羞恥しゅうち)” の例文
花も羞恥しゅうちを感じるであろうと思われるにおいの高い宮のおそば近くにやすんでいることを、若君は子供心に非常にうれしく思っていた。
源氏物語:45 紅梅 (新字新仮名) / 紫式部(著)
ましてぽん引きの長蔵さんなどに対して、神聖なる羞恥しゅうちの血色を見せるなんてもったいない事は、夢にもやる気遣きづかいはありゃしない。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
一寸法師は、お花に正面から見つめられて、一寸ちょっとたじろいだ。彼の顔には一刹那いっせつな不思議な表情が現れた。あれが怪物の羞恥しゅうちであろうか。
踊る一寸法師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
私の饒舌じょうぜつに対して終始沈黙を守っている主婦の顔色には、意地悪なところも頑固なところもなく、ただ当惑と羞恥しゅうちの表情しかなかった。
安い頭 (新字新仮名) / 小山清(著)
ただ、もやもや黒煙万丈で、羞恥しゅうち、後悔など、そんな生ぬるいものではなかった。笠井さんは、このまま死んだふりをしていたかった。
八十八夜 (新字新仮名) / 太宰治(著)
そんな羞恥しゅうちと高慢さとの入り混った視線とは異って、私の上に置かれているその少女の率直そっちょくな、好奇心こうきしんでいっぱいなような視線は
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
歴史は人類の野性、獣性、蛮性、無宿性、無頼性を訓練するために、まず人間に恋愛を教えました。恋愛が次に羞恥しゅうちを教えました。
大菩薩峠:34 白雲の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
きょうまで、無理にいましめていた理性と羞恥しゅうちを破って、片恋の涙は、いちどに、男の膝を熱く濡らして、今はもう止めもない。
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
羞恥しゅうちと言う言葉の定義が輸入道徳によって変更せられたまでは、男女ともにおのおのその隠し所の名を高い声で呼んでいたらしい。
地名の研究 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
けれどもクリストフは、最も心にかかってることは、自分の恋愛のことは、一言も言い出し得なかった。一種の羞恥しゅうち心に引止められた。
僕は日本人として、勿論もちろんすこぶる当惑と羞恥しゅうちを感じ、せめて黒色ガラスの服を与へられたいと抗弁これ努めたが、無駄であつた。
わが心の女 (新字旧仮名) / 神西清(著)
と、ミチは浴槽の半分だけあけた残りのふたを取り始めた彼に、湯ぶねのなかから声をかける。すると藤三は羞恥しゅうちの苦笑を浮べる。
刺青 (新字新仮名) / 富田常雄(著)
「あの人はすっかり裸にして、躯の内部までひっくり返してしらべても、ひけめとか羞恥しゅうちなどという感情は欠けらもない、というふうだ」
山彦乙女 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
ああなんという蠱惑こわく的な線だろう。だが同時に、その美しい線が現わしている羞恥しゅうちに、私はやや大げさに言えば、ギョッとした。
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
遠い山々の峰が赤く、万頃ばんけいの波頭が赤く、船は半面を燃えるように赤らめ、人々の顔は羞恥しゅうちの限りのようにまッ赤に色どられた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
商人はうなずき、さっきKと話し合っていたのと同じように率直に言ったが、羞恥しゅうちのためにおそらく混乱しているのだった。
審判 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
普通ならばその年ごろの少女としては、やり所もない羞恥しゅうちを感ずるはずであるのに、愛子は少し目を伏せているほかにはしらじらとしていた。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
この景色を見た自分たちは、さすがに皆一種の羞恥しゅうちを感じて、しばらくの間はひっそりと、にぎやかな笑い声を絶ってしまった。
毛利先生 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
僕は裁判をしてこっちが羞恥しゅうちを感じて赤面したが、女はシャアシャアしたもんで、平気でベラベラ白状した。職業的堕落婦人よりは一層厚顔だ。
三十年前の島田沼南 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
わたしはわたしのみにくさがたまらなくなって、羞恥しゅうちのおもいにもはや長くそこにいることすらつらくなってきました。
人魚 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
久保田の心は一種の羞恥しゅうちを覚えることを禁じ得なかった。日本の女としてロダンに紹介するには、も少し立派な女が欲しかったと思ったのである。
花子 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
たちがたき因縁いんねんにつながる老人は、それがためまたあきらめてもあきらめられぬ羞恥しゅうち苦痛くつうをおいつつあったのである。
告げ人 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
ある者は涼しげなひとみ羞恥しゅうちを含んで、ある者は美しい怒りを額に現して、またある者は今にもにいっと微笑まんばかりに愛らしい口許をほころばせて
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
お島はどんな事でも打明けるほどに親しくなった上さんにも、これまでに外に良人を持った経験のあることを話すのに、この上ない羞恥しゅうちを感じた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
妻から、荘田しょうだ夫人の手紙を差し出されて見ると、信一郎は激しい羞恥しゅうちと当惑とのために、顔がほてるように熱くなった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
「まあ、青大将」だれか、女のひとが、そう言って、くすッと笑うのに、羞恥しゅうちで消え入りそうになりながら、ぼくはようやく、そこからげ出したのです。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
