身動みじろ)” の例文
この身動みじろぎに、七輪の慈姑くわいが転げて、コンと向うへ飛んだ。一個ひとつは、こげ目が紫立って、蛙の人魂ひとだまのように暗い土間に尾さえく。
古狢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
職員四人分のつくゑや椅子、書類入の戸棚などを並べて、さらでだに狭くなつてゐる室は、其等の人数にんずうづめられて、身動みじろぎも出来ぬ程である。
足跡 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
喜平はそして、いまにもつかみかかろうとするような形相さえ示した。しかし、正勝は喜平の顔に向けてぐっと目を据えたまま、身動みじろぎもしなかった。
恐怖城 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
姫は凝と瞶めた、物に憑かれたかのやうに身動みじろぎもせず凝と瞶めた。すると、姫の頭に妙な考へが浮むだ。——。
嘆きの孔雀 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
父はエヘンエヘン! とせき払いしながら、相変らず彫像のように突っ立ったまま、身動みじろぎもしなかった。
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
そのままにひたと思入るのみなりし貫一も、やうやなやましく覚えて身動みじろぐとともに、この文殻ふみがら埓無らちなき様を見て、ややあわてたりげに左肩ひだりがたより垂れたるを取りて二つに引裂きつ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
赤や白の蝶が舞いめぐって、酒機嫌の酒森の神キテイールのゆがんだ唇からは、水が虹を立てながら大理石の池へ落ちていた。しかしアウレリウスは身動みじろぎもせずにすわっていた。
かれらの感傷はつねにかれらをつつみ、かれらの人生はつねにかれらをめぐって身動みじろがない。
浅草風土記 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
放射水がやや衰へ、消防夫がそれ以上に攀ぢ登らうとせず、誰ひとり身動みじろがうとしない。
平生髪を解いて寝る習慣がございますので、これは縛りつけられたのではないかと思うと、背筋から頭の芯までズウンとしびれてしまって、声も出ず身動みじろぎさえ出来なくなりました。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
疑つたが、梅木先生から、つんぼの眞似は簡易に出來るものでないと聞いて迷つたのさ。鶯谷は背後うしろで俺が轉んでも、障子が倒れても身動みじろぎもしなかつたらう。僞聾にはあれは出來ないことだ
彼が荒々しく硝子戸ガラスどを明けると、仄暗い茶の間の鏡の前に、彼女が身動みじろきもしないで坐つてゐた。彼は黙つてその傍を通り抜け書斎の真中へ仰向に身を投げだした。彼はぢつと眼を見開いた。
静物 (新字旧仮名) / 十一谷義三郎(著)
みがいていで礪ぎ出した純粋きっすい江戸ッ子粘り気なし、ぴんでなければ六と出る、忿怒いかりの裏の温和やさしさもあくまで強き源太が言葉に、身動みじろぎさえせで聞きいし十兵衛、何も云わず畳に食いつき、親方
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
と同時に、彼は、塀のかげにかくれてゐた幾組かの人影が身動みじろき出すのを、認めた。そのとき、他の誰よりも早く、突然一つの木蔭から現れて、彼女のそばに進みよつていつた一人の男があつた。
水族館 (旧字旧仮名) / 堀辰雄(著)
白き猫しみ身動みじろぐ毛のつやのしづかを霜はにくだるらし
白南風 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
作阿弥はじっと眼をつぶったまま、身動みじろぎもしない。
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
幾つかのくわりんの身動みじろげり。
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
お妙はその状を見定めると、何を穿いたか自分も知らずに、スッと格子を開けるがはやいか、身動みじろぎに端が解けた、しどけない扱帯しごきくれない
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
凝乎じっと私は空間の一点を凝視したまま、身動みじろぎもしなかったが、妻の肉体を手に入れるどころか! 苦心惨憺さんたんの結果、やっとここまで漕ぎ付けた妻と私との距離を
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
疑ったが、梅木先生から、聾の真似は容易に出来るものでないと聞いて迷ったのさ。鶯谷は背後うしろで俺が転んでも、障子が倒れても身動みじろぎもしなかったろう。偽聾にはあれは出来ないことだ
白き猫しみ身動みじろぐ毛のつやのしづかを霜はにくだるらし
白南風 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
が、藤吉は返事どころか身動みじろぎ一つしない。
正勝は身動みじろぎながら言った。
恐怖城 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
身動みじろぎもせず聞きんだ散策子の茫然ぼんやりとした目の前へ、紅白粉べにおしろいの烈しいながれまばゆい日の光でうずまいて、くるくると廻っていた。
春昼後刻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
いったんかくと決めた心は、もはや微塵の身動みじろぎだにもせず、何らの躊躇ためらいをも感じていたわけではなかったが、同時に、また別段より緻密なる犯行を考えていたわけでもない。
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
ゑつつ身動みじろかず、長き僧服そうふく
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
その中から、こう俯向き加減に、ほんのりとつやの透く顔を向けて、幽かなきぬ身動みじろぎで、真三に向直った女があった。
露萩 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
身動みじろぎに、この美女たおやめびんおくれ毛、さらさらと頬にかかると、その影やらん薄曇りに、ぶちのあたりに寂しくなりぬ。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ははッ、(恐る恐る地につけたるひたいもたぐ。お沢。うとうととしたるまま、しなやかにひざをかえ身動みじろぎす。長襦袢ながじゅばん浅葱あさぎつま、しっとりとかすかなまめく)
多神教 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「は、」と、呼吸いきをひいて答えた紫玉の、身動みじろぎに、帯がキと擦れて鳴ったほど、深く身に響いて聞いたのである。
伯爵の釵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「は、」と、呼吸いきをひいて答へた紫玉の、身動みじろぎに、帯がキと擦れて鳴つたほど、深く身に響いて聞いたのである。
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
身動みじろぎに乱るる黒髪。もとどりふつ、と真中まんなかから二岐ふたすじさっとなる。半ばを多一に振掛けた、半ばを握ってさばいたのを、かざすばかりに、浪屋の二階を指麾さしまねいた。
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
身近を通った跫音あしおとには、心も留めなかった麗人たおやめは、鳥の唄も聞えぬか、身動みじろぎもしないで、そのまま、じっと。
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
かほと、とき引返ひきかへした身動みじろぎに、ひるがへつたつまみだれに、ゆきのやうにあらはれたまる膝頭ひざがしら……を一目ひとめるや
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
と振返りざまに背後うしろ向きに肩をじて、茶棚の上へ手を遣った、活溌な身動みじろきに、下交したがいつますべった。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
貴女は身動みじろきもせず、瞳をすゑて、冷かにみまもりたり。少年は便たよりなげに
紫陽花 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
身動みじろきに眉をひそめて——長屋の窓からお饒舌しゃべりの媽々かかあの顔が出ているのも、路地口の野良猫が、のっそり居るのも、書生が無念そうにその羽織の紐をくるくると廻すのも——一向気にもかけず
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と女房は暗い納戸で、母衣蚊帳ほろがやの前で身動みじろぎした。
海異記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)