“芯(しん)” の例文
「たびたび御苦労様で——、二階から今日はよく富士が見えます。邪魔な竹の芯(しん)を止めて、よく眺めのきくようにしました。どうぞ」
「おらあもういっそく(百)四五十もあげたぜ、そろそろひきあげて一杯やるとしようや、おらあもう躯の芯(しん)まで冷えきっちまった」
風流太平記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
と睨(ね)め廻した時は、さしも戦い下手(べた)の同勢も、非を覚(さと)って形を変え、五弁の花が芯(しん)をつつむように、この敵ひとりを囲み込んでいた。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
サイは、婆さんに押しつけられた洗いものまで竿にとおしてしまうと、徹夜して来た眼玉の芯(しん)がズキズキ疼くような疲労を覚えた。
三月の第四日曜 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
平たい顔なのに顎(あご)がとがってみえ、ぎゅっと引きむすんだ口もとは芯(しん)の強さをみせ、Iとは逆に何か寄りつきがたさを感じさせた。
風 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
★明治二十四年九月、探偵小説「薔薇娘」ブラック訳述(原作不明)今村次郎速記、三友舎発行、四六判ボール芯(しん)表紙、二九二頁。
探偵小説の「謎」 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
だが、そういう、いわば外括的なことではなく、もっと芯(しん)のほうにまで画一化が及んでくる、ぼくはそういう気がしてきたんだ。
お守り (新字新仮名) / 山川方夫(著)
「ふん!」大次郎は不愉快気に顔をしかめて、「変えたのは、名前だけではないようだな。貴公、心の芯(しん)から変ったようだな。」
煩悩秘文書 (新字新仮名) / 林不忘(著)
ところで大気中で水蒸気が凍りついてといっても、大気中に、何か凍りつく芯(しん)になるものがなくては、水蒸気は凍りつけない。
「佐治という男は、学校時代から一寸変ったところがあって、他人から随分誤解されたものだが、芯(しん)は、気の弱い正直な男さ」
偽悪病患者 (新字新仮名) / 大下宇陀児(著)
そう聞くとあっしも頭の芯(しん)がジインとして考(かんげ)え込んじまいました。口では強いことを云いながら心の奥ではやっぱり心配していたんですね。
人間腸詰 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
目の動き、顔いろのそよぎ、心の芯(しん)に何ぞ狼狽(ろうばい)しているところはないかと、その鋭く烱々(けいけい)と光るまなざしでじいっと両名を見すくめました。
背の高い、ひょろひょろしているところが、弱そうに見えたけれど、芯(しん)は丈夫(じょうぶ)で、歩兵にはもって来いだと云う人もあった。
河沙魚 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
そこでまず、糞(ふん)だとか、根だけ食い残したのぼろ菊(ぎく)だとか、玉菜(たまな)の芯(しん)だとか、葵(あおい)の葉だとかいうものの堆高(うずたか)く積まれた上に、彼は腰をおろす。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
「世界を闇とわたしとだけにのこした。」そして夜の黒い芯(しん)はいかなる人間の近づきによってもけがされることはなかった。
芯(しん)は金無垢の伸べ棒で、その上に蝋を薄く流しかけて、蝋燭のように見せかけてある。これにはみんなも驚いて、早速に係りの役人衆に訴え出る。
半七捕物帳:47 金の蝋燭 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
さて或る日、巳之助がランプの芯(しん)を仕入れに大野の町へやって来ると、五、六人の人夫(にんぷ)が道のはたに穴を堀り、太い長い柱を立てているのを見た。
おじいさんのランプ (新字新仮名) / 新美南吉(著)
つまり鉛筆の芯(しん)の折れほどのラジウムは、紙風船の花びらと尻あてとの紙の間に巧みに貼り込まれてしまったのだった。
柿色の紙風船 (新字新仮名) / 海野十三(著)
