かなめ)” の例文
太閤様を笑わせ、千利休を泣かせるのは曾呂利そろり新左衛門に任す。白刃上に独楽こまを舞わせ、扇のかなめに噴水を立てるのは天一天勝てんいちてんかつに委す。
近世快人伝 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
扇のかなめの一寸ばかりの所に見事に突き刺さり、扇は空に舞いあがり、きりきりと一つ二つ舞っていたが、さっと海に落ちていった。
落ちると、トンとかすかな音。あの力なさは足拍子でない。……畳にすべったかなめの響。日ざしの白い静かさは、深山桜みやまざくらが散るようである。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
八五郎が火事の最中、窓格子を蹴飛ばすと、格子はかなめのこはれた扇のやうにバラバラになつて口をあいたのはそのためであつたのです。
まさに、九州九ヵ国の重鎮とは、この家のことであり、朝廷の意向も「——九州のおさえは菊池をかなめに」とたのむところにあったであろう。
私本太平記:11 筑紫帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と丁重に述べておいて、下げた頭をあげると、動作のゆっくりした湯川氏が手をださぬうちに扇のかなめをくるりと向けかえて
旧聞日本橋:08 木魚の顔 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
六郎はじぶんが怪しい女房を刺すとともに、おうぎかなめでもったように主家しゅかの乱脈になったことを考えずにはいられなかった。
頼朝の最後 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
と云いながら十三間の平骨の扇で続けうちにしても又市は手を放しませんから、月代際さかやきぎわの所を扇のかなめこわれる程強く突くと、額は破れて流れる血潮。
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
そのわずかに開いた扇状地のかなめどころを、一髪に渡って汽車は走る。たちまち谷の上空に、高くしかも近く、顎を伸ばしている雪もつ峯を瞥見する。
ある偃松の独白 (新字新仮名) / 中村清太郎(著)
のき打ちの門、かなめもちの垣、それから竿に干した洗濯物、——すべてがどの家も変りはなかつた。この平凡な住居すまひ容子ようすは、多少信子を失望させた。
(新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
伊予の松山は日露戦争以来このかた俘虜の収容地になつてゐるので、そんな事から彼地あすこの実業家井上かなめ氏は色々いろんな方面の報道を集めて俘虜研究をつてゐる。
扇のかなめがぐるぐる廻って、地紙じがみに塗った銀泥ぎんでいをきらきらさせながら水に落ちる景色は定めてみごとだろうと思います。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
自分が重臣会議に出ないようにしているのは、一門宿老の確執反目にまきこまれたくないのと、これがかなめという大事をしっかり見ていたいためである。
反戦・反軍ということと「犯罪」という観念とを直結した用語の方法のうちにこそ、一九五一年度の、日本人民の人権擁護のかなめ石がむき出しにされている。
修身 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
たとえば、玄関先の雪駄の紅い鼻緒にしろ、かなめの若葉の朱いのにしろ、その前庭の土の工合までが、一つ一つ懐しいもののように目に触れてくるのであった。
性に眼覚める頃 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
自給自足が最後のものではないけれども、自給自足から出立というのが彼のこの植民地のかなめとなっている。
ところが、浮いているのは、血漿や脂肪だけで、肝腎かなめの血が、この水の中にどうしても見出せないのだ。
人魚謎お岩殺し (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
この問ひよくわが願ひのかなめにあたれり、されば望みをいだけるのみにてわがかわきはやうすらぎぬ 三七—三九
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
それを丁度扇のかなめに当る所に一段と高い台があって、其処に看守が陣取り、皆を一眼に見下している。
独房 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
利休は、腰から扇子を抜き取り、かなめの方を先にして右手に持ちかえました。やや屈みながら、歩き幅の間隔ずつに、扇の要口を庭の面の雪中へ突込むのであります。
仏教人生読本 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
例えば轆轤ろくろに集中する傘の骨、かなめに向って走るおうぎの骨、中心を有する蜘蛛くもの巣、光を四方へ射出する旭日きょくじつなどから暗示を得た縞模様は「いき」の表現とはならない。
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
それゆえ指導者を選ぶということが肝心かなめである。選び方が悪ければ、道を踏みはずすより外はない。教わらない方がまだいいことになってくる。美は遊戯ではないのである。
雲石紀行 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
しかしかなめは、それが子供にいい事だか悪い事だか判断に迷った。ぜんたい「子供々々」と云うが、既に十歳以上になれば、気の廻り方は格別大人と変ったことはないのである。
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
もう一度繰り返せば雑炊のかなめは、種の芳香ほうこうかゆにたたえて喜ぶこと。熱いのを吹き吹き食べる安心さ。なんとなく気ばらぬくつろぎのうまさなど、今や雑炊の季節ともいいうる。
どうしてしまったのか肝心かなめの青山さんが、とんと姿を見せなかったんですからね……
あやつり裁判 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
