あつもの)” の例文
舌長姥 こぼれたあつものは、埃溜はきだめの汁でござるわの、お塩梅あんばいには寄りませぬ。汚穢むさや、見た目に、汚穢や。どれどれ掃除して参らしょうぞ。
天守物語 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
味噌汁と百合ゆりの根とは更に別の鉢に、それからそれを料理したその容器のままで膳に出す、最も美事なあつものは、蓋のある皿を充していた。
目下のところ、日本国民は恵王陵の神木のような憂き目を見ているが、東條のような痩せ肉では、あつものに作っても大しておいしくはあるまい。
支那の狸汁 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
これ一椀のあつものに、長子の権をひさぐものなり。これ我種族伝来の最善なるものに不忠なることを示すものなり。これ単に欧洲教育の猿真似なり。
我が教育の欠陥 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
あの湯気の立つあつものをフウフウ吹きながら吸う楽しみや、こりこり皮のげた香ばしい焼肉を頬張ほおばる楽しみがあるのだろうか? そうでなくて
しこうしてこれがために教徒を殺すもの前後三十万人。それあつものるものはなますを吹く。この時において鎖国令を布く、また実にむを得ざるなり。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
補助貨が乏しかつたら、その代りに鶉を呉れてやつたらからうぢやないか、鶉は売つて銭に替へる事も出来るし、煮てあつものにする事も出来る。
燕の巣、さめひれした卵、いぶした鯉、豚の丸煮、海参なまこあつもの、——料理はいくら数へても、到底数へ尽されなかつた。
南京の基督 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
帝、食を賜い、あつものを調し、詔あり翰林かんりん供奉ぐぶせしむ。——これがその時の光景であった。非常に優待されたことが、寸言の中に窺われるではないか。
岷山の隠士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
一英人ビル族二人藪の隅の虎王族を詈るを立ち聞くと「此奴こやつおれが豆とあつものと鶏を遣ったに己の水牛を殺しやがった」
すぐ、みんなで山鳥のあつものこしらえて食った。山鳥をりょうる時、青年ははかまながら、台所へ立って、自分で毛を引いて、肉をいて、骨をことこととたたいてくれた。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
井侯以後、あつものりてなますを吹く国粋主義は代る代るに武士道や報徳講や祖先崇拝や神社崇敬を復興鼓吹した。
彼女はひる過ぎると、隣家の王の婆さんに手伝わせて、こってりとした汁、焼肉、あつもの料理などこしらえておき、さて武松の部屋も火気で火照ほてるばかり温めておいて。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
我、師よ、我等池をいでざる間に、願はくはわれ彼がこのあつもののなかに沈むを見るをえんことを 五二—五四
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
戸数は九百ばかりなり。とある家に入りて昼餉ひるげたべけるにあつものの内にきのこあり。椎茸しいたけに似てかおりなく色薄し。
突貫紀行 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
紂王は又文王の子の伯邑考といふを烹てあつものとなし、その羹を文王に食せしめたといふことで、西晉の皇甫謐クワウホヒツの『帝王世紀』——『史記正義』の殷本紀の注に引く所に據る——に
陽に清貧をたのしんで陰に不平を蓄うるかの似而非えせ文人が「独楽唫」という題目の下にはたして饅頭、焼豆腐の味を思い出だすべきか。彼らは酒の池、肉の林と歌わずんば必ずや麦の飯、あかざあつものと歌わん。
曙覧の歌 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
あつものを吸ふもの十二人、各の手にある匙は亡者の前腕の骨である。
サバトの門立 (旧字旧仮名) / ルイ・ベルトラン(著)
食物を或るはあつものを作る事の有りしをも推知すいちせらる。
コロボックル風俗考 (旧字旧仮名) / 坪井正五郎(著)
南京なんきんあつものを我に食はしめし夏汀がつまは美しきかな
つゆじも (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
鍋のなかには予めあつものが煮えたぎっていて、三蛇は互いに毒をもって毒を制し、その甘味、その肥爛まことにたとうべからずというのである。
たぬき汁 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
小さな漁村で、我々は船の上にある御馳走のことを考えながら、一椀の水っぽい魚のあつものと、貧弱な米の飯とを食った。
い候え、と言うのである。これを思うと、木曾殿の、掻食わせた無塩ぶえん平茸ひらたけは、碧澗へきかんあつものであろう。が、爺さんの竈禿くどはげ針白髪はりしらがは、阿倍の遺臣のがいがあった。
灯明之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
やがてあぶり肉やあつものも出来、飴煮あめにも皿に盛られ、婆はほどよいころと、料理ばんを持って、二階部屋をそっと開けた。……ところがである、婆の哲学は、案に相違していた。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
天幕てんまくの中で今日の獲物をあつものの中にぶちこんでフウフウ吹きながらすするとき、李陵は火影ほかげに顔を火照ほてらせた若い蕃王ばんおうの息子に、ふと友情のようなものをさえ感じることがあった。
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
むかし津山藩主の何とかいつた奥方は、余程悋気深りんきぶかたちだつたと見えて、殿の愛妾をめ殺した上、太腿の肉を切り取り、それをあつものにして何喰はぬ顔で殿が晩酌の膳にのぼしておいた。
自分はまた五六人と共に、大きな食卓を囲んで、山鳥のあつものを食った。そうして、派出はで小倉こくらはかまを着けた蒼白あおしろい青年の成功を祈った。五六人の帰ったあとで、自分はこの青年に礼状を書いた。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
即時にあつものとなしてあたへける。
案頭の書 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
鍋のなかには予めあつものたぎつてゐて、三蛇は互に毒を以て毒を制し、その甘膩かんじ、その肥爛ひらんまことにたとふべからずと言ふのである。
たぬき汁 (新字旧仮名) / 佐藤垢石(著)
「おそらく、この子は、自分の誕生日も、祝われたことはあるまい。だが、今度は祝ってやんなさい。このかめに酒を買い、この山羊をほふって、血は神壇に捧げ、肉はあつものに煮て」
三国志:02 桃園の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
夜食やしよくぜんで「あゝあ、なんだいれは?」給仕きふじてくれた島田髷しまだまげ女中ねえさんが、「なまづですの。」なまづ魚軒さしみつめたい綿屑わたくづ頬張ほゝばつた。勿論もちろん宿錢やどせんやすい。いや、あつものはず、なまづいた。
麻を刈る (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
十人は十人の因果いんがを持つ。あつものりてなますを吹くは、しゅを守って兎を待つと、等しく一様の大律たいりつに支配せらる。白日天にちゅうして万戸に午砲のいいかしぐとき、蹠下しょかの民は褥裏じょくり夜半やはん太平のはかりごと熟す。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
別の台には蟹とうずらの焼鳥を盛り、あつものは鯉の切身に、はた子を添えた。
酒渇記 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)