頭の芯(しん)がトロトロと微睡(まどろ)んでるような、それでいて好奇心が胸一杯にはびこって、眼が冴(さ)えてくるような、何ともいえぬ妙な気持がしてくるのです。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
出帆(しゅっぱん)前からの神経異常が、あなたとの愉(たの)しい交わりに、紛(まぎ)らわされてはいたが、こうした場合一度に出て来て、頭の芯(しん)は重だるく、気力もなくなり
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
そうして私はランプの芯(しん)を出して、その光を出来るだけ大きくしたことを覚えておる。ゲーテが死ぬ前に、光という一語を洩(も)らしたとも聞いておる。
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
見ると、小さな油壷の中の石油はまったく尽きはてて、灯は芯(しん)だけが含んでいる油で、盛んな油煙を吐きだしながら、真黄色になってともっていた。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
それはたちまち器械の中で、きれいな黄色の穀粒と白い細長い芯(しん)とにわかれて、器械の両側に落ちて来るのでした。
耕耘部の時計 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
鼻(はな)の穴(あな)が開(ひら)きッ放(ぱな)しになる程(ほど)吸(す)い込(こ)んでいた春重(はるしげ)は、ふと、行燈(あんどん)の芯(しん)をかき立(た)てて、薄気味悪(うすきみわる)くニヤリと笑(わら)った。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
背骨の芯(しん)がズキズキと痛んだ。身体の節々がしびれるようであったが、その癖身体の内側が変に熱っぽかった。柱によったまま宇治はしずかに目を閉じた。
日の果て (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
芯(しん)が減ってきた。待てよ、月に一スー以上は灯火(あかり)にかけられねえ。横になったら眠るが一番だ。もうポール・ド・コック(訳者注 当時の物語作者)の話を
空間が小刻みに顫(ふる)えて、頭の芯(しん)が茫(ぼう)として来る。このような時——人間は何を考えるのか——このような時、人間は人間の……人間の白い牙(きば)がさっと現れた。
火の唇 (新字新仮名) / 原民喜(著)
好きで好きで武者振りつきたいくらいだったわ。お母さんだって、あたしを芯(しん)から可愛かったらしいのね。
冬の花火 (新字新仮名) / 太宰治(著)
あれでこいさんは、何と云ってもお嬢さん育ちのところがあって、芯(しん)は気の弱い、人の好い女なのである。
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
彼は座のまン中を、膳や盆の並んでいる間をたくみに避けて、次第に近よって来た。酔いのまわった身体の芯(しん)に、一筋だけ白く光って、胸の思いが通っていた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
先程私が庭で話をした看護婦が、安樂椅子に腰を掛けて眠つて居り、卓子(テエブル)の上には芯(しん)を切らない蝋燭が仄暗くゆらめいてゐた。テムプル先生の姿は見えなかつた。
ななえは芯(しん)まで冷える寢臺の枠につかまり、社村を押し退かうとして身悶えしたが、あの折は蜜でも舐めてからだが温まるやうな、からだに輕いものを感じてゐたが
渚 (旧字旧仮名) / 室生犀星(著)
まあ話を聞くよりは自分で一寸(ちょっと)息を止めてみ給え、始めの二三十秒はなんでもないかも知れないが、仕舞いになるとこめかみの辺の脈管の搏動が頭の芯(しん)まで響いて来る。
息を止める男 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
獄中でゲタの鼻緒の芯(しん)をない、封筒はりをしたが、獄房の中へもシャバのタヨリが伝わってくる。ある房から新潟県の木崎村で大小作争議が起っていることを知らされた。
私の履歴書 (新字新仮名) / 浅沼稲次郎、日本経済新聞社(著)
あたりの騒がしい物音を突きぬけて、ガーンと鉄材が鉄材にぶつかる恐しい音響が強く鼓膜(こまく)をうった。頭の芯(しん)まで響いて来た。けたたましい人声が聞えたような気もした。
秋空晴れて (新字新仮名) / 吉田甲子太郎(著)