その反対の方へむけて、腕の曲折を、ふっくらとつくると、それは、思いがけない生々しさで錦子の前へ、若い女が横たわって、羞恥しゅうちを含んでいる——
田沢稲船 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
先ずこの娘の好きな食物と飲物を取りよせてみたものの、日本の娘とよく似たしとやかな羞恥しゅうちを浮べ、ヨハンが何か訊ねても短い答えを云うだけだった。
罌粟の中 (新字新仮名) / 横光利一(著)
田中の顔はにわかに変った。羞恥しゅうちの念と激昂げっこうの情と絶望のもだえとがその胸をいた。かれは言うところを知らなかった。
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
「それで君が大いに啓発してるわけなんでしょう……へ、へ! まあ、そういう羞恥しゅうちなんて無意味なものだと、証明してやってるんでしょうな?……」
しかしながら自分は自分の青春の思い出を保存するためにかなりの羞恥しゅうちを忍んでそれをそのままに残しておいた。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
彼はあいさつを皆にかえしながら、突然激しい羞恥しゅうちの念が胸いっぱいにひろがった。それは押えようがなかった。
日の果て (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
ことによると、自分の中にもどこかに隠れているらしい日本人固有の一番みじめな弱点を曝露されるような気がして暗闇の中に慚愧ざんき羞恥しゅうちの冷汗を流した。
KからQまで (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
数カ月前、最後の貞節と最後の羞恥しゅうちと最後の喜びとを失った時、彼女はもう自分自身の影にすぎなくなった。そして今や彼女は自分自身の幻にすぎなかった。
しかし、怒りというよりそれが羞恥しゅうちであり、ある屈辱の我慢であり、外側にむかって爆発し挑みかかるなにかではなく、内側へのそれであることは明瞭めいりょうだった。
煙突 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
あの細君の大きな目——あの亭主の弱々しい、力のない眼——そういうものは考えたばかりでも羞恥しゅうちの念を起させた。二人は人に見られて旅することをじた。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
内省とか羞恥しゅうちとか、いわば道徳的観念とでも呼ばれるものに余程標準の狂ったところがあって、突拍子とっぴょうしもない表出には莫迦だか悧口りこうだか一見見当もつかなかった。
小さな部屋 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
なやましいばかりの羞恥しゅうちと、人に屈辱くつじょくあたえるきりで、なんやくにも立たぬかたばかりの手続てつづきをいきどお気持きもち、そのかげからおどりあがらんばかりのよろこびが、かれの心をつらぬいた。
身体検査 (新字新仮名) / フョードル・ソログープ(著)
しかしながら彼らは明白に神の真理に背いて、はたして安きを得るであろうか。彼らに向ってヨブ記のこの語を提示するとき、恐らく彼らは羞恥しゅうちに顔をおおうであろう。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
恐いほど真白な太股の一部にけつくような視線を送りながら、今この少女が起きあがって、どのような魅力のある羞恥しゅうちをあらわすことだろうかと、期待をいだいた。
省線電車の射撃手 (新字新仮名) / 海野十三(著)
彼の動かない眼にひきかえ、彼の頭の中には、たえがたい羞恥しゅうちの感情が旋風せんぷうのように渦巻いていた。
次郎物語:03 第三部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
孤鞍衝雨こあんあめをついて」などは繞石君得意のもので少女不言花不語しょうじょものいわずはなかたらずの所などはそでなかば顔を隠くして、君の小さい眼に羞恥しゅうちの情を見せるところなどすこぶる人を悩殺するものがあった。
子規居士と余 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
夢とすると非常に無理を感ずるところがあったが、そのかわり女に対する羞恥しゅうちの情は薄らいだ。
切支丹転び (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
しかし彼女は、横蔵を眼に止めたとき、はじめて——それも本能的に、羞恥しゅうちの姿勢をとった。
紅毛傾城 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
かれはこの演説で大いに「新人しんじん」ぶりを見せびらかすつもりであったが、野淵に一蹴いっしゅうされたのでたまらなく羞恥しゅうちを感じた。そうして救いを求むるように光一の方を見やった。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
アンリ・エチエンの『アポロジ・プー・レロドト』十章に、十六世紀のイタリア人、殊に貴族間に不倫の行多きを攻めた末ポンタヌスの書から畜類に羞恥しゅうちの念ある二例を引く。
お足しになるのにご自分の手は一遍いっぺんもお使いにならない何から何まで佐助どんがして上げた入浴の時もそうであった高貴の婦人は平気で体じゅうを人に洗わせて羞恥しゅうちということを
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
紀久子は羞恥しゅうちの表情を含んで顔を赤らめながら、顔を伏せるようにして静かに正勝のほうへ寄っていった。開墾地の人々は驚きの目を瞠って、ただじっと紀久子の姿を見詰めた。
恐怖城 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
失礼な申分ですが、男子というものは太古以来聡明を以て自任している割に、一旦衆をたのむと、どうしてそのように低級野蛮な盲目的感情を固執して羞恥しゅうちを感じないのでしょうか。
選挙に対する婦人の希望 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
そこに一点の羞恥しゅうちの影も無い。松崎は眼を落して娘のてのひらを見た。古典的で若々しいローマの丘のやうに盛上つた浦子の掌の肉の中に丸い銀貨の面はなかば曇りを吹き消しつゝある。
(新字旧仮名) / 岡本かの子(著)