かわ)” の例文
さっとかわしざま、相手が逆に下から払いあげた、踏込んだ方は危く半身を反らして避けたが、剣は手を放れて彼方のくさむらへ飛んでいた。
おもかげ抄 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
危くつき当りそうになった摩利信乃法師まりしのほうしは、咄嗟とっさに身をかわしましたが、なぜかそこに足を止めて、じっと平太夫へいだゆうの姿を見守りました。
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
口惜しさに半ば泣きながら渾身の力を以て体当りを試みたが、巧みに体をかわされて前にのめり、柱にいやという程額をぶっつけた。
南島譚:02 夫婦 (新字新仮名) / 中島敦(著)
一学は両刀を振りかざしながら、右に払い左にかわし、正面からとびかかってきたやつを右に握った大刀で一気に肩から斬り下げた。
本所松坂町 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
敬二郎は横に身をかわした。紀久子がその横腹に抱きついた。馬が驚いて跳び上がった。正勝は怪訝けげんそうな顔をして、馭者台から振り返った。
恐怖城 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
そう云った夫人の顔は、さすがに緊張した。が、夫人は自分で、それに気が付くと、ぐ身をかわすように、以前の無関心な態度に帰ろうとした。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
と三人、一人々々ひとりひとり声をかけて通るうち、ながれのふちに爪立つまだつまで、細くなってかわしたが、なおおおいなる皮の風呂敷に、目を包まれる心地であった。
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その時、前下がりにかわった。腰から上の上半身も、平面から斜角しゃかくに線を改めた時、彼の右足は、すこし後ろへ引かれていた。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
だからこそ、黒住の旦那様は、初めからそれをご存じでごぜえましたので、うまくご自身は身をかわしたんでごぜえますよ。
予想に違わず、その下に丸い竪穴たてあなの口が開いていた。二人は下からの射撃を避けるために身をかわしながら、サッと懐中電燈の光を穴の中に投じた。
偉大なる夢 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
すると、彼は、彼に向ってまっすぐに進んで来た質問をかわし、極めて感傷的な語調で、独り自分に呟くように云った。
伸子 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
彼は敏捷びんしょうに身をかわしたので、ちょうど床から立ち上がった友人が伊東の代わりにすっかりビールをかぶってしまった。
暴風雨に終わった一日 (新字新仮名) / 松本泰(著)
かわしたからだに初太刀しょだちは空を撃たせて、二度目の切っさきは碁盤で受け留めた。茶を持って来たお縫は驚いて声を立てた。三左衛門も駈けつけて来た。
箕輪心中 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
盲擲めくらなぐりで拳固を振廻すを、幸兵衞は右にけ左にかわし、くうを打たして其の手を捉え捻上ねじあげるを、そうはさせぬと長二は左を働かせて幸兵衛の領頸えりくびを掴み
名人長二 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
かわす隙も無く、肩をざくりとやられてしまった。三助を相手にしていた孫右衛門、相手を捨てておいて
鍵屋の辻 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
ぎゃっ、とおめいて、げ出す供男。雪之丞は、ひらりとかわすと、じっと身をそばめて、気配をうかがった。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
と刀も抜かず、粂太郎は二度ほど身をかわしたが、一足飛び込み入身いりみになると、酒兵衛の刀をぎ取った。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
葉子は、その手を払いのけ、黒吉の片足をあなどって、いきなり身をかわして逃げ出そうとした時だった。
夢鬼 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
忠太郎 (気配けはいで察し、鳥羽田が斬り込むのをかわし、金五郎が斬り込むのも躱し、立木を楯にとる)
瞼の母 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
燈光とうくわうはパツとえる、船長せんちやうおどろいてかわ拍子へうしあし踏滑ふみすべらして、船橋せんけう階段かいだんを二三だん眞逆まつさかさまちた。
一家を挙げて秋の三月みつきを九州から南満洲、朝鮮、山陰、京畿けいきとぶらついた旅行は、近づく運命をかわそうとてののたうち廻りでした。然しさかずき否応いやおうなしに飲まされます。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
金五郎がかわしたので、よろめいた拍子に、石につまずいて、音を立ててたおれた。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
お勢は身をかわすと、柳橋の方へ、雲を踏むようにユラユラと歩き出しました。
と答へて、あの大きな眼を、さも嬉しげに一杯に開いて見上げながら、彼が立つてゐる肘掛窓の真下まで寄つて来たが、手を伸ばして抱き上げようとすると、たいかわしてすうツと二三尺向うへ逃げた。
猫と庄造と二人のをんな (新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
闘牛士が身をかわした。黄砂が立ち昇った。紅片べにきれがひらめいた。
もう一と押しというところでいつもたいかわす、あのみごとさはどうだ、と彼は思った。彼はよく考えてみて、それから独りで笑った。
五瓣の椿 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