ランプの芯(しん)は思ひ切り出されて、炎の舌はぺろぺろと伸び縮みした。蓆の二つの隅に蚊いぶしが焚かれ、青い煙が風の加減でランプを包む時だけ、あたりがわづか暗くなつた。
生活の探求 (旧字旧仮名) / 島木健作(著)
母は浅墓(あさはか)ですけれども、その浅墓さが幾枚も重なり合っていて、剥(む)く骨折さえ厭(いと)わなかったら、その芯(しん)に何かありそうにさえ見える女でございました。父はそれに引っかゝった。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
ネヤマノネホズキという芯(しん)を抜き出し、袋にしてかんで鳴らすことがその一つで、これは多分ずっと前からもあったろうが、丹波酸漿の口にいっぱいになるようなのが出てから
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
こんなことをいっては申し訳ないのだが、その握飯(むすび)は、びっくりするほど黒い色をしている。それに、二つに割ったその芯(しん)には、何ひとつ慰みになるようなものもはいっていない。
キャラコさん:10 馬と老人 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
彼は自分の不安な心を見るやうにランプの揺れる芯(しん)を凝視して、癇(かん)を苛立(いらだ)てて居た。
それに対抗するような気で、やたらに噴霧を注ぎかけてやりたくなった、後はアルコール・ランプの芯(しん)をかき立てた。コップの食塩水が少しでも減ると、すぐに缶からなみなみと注いだ。
反抗 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
そのナデコフ型置洋燈と云うのは、電燈普及以前露西亜(ロシア)の上流家庭に流行(はや)ったもので、芯(しん)の加減捻子(ねじ)がある部分にそれがなく、そこが普通型のものより遙かに大きく小大鼓形をしている。
聖アレキセイ寺院の惨劇 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
中庭の籐椅子(とういす)に寝て夕ばえの空にかがやく向日葵(ひまわり)の花を見る。勢いよく咲き盛る花のかたわらにはもうしなびかかってまっ黒な大きな芯(しん)の周囲に干(ひ)からびた花弁をわずかにとどめたのがある。
備忘録 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
今は芯(しん)を細めた、一基の燭台の幽(かす)かな光が、わずかに四辺一間四方ぐらいを、明るめているばかりだったので、その光の輪の中にはいっている、範覚の姿と姥の姿と、姥の膝の前の床の上に
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
当時はまだ電灯はなくて蝋燭(ろうそく)やランプで、ランプも昔は五分芯(しん)三分芯などがあったが改良されて芯を丸くした空気ランプというのが出来、それが非常に明るいのでそれを使って一生懸命に勉強した。
美術学校時代 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
まだ頭の芯(しん)は妙にもやもや火照(ほて)つてゐますけれど、でももうあと一踏んばりです。千恵はこの手紙をとにかく最後まで書きあげて、封をしてしまはないことには、とても今夜は眠れさうもありません。
死児変相 (新字旧仮名) / 神西清(著)
諏訪 頭の芯(しん)が、少し痛いの。
華々しき一族 (新字新仮名) / 森本薫(著)
「それなんですよ、甘いやうでビリヽとして、柔かいやうで芯(しん)があつて、口説(くど)けさうにして、その實口説かせないのがあの女なんで」
銭形平次捕物控:311 鬼女 (旧字旧仮名) / 野村胡堂(著)
初めの拳で頭の芯(しん)が痺(しび)れ、よろめきながら、腹とうしろ頸(くび)に烈しい打撃を感じ、倒れたときに、後頭部が岩に当る鈍い音を聞いた。
ちくしょう谷 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
油ボロを芯(しん)に枯れ葉などを仕込んだ竹編みの火焔玉やら、投げ松明(たいまつ)の類だった。たちまち、火を噴く活火山のように寄手の上へ降りそそぐ。
私本太平記:07 千早帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)