ろう)” の例文
私たちの耳をろうするのは、灯のつきそめた裏街をいたずらに震撼する、無意味な、そして愉快に執拗な金切り声の何マイルかにすぎない。
投げ柴の火光などが火のたすきとなって入り乱れているあいだを、金鼓、矢うなり、突喊とっかんのさけび、たちまち、耳もろうせんばかりだった。
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかしそれらは何であったか? 血の流るる手をも見た。耳をろうするばかりの恐ろしい響きがあり、また恐怖すべき静寂があった。
耳をろうするばかりで、五感はまったく圧倒されてしまう。そして今や、朗々とうねりあがってゆき、大地から天上へかけのぼる。
黒泡を立てて噛み合いえ合い、轟々として奔騰しそれが耳もろうせんばかりの音と相俟あいまって、喧囂けんごうといっていいか、悲絶といっていいのか
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
いや、東の空いっぱいに響き返して、まだ見えぬ岩壁の下から下から湧きあがって来た。耳もろうするばかりのその怒号、吼哮ほうこう
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
杢助の発作は頂点に達し、したがって恢復かいふくし始めていた。彼は耳をろうする歓声を聞きながら、ぼんやりと心のなかで呟いた。
似而非物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
馬上の弁信は、その周囲に耳をろうするばかりの踊りの歌と、足拍子を聞きながら、馬の手綱を引っぱっている茂太郎に、馬上から問いかけました。
大菩薩峠:20 禹門三級の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
そして、それらの目まぐるしき形と色の外に、花火の音を太鼓にして、ジロ楽園全体をゆるがす様な音楽が、耳もろうせんばかりに鳴り響いていた。
地獄風景 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
彼は言葉の市場から来る喧騒けんそうに耳をろうしていた。笛の美しいふしは喧騒の中に消えせて、聞き取ることができなかった。
如法暗夜の妖術が、三太夫のために破られたからか、吹き止んでいた夜嵐が忽然こつぜんとして吹き起こり、板戸を揺する騒音が耳をろうするばかりである。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
かの耳をろうせんばかりのけんけんごうごう、きゃんきゃんの犬の野蛮やばんのわめき声には、殺してもなおあき足らない憤怒と憎悪を感じているのである。
象軍は、耳をろうする様な咆哮ほうこうを立てて、長い鼻を巻き上げながら、肉の厚い赤く湿った口をくわっと開くのであった。
大衆文芸作法 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
〽では、手前は一枚上手うわてをいって、「地獄の番卒」とでもいたしましょうかネ。——喧々囂々がやがやもうもう、耳をろうするばかり。
美奈子は、自分の眼が直ぐ盲になり、耳が直ぐろうすることを、どれほど望んでいたか判らなかった。若し、それが出来なければ、一目散に逃げたかった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
画壇の三ろうだといふ事を知つてゐるI氏は、わざわざ自分の口を相手の耳に押付けて、大きな声で喚いた。
茶話:12 初出未詳 (新字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
私は叫喚地獄の前に立ち、無間むげん地獄の前に立った。いや、地獄の名などはどうでもいい。すさまじい囂音ごうおんが、大地の底からうなりを立てて耳もろうするばかりに響く。
雲仙岳 (新字新仮名) / 菊池幽芳(著)
嵐のような参詣者や信者の群の跫音あしおと話声と共に耳をろうするばかりの、どんつくどんどんつくつくと鳴る太鼓の音が空低しとばかりに響き渡る、殷賑いんしんを極めた夜であった。
放浪作家の冒険 (新字新仮名) / 西尾正(著)
予は全く眼くらみ、口とつし、耳ろうし、恍惚として、自他の境をも、弁ぜざるものと、なりたるなり。
一青年異様の述懐 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
南岳わかくして耳ろうせり。人と語るに音吐おんと鐘の如し。平生奇行に富む。明治卅八年秋八月日魯にちろ両国講和条約の結ばれし時、在野の政客暴民を皷煽こせんし電車を焼き官庁を破壊す。
礫川徜徉記 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
トニオ・クレエゲルは風と濤声とに包まれて、この永遠の、重々しい、耳をろうするどよめきの中にひたりながら、たたずんでいた。このどよめきが彼は実に好きなのである。
そこをねらって、釣瓶撃つるべうちに、高射砲の砲火が、耳をろうするばかりの喚声かんせいをあげて、集中された。
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
またキングに対してもどうか寛大にしてもらいたいと嘆願をしたのであるが、ここに於てはキングもパァリアメントもろうで耳が聞えない。合衆国の困難を耳に入れてくれない。
平和事業の将来 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
上靴の爪先つまさきにて床をとんとんと叩きつつ渠が返事を促せど、ろうせるがごとく死灰のごとし。
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
なに製造せいぞうするのか、間断かんだんなしきしむでゐる車輪しやりんひびきは、戸外こぐわいに立つひとみみろうせんばかりだ。工場こうば天井てんじよう八重やえわたした調革てうかくは、あみとおしてのたつ大蛇のはらのやうに見えた。
虚弱 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
