呈上するのも、すなわち、この助手さんたちのようである。油断のならぬところがあるのだ。
パンドラの匣 (新字新仮名) / 太宰治(著)
チチコフはこのような辛辣しんらつな批評にいささかたじたじとなったが、すぐにまた立ち直って、こう言葉をついだ。
うまいとも、辛辣しんらつとも言ってみようのない、こんな言い廻しにかけて当時同君の右に出るものはなかった。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
平塚雷鳥さんと私との間にはしなくも意見の相異を見たのに対して、平塚さんからは、再び辛辣しんらつ反駁はんばくを寄せられ、山川菊栄やまかわきくえさんと山田わか子さんのお二人からは
ヘドッコになってしまった江戸児の末裔まつえいは、誰もがそうであるように、辛辣しんらつ軽口かるくちで自家ざんぶをやる。
批判してもらうんだね。どうだい、あの辛辣しんらつな聖書観は。たぶん、あんな絵が好きらしいフォイエルバッハという男は、君みたいな飾弁家じゃなかろうと思うんだ
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
ところできのうの『ミュゼエ』に出たシャンティリに対する辛辣しんらつな悪口のなかで、その風刺家は、靴直しが悲劇を演ずるために名前を変えたことを皮肉にあてつけて
サント・ブーヴがユーゴーへ与えた辛辣しんらつな諷刺の口振りを、すべての表現に対してまねして見よう。
二十歳のエチュード (新字新仮名) / 原口統三(著)
わたしの新しき女を見てわずかに興を催し得たのは、自家の辛辣しんらつなる観察をたのしむにとどまって、到底その上に出づるものではない。内心より同情を催す事は不可能であった。
十日の菊 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
そしてかなり辛辣しんらつに描かれている。しかもそうした友人たちが主催となって、彼の成功した労作のために祝意を表そうというのだ。作者としては非常な名誉なわけだ。
遁走 (新字新仮名) / 葛西善蔵(著)
この小さい記事は、いつも、なかなかおもしろく、辛辣しんらつだったので、たちまち評判になったという。
この前科五犯のしたたか者の辛辣しんらつ駁言ばくげんには一言もなかったが、なるほどその言葉どおりであった。
(新字新仮名) / 島木健作(著)
これは近代の名宗匠めいしゅうしょうで、会下えげ掛錫かしゃくする幾万の雲衲うんのうを猫の子扱い、機鋒辛辣しんらつにして行持ぎょうじ綿密、その門下には天下知名の豪傑が群がって来る、その大和尚がとうとう君
大菩薩峠:40 山科の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
信一郎を揶揄からかっているように、冷かしているように、夫人の語気は、ます/\辛辣しんらつになって行った。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
諧謔で相手の言い草をひっくり返すというような機鋒はなかなか鋭かったが、しかし相手の痛いところへ突き込んで行くというような、辛辣しんらつなところは少しもなかった。
漱石の人物 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
何という辛辣しんらつな皮肉だ。そして何という上級生としての恥辱だ。こうなった以上、もう言葉だけで何と次郎をおどかそうと、ただ自分をいよいよ滑稽なものにするばかりだ。
次郎物語:02 第二部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
暗い中にいっそうに暗く見えた。そういう顔がかしがったかと思うと、辛辣しんらつな声が響き渡った。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
声は少しさびのある高調子で、なまりのない東京弁だった。かなり、辛辣しんらつな取調べに対して、色は蒼白あおざめながらも、割合に冷静に、平気らしく答弁するのが、また、署長を苛立いらだたせた。
越後獅子 (新字新仮名) / 羽志主水(著)
随分容赦なく腹の底を見透かされて辛辣しんらつ痛罵つうばなどを浴びせられたに違いあるまい。
文壇昔ばなし (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
今このルクレチウスの言葉によって辛辣しんらつふうせられているとも見られない事はない。
ルクレチウスと科学 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
ソフィヤ・リヴォヴナはその声の中にあざけるような調子のあるのをもらさなかった。何か辛辣しんらつなことを言ってやりたかったが、黙って我慢した。またもや忿怒ふんぬがむらむらといて来た。
辛辣しんらつ叱咜しったです。仕方がないと言うように手を添えた女達を促して、退屈男が瀕死の弥太一を運ばせていったところは、一瞬前、遊女達の美しい仇花あだばなが咲いた二階のあの大広間でした。
検事は弁護士に対して反駁はんばくした。彼は検事の通性として辛辣しんらつでまた華麗であった。