紙幣さつ)” の例文
アワヤ紙幣さつの束が掴まれそうな際どい処迄漕ぎつけるものだから、原田や私はのぼせ上ってゾクゾク嬉しがるが、よく考えて見ると
The Affair of Two Watches (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
何のまじないかあわてて煙草を丸め込みその火でまた吸いつけて長く吹くを傍らにおわします弗函どるばこの代表者顔へ紙幣さつった旦那殿はこれを
かくれんぼ (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
自分はそっとこの革包かばん私宅たくの横に積である材木の間に、しかも巧に隠匿かくして、紙幣さつの一束を懐中して素知らぬ顔をしてうちに入った。
酒中日記 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
と年増は紙幣さつ取出とりいだして二三枚握らすれば、車夫はにわかに笑顔になり、「ちと、もし、御手伝を致しましょう。」現金な野郎なり。
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
もしこの蒼白あおじろい青年が、ついに紙幣さつの方へ手を出さないとすると、小林のこしらえたせっかくの狂言も半分はぶちこわしになる訳であった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
紙幣さつの裏表を占めている、息づまる程交錯した、毛よりも細い線——それを見つめていると、母親は肌寒いものが背筋を走るのだった。
母親 (新字新仮名) / 若杉鳥子(著)
男は間断ひっきりなしにしゃべったが、フェリシテは上の空で聞いていた。やがて男は黙りこむと紙入から百フラン紙幣さつを一枚とりだして
フェリシテ (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
それからそのまま——紙幣さつを指の間にはさんだまま——格子をあけて、すうっとはいってしまったのである。どうにも仕方がなかった。
斗南先生 (新字新仮名) / 中島敦(著)
紙幣さつを焼いたならば紙幣をつぐなうことができる、家を焼いたならば家を建ててやることもできる、しかしながら思想のって成ったもの
後世への最大遺物 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
っていて、十円紙幣さつ十枚を見つけ出したとします。その際、単に十円紙幣十枚と書いたんじゃ記事が映えません。何うしますか?
負けない男 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
紀久子はそう心の中につぶやいて、手文庫の底からそこにありたけの紙幣さつつかむと、それをポケットに突っ込んで自分の部屋を出た。
恐怖城 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
今村に紙幣さつを渡している時である。さっきから人に押されながら立っていた巾着切きんちゃくきりの黒眼鏡が、すぐに彼女のすがたを見出して
かんかん虫は唄う (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そして帯の間へ挟んであった紙幣さつを出してみせて、ちょっと拝むような手つきをしてから大切そうに四つに折りたたんで蟇口へ納いこんだ。
(新字新仮名) / 矢田津世子(著)
いや、億どころか、百兆、千兆。いずれは、英蘭銀行バンクがお前の紙幣さつで埋まるだろう……ここだ、一生の運をつかむか掴まないか⁈
人外魔境:10 地軸二万哩 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
それから、ある紳士がゴローホヴァヤ街の歩道の上で、いや、それともサドーヴァヤ街だったかな、一ルーブリ紙幣さつを落っことしたんですよ。
あの鳥が紙幣さつかなんかなら、一寸悪心を起すところだ。やれやれ、紙幣さつに羽根が生えたとはこのことを云ふんぢやないかな。
運を主義にまかす男 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
鳥打帽とりうちぼう双子縞ふたこじま尻端折しりはしおり、下には長い毛糸の靴足袋くつたびに編上げ靴を穿いた自転車屋の手代てだいとでもいいそうな男が、一円紙幣さつ二枚を車掌に渡した。
深川の唄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
そう云って、わしは、十円紙幣さつを、横瀬の手に握らせ、今日のことは、堅く口止くちどめだということを、云いきかせたのだった。
夜泣き鉄骨 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「いやすっかり忘れていた」と赤黒子はちょいと千々岩の顔を見て、懐中より十円紙幣さつ五枚取りいだし「いずれ何はあとからとして、まあ車代に」
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
骨董屋の主人はその素麺箱を見て、ぶつくさぼやきながら懐中ふところから惜しさうに十円紙幣さつを出して呉れた。豊はそれを持つて馬と一緒に帰つて往つた。
夫人は余りその種のことを好まなかったが、どうしたはずみか急に好奇心が湧いて二ポンドの紙幣さつを印度人に与えた。
怪談綺談 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
けれども、飛山さんのお父さんは、その紙幣さつがどうして手にはいったかと云う事をどうしても云わないのです。それで警察に留められているのです。
贋紙幣事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
封筒の中の金が、二十円や十円や五円などごたごたした紙幣さつになってるのが、ぱっと頭に映ってきて、それを寄せ集めた時の惨めさが心にきたからだ。
好意 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