注連しめ飾り、桶類、金物類そのほかの店が隙間なく、高張や長提灯の数をつらねて、耳もろうするばかりの呼び声、ことに明治の中頃の景気は格別、江戸時代に輪をかけてすばらしい人出
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
耳をろうするようなワグナアの音楽にも劣らず人心を動かしたのは何ゆえであるか。
院展日本画所感 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
そして下から上まで、部屋々々の電鈴が耳もろうせんばかりに一時に鳴り初めた。
ために、場内は刻一刻と殺気だって、東の声援、西の呼び声、喧々囂々けんけんごうごうと入り乱れながら、ほとんど耳もろうせんばかりでしたが、しかし、名人はいかなる場合においてもやはり名人です。
しかしその氷の割れる音は科学を尊重するはずの日本へ少しも聞こえなかった。満州まんしゅう問題、五・一五事件、バラバラ・ミステリーなどの騒然たる雑音はわれわれの耳をろうしていたのである。
北氷洋の氷の割れる音 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
ごうごうと云う水の音がいよいよ激しく、車内にいても耳をろうするようになった。さっきのお婆さんが今も熱心に念仏を称えているのに交って、不意に朝鮮人の子供たちの泣き声が聞えた。
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
相手がろうかも知れぬと、大声に遽だしく紀昌は来意を告げる。
名人伝 (新字新仮名) / 中島敦(著)
そう思うと、耳をろうするように川鳴りの音がとどろいて来る。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
吹き上げるしぶきの中から耳をろうする鞺鞳とうとうの響が聞える。
釜沢行 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
近く聞けば水のひびきは、実に耳をろうするばかりであった。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
その打合ひのは、我が耳をろうさなかつた
ろう青畝せいほひとり離れて花下に
五百句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
これ君のろうなるがためのみ。
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
天地の諸声をあざむく奏楽が同時に耳をろうすばかり沸きあがった。万歳の声は雲をふるわした。その夕方、大きなひょうが石のごとく降った。
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
続いてまた一弾! 耳もろうせんばかりの大爆発とともに、今の今まで艦長がメガホンを執っていた司令塔も前部砲塔も濛々たる白煙に包まれて
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
御者のののしる声、らっぱの響き、電車のかねの音が、耳をろうするばかりの喧騒けんそうをなしていた。その音響、その動乱、その臭気に、クリストフはつかみ取られた。
耳もろうせんばかりの騒音、闇の中に火花が散るかと見える無数の乱舞、そして意味のない怒号、私の筆では到底、ここにその光景を描き出すことはできません。
覆面の舞踏者 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
暗黒の洞窟の中で、耳もろうするばかりのすさまじい水音が囂々ごうごうと轟きわたり、一同の聴覚を麻痺させる。
地底獣国 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
彼は読者を魅惑し、説得するというよりは、これをろうせしめ、これを盲せしめ、そうして幻惑せしめている、力もここまで進んで来れば、これは一種の魔力である
大菩薩峠:41 椰子林の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
するとそれを合い図にして、耳をろうし目をくらますほどの恐ろしい殴打おうだは、ひょうの降るような音を立てて七つの馬車の上に浴びせられた。多くの者はうなって口からあわを吹いた。
そのうちに娘が暴れだした、病気のところを松葉いぶしにかけられ、ろうするような多勢の呪文を聞かされて逆上したらしい。異様な叫び声をあげながら、家の中を狂いまわった。
ちくしょう谷 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
耳をろうする落雷の音! 彼はうんと気絶したがその瞬間に一個の神将、かしらは高く雲に聳え足はしっかりと土を踏み数十丈の高さに現われたが——荘厳そのもののような姿であった。
北斎と幽霊 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ト思う耳のはたに竹をひびききこえて、僧ども五三人一斉に声を揃え、高らかにじゅする声耳をろうするばかりかしましさ堪うべからず、禿顱とくろならび居る木のはしの法師ばら、何をかすると
竜潭譚 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
耳をろうするような音と、眼をげんするような光の強さはその中にかえって澄み通った静寂を醸成する。ただそれはものの空虚なための静かさでなくて、ものの充実しきった時の不思議な静かさである。
田園雑感 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
渓流の水嵩みずかさが増したために山津浪やまつなみがありはしないかと村の人々が騒いでいるような朝のことで、雨の音よりもすさまじい流れの音が耳をろうするように聞え、時々川床の石と石とつかるたびに、どどん
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)