どのような危険に対しても巧みに身をかわすことによって彼自身を思いがけなくも大胆な無感動な人間につくり変えてしまっているのである。
菎蒻 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
彼は今も相手の投げた巌石を危くかわしながら、とうとうしまいには勇をして、これも水際みぎわよこたわっている牛ほどの岩を引起しにかかった。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
左へかわした自動車は、躱し方が余りに急であったためはずみを打ってそのまゝ、左手の岩崖を墜落しそうな勢いを示した。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
と無二斎がいかって、重ねて手裏剣を投げつけたが、武蔵は、それをも平然とかわして、ぷいと家を飛出してしまったまま、幾日も帰って来なかった。
随筆 宮本武蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ねつい、いかった声が響くと同時に、ハッとして、もとの路へげ出した女の背に、つかみかかる男の手が、伸びつつ届くを、かわそうとしたのが、真横にばったり。
みさごの鮨 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と云いながら懐よりすらりと短刀を抜いて權六のあばらを目懸けてプツーり突掛けると、早くも身をかわして
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
市郎が驚いて叫ぶ間もありや無しや、お杉の兇器は頸筋くびすじへ閃いて来た。が、咄嗟とっさあいだに少しくたいかわしたので、鋭い切尖きっさきわずかの肩先をかすったのみであった。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
今日の若い娘は女の歴史的な成長の意味からも当面しているたくさんの問題から自分だけは身をかわす目先の利口さを倫理とすべきではないと思う。〔一九四〇年八月〕
若い娘の倫理 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
うるしなす濡れ羽色の前髪をちらちらとゆり動かして、すいすいと右と左へ体をかわしつつ、駈け違ったかと見えましたが、左の及び腰になっていたのっぽを先ずぱったり
この御仁ごじんは、如何なるお人であるのだろう? 如何にもあの時の、わたしの構えは、あの刀が振り下ろされたら、かわしたと見せて、咽喉元を、銀扇のかなめで、突き破ってやるつもりだった。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
閃めく白虹はっこう。間一髪に才蔵は飛んで、姿は宙に消えてしまった。と、その瞬間に白狼うなりして飛びかかる。それをかわして颯と切る。——ウオと一声吠えながら、まりのように地に転がる。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
だが、不二子はヒョイと身をかわして、恐ろしい目で明智を睨みつけながら
黄金仮面 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「あれえー、お父さん、恐いようっ、と、ひらりとかわして、角の王手だ」
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
と答へて、あの大きな眼を、さも嬉しげに一杯に開いて見上げながら、彼が立つてゐる肘掛窓の真下まで寄つて来たが、手を伸ばして抱き上げようとすると、たいかわしてすうツと二三じゃく向うへ逃げた。
猫と庄造と二人のをんな (新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
かわしたので、背後の塀にあたって、真白くはじけた。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
(危うくかわして雨戸の外へ退く)
沓掛時次郎 三幕十場 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
「これだけ長いあいだ逢っていながら、いつもうまくたいかわされておあずけばかりだ、このあいだの伊賀正のときだってそうだろう」
五瓣の椿 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
ひらりと身をかわすが早いか、そこにあったほうきをとって、又つかみかかろうとする遠藤の顔へ、ゆかの上の五味ごみを掃きかけました。
アグニの神 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
かわす、跳びさがる——、さすがの彼も新九郎の獅子奮迅ししふんじんあしらい疲れて、またジリジリと浮腰になった刹那、木の根の濡苔ぬれごけを踏んでふらりとなったところへ
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
敵に、素早く身をかわされたように、勝平は心の憤怒ふんぬを、少しも晴さないうちに、やみ/\と物別れになったのが、口惜くやしかった。もっと、何とか云えばよかった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
真砂町と聞いただけで、主税は素直まっすぐ突立つったち上る。お蔦はさそくに身をかわして、ひらりと壁に附着くッついた。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
折から、ゆっくり登って行った三四人と窮屈そうに中段で身をかわし、のこりの三四段をまたド、ド、ドと小肥りの、髪をポマードで分けた外套なしの詰襟が現われた。
乳房 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
泰然自若、雨とあられにそそぎかかる石のつぶてを右にかわし左に躱して、顔色一つ変えずに大きく笑ったままなのだからかなわないのです。しかもその身の躱し方のあざやかさ!
緒方新樹はついと身をかわすようにして立ちあがった。彼はうしろにA子の声を聞いたような気がしたが、しかし、彼はわざとその声を払いのけるもののように縁側の障子をぴしゃりとしめた。
河鹿 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)