そっちはそれでよいとして、さて肝心かなめのお豊姫の一条だが、とにかく武男さんの火の手が少ししずまってから、食糧つきの行儀見習いとでもいう口実おしだしで、無理に押しかけるだな。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
「イヤイヤ滅多な事を言出して取着かれぬ返答をされては」ト思い直してジット意馬いばたづな引緊ひきしめ、に住む虫の我から苦んでいた……これからが肝腎かなめ、回を改めて伺いましょう。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
その立縞の縞と縞との間の地面をよく見ると、その左の方の一角をかなめにして、上に開いた扇形に、三角形に、何時もの地面の緑色が、どういふわけか、黒い紫色に変つて居るのである。
で、大体、肝心かなめのことだけを講じ、後は他の諸氏の講義を参考にしていただきたく思うのである。大衆小説といっても小説であるからには小説の書き方に根本変りのあろうはずはない。
大衆文芸作法 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
この御仁ごじんは、如何なるお人であるのだろう? 如何にもあの時の、わたしの構えは、あの刀が振り下ろされたら、かわしたと見せて、咽喉元を、銀扇のかなめで、突き破ってやるつもりだった。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
この簡単なる経典おきょうは、ただに『大般若経』一部六百巻の真髄、骨目であるのみならず、それは実に、仏教の数ある経典のうちでも、最も肝腎かなめの重要なお経だということを表わしているのが
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
冷酷な、利害のかなめをしっかりって放さないような声である。
地上:地に潜むもの (新字新仮名) / 島田清次郎(著)
画は、自慢で、かつて扇に、時鳥ほととぎすを画いたのを、長明ながあきら親王にさしあげた。親王が、なにげなく、扇を開かれると、かなめが、キキと鳴ったので
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、その手に從つて、格子はバラバラにはづれ、かなめの取れた扇のやうに口を開くと、先づ男が一人、窓の中から飛出しました。
すっぱり縁を切ったなあさすがにえらいや、へん、猪口ちょこの受取りようを知らねえような二才でも、学問をしたやつかなめが利かあ、大したもんだね
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
安心起行あんじんきぎょうかなめは念死念仏にありといって、「いずるいき。いるいきをまたず。いるいき。いずるいきをまたず。たすけたまえ。阿弥陀ほとけ。南無阿弥陀仏」
法然行伝 (新字新仮名) / 中里介山(著)
……その一方、誰を射手に選ぼうかといろいろ相談をした結果、森脇右門作、赤川平五郎、かなめ七之助の三人を射手と定め、それぞれその旨を達した。さてその翌日。
備前名弓伝 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
名誉ある本命の血から帝政と王制復古の馬鈴薯を生やしたかというかなめが解剖されていないならば、こんにちの日本のわたしたちにとって読むべき真実の価値はないだろう。
黒縮緬の宗十郎頭巾そうじゅうろうずきんかぶって、かなめの抜けた扇を顔へ当てゝ、小声でうたいを唄って帰ります所へ、物をも言わず突然だしぬけに、水司又市一刀を抜いて、下男の持っている提灯を切落すと
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
それからあとは何本打とうと、扇のかなめのところを中心にすれば適当に打ってよい。そうすると、手で持つのに便利であるし、焼けても扱うたびに身がこわれるという憂いはなくなる。
甘鯛の姿焼き (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
そしてとうとう肝心かなめのD50・444号の貨物列車が通り過ぎてしまったんです。
とむらい機関車 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
かなめはさっきからオブシーン・ブックのオブシーンである所以ゆえんのところを見付け出そうとしているのだが、彼の手にしている一巻のうちには第一夜から第三十四夜までが収めてあって
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
生活のかなめとして衣、食、住の様式の中にますます発達さして行きたいと思います。
仏教人生読本 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
れるといってもけがすには至らず、諸事万事御意の随意々々まにまに曾て抵抗した事なく、しかのみならず……此処が肝賢かなめ……他の課長の遺行をかぞえて暗に盛徳を称揚する事も折節はあるので
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
冬の庭のかなめを鏡のやうに磨き立てるものでなければならぬ。
冬の庭 (新字旧仮名) / 室生犀星(著)
ちがう。尊氏の意はちがう。どうなろうと、天皇はやはり至上の上にあがめおきたい。この国の美だ、またかなめだ。もしそれを
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それだけですと、物事の廻り合せと思いあきらめておりますが、今度は、肝心かなめの番頭の忠五郎が、同じ容体になって、もう枕も上がらない有様でございます。
今まで風も入れなんだ扇子を抜いて、ぱらぱらと開くと、うやうやしくかなめを向うざまに畳の上に押出して
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
腰にはいかめしき刀を差し、時々は扇子せんすかなめ柄頭つかがしらのあたりに立てて、思い出したように町並まちなみや、道筋、それから仰いで朧月おぼろづきの夜をながめているのは、いつのまにこの地へ来たか
どうしてもかなめになる手がうかびませんでした、一年ちかくも練りあげ練り直しているうちに、或る夜ふと、相い長屋の一軒で誰かのうたう声を聞いたのです、耳馴れない音調で