それに、お前は、大根畑の縁で、「ああ、この大根の数ぐらい、おれに千フランの紙幣さつがあるとなあ」こう言った。
紙幣さつで十五ルーブリいただいて手離すことにしますよ! ただね、あんたさん、その御用達の話ですがね、裸麦はだかむぎの粉だの、蕎麦粉そばこだの、挽割麦ひきわりむぎだの
だがそんなことには奴らは平気だ、切符さえもって来てもらえれば——切符が紙幣さつならなお喜ぶだろうがね。
行きかけて立戻り、思ひ出したる懐中物『ここに少しはお紙幣さつがあるゆゑ、一杯飲んで下さんせ。まだ十二時には三時間みときもあらふ。元気を付けたがよいわいな』
したゆく水 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
みのるの手に百圓の紙幣さつが十枚載せられたのはそれから五日と經たないうちであつた。二人の上に癌腫の樣にたゝつてゐた經濟の苦しみが初めてこれで救はれた。
木乃伊の口紅 (旧字旧仮名) / 田村俊子(著)
『小母さん、これ。』と智恵子は先刻の紙幣さつを指さしたのでお利代は『それでは!』と受取つて室を出た。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
と浜田は僕に、まるで百円紙幣さつでも呉れるかのやうに勿体らしく渡さうとしたので、僕は急いで云つた。
蘭丸の絵 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
いつだか六十銭の鰻丼を食ってしまってから、えらそうに百円紙幣さつを出して釣銭を強要している奴と、椅子を二三隔てた時には、憤慨のやり場に困ったことすらある。
青バスの女 (新字新仮名) / 辰野九紫(著)
と銀之助の前にも、五十銭づゝ封じた銅貨を幾本か並べて、外に銀貨の包と紙幣さつとを添へて出した。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
ペンギン鳥の恰好をした手提げのお腹には、勿論ありったけのお紙幣さつと銀貨とを押しこみました。
四月馬鹿 (新字新仮名) / 渡辺温(著)
判事の最も残念に思ったのは、老婆が紙幣さつの番号を控えて置かなかったことだ。それさえあれば、この疑わしい金が、事件に関係があるかないかも、ただちに判明するのだが。
心理試験 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
あなたの財布には、大きいお紙幣さつを五枚ばかり、私の財布には、大きいお紙幣一枚を、四つに畳んでお容れになります。あとのお金は、郵便局と銀行へ、おあずけになります。
きりぎりす (新字新仮名) / 太宰治(著)
紙幣さつと菓子との二つ取りにはおこしをお呉れと手を出したる物なれば、今の稼業に誠はなくとも百人の中の一人に眞からの涙をこぼして、聞いておくれ染物やの辰さんが事を
にごりえ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
「おいきた」と、勇み立って、あちらこちらの衣嚢かくしから、五十法紙幣さつ一枚、十法二枚、二法真鍮貨二つ、と、探し出しそれから日本の郵便切手を三枚景物に添えて机の上へ並べた。
マクラメの手提袋の中へ無雑作に紙幣さつ束をおし込むと、晴やかに微笑みながら、白い腕をなよなよと彼の首に捲きつけたのだったが、彼は石のように無言のまま、彼女と別れてきたのだった。
(新字新仮名) / 池谷信三郎(著)
李剛 君、飯はまだだと言ったね? (手の紙幣さつ束を突き出して)これで何かそこらでやってくれたまえ。僕もつきあえるといいんだが、社にちょっと用があるから、失敬する。(歩きかける)
おとらのだ帰って来ない、或日の午後、蚕にせわしいお島の目に、ふと庭向の新建しんだちの座敷で、おとらを生家さとへ出してやった留守に、何時かたように、おびただしい紙幣さつを干している養父の姿を見た。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
世間一体そう云うふうになりたいとは思えども、さて自分には小面倒こめんどう臭い、ソンな事にドタバタするよりか、金は金で仕舞しまっおいて、払うときにはその紙幣さつかぞえて渡してると、う云う趣向にして
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
ようやく安心したような顔をして、「これでア冥土へ好い土産が出来た、」と笑いながら丁度店員が応接室の外を通ったのを呼留めて申込書と共に百何円の現金を切れるような紙幣さつで奇麗に支払った。
で、思い切ってこの中にモグリ込んで、紙幣さつをひっぱりだした。
冥土行進曲 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「待ってくださいおじいさん、お紙幣さつになるにはまだ早いから」
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
国の紙幣さつ日を夜をただにかく刷りて幾百億円刷るにやあらむ
黒檜 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
と云いながら彼は五十フラン紙幣さつを握らせた。
水晶の栓 (新字新仮名) / モーリス・ルブラン(著)
紙幣さつだなこれは。
寄席 (新字新仮名) / 正岡容(著)
懐からそっと盗すむようにして紙幣さつの束を出したが、その様子は母が机の抽斗ひきだしから、紙幣さつの紙包を出したのと同じであったろう。
酒中日記 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
そこで彼は悠々と、順序よくその紙幣さつ束を取りあげて、一々数をよんで、それから懐中電燈で仔細にしらべたり、手の甲で撫でてみたりした。
空家 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
紙幣さつきつけに使うようなもので勿体もったいないと言ったそうだ。僕達は憤慨した。あの禿げ頭のいる間はもう母校に寄りつかないと決心した。
ある温泉の由来 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)