生々なまなま)” の例文
かまくら時代の百鬼夜行の絵巻物には、この妖怪がへんに生々なまなましくかけているが、皆足を持ち、様々な姿態をつくして活動している。
ばけものばなし (新字新仮名) / 岸田劉生(著)
で、細っこい脛ながら、武道で鍛えたけんの逞ましさ、そいつを蒼白い月光に、生々なまなまと見せてムキ出しにし、延び延びと立った九十郎
血煙天明陣 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
無活動をいられた夜や昼を過ごすうちに、あまりに生々なまなましい光を恐れ健康の太陽には焼かれるような、種々の思想が起こってくる。
昨日あたり山から伐出きりだして来たといわぬばかりの生々なまなましい丸太の電柱が、どうかすると向うの見えぬほど遠慮会釈もなく突立っている。
深川の唄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
如何どうかしてアベコベにこの男に蘭書を教えて呉れたいものだと、生々なまなまの初学生が無鉄砲な野心を起したのは全く少年の血気に違いない。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
その板は丸太の外側を削ったものでできた不完全な生々なまなました板で、わたしはそのはじをかんなで真っすぐにしなければならなかった。
百八十円で買ったとかいう狸の皮の裏には黒い汚点しみのあとがところどころに残っていて、それは生々なまなましい人間の血であると医師は言った。
探偵夜話 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
だがその反對に、夢の中で感ずる情緒は、現實のそれと比較にならないほど、ひどく生々なまなまとしてレアリスチックに強烈である。
(旧字旧仮名) / 萩原朔太郎(著)
そして、その白く抜けたひたいに、軽がると降りかかるウエーヴされた断髪は、まるで海草のように生々なまなましく、うつくしく見えた。
鱗粉 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
ただちょっと睡っているようにしか見えない生々なまなました死骸であった。趙はその死骸へ手をやって泣いたがそのまま気が遠くなってしまった。
愛卿伝 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
はげしい生の歓喜を夢のようにぼかしてしまうと同時に、今の歓喜に伴なう生々なまなましい苦痛もける手段をおこたらないのである。
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
工場の人々は、まだ生々なまなましい惨事のあとに続いて、どんなことが起ろうとしているかを、早くもさとって、戦慄せんりつの悲鳴をあげた。
夜泣き鉄骨 (新字新仮名) / 海野十三(著)
獄門橋で落として来たのは生々なまなましい事実にちがいないのに、二十日も経った後、どうしてそれが父の机の上にあるのだろうか?
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と女はいって、うしうま生々なまなましいにくってしてやりますと、おにはふうふういいながら、のこらずがつがつしてべたあと
人馬 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
髪のある僧侶として自分を考えるには、彼の胸におどる血潮はあまりに生々なまなましく、彼の歩いて来た道はあまりに罪が深かった。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
単に生々なまなましい色彩に眼をくらまされるのではなく、光と共に陰影を見る眼である。単に事物の分量に驚くのではなく、その質を吟味する眼である。
大人の眼と子供の眼 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
わけてもシゲティーは、日本を再三訪ね、その芸術的な所論も我らの耳に親しく、その演奏もまた我らの感銘に生々なまなましい。
それは、明らかにウルリーケの筆跡であって、インクの痕もいまだに生々なまなましかった。彼女は自分の夢を、この章句の下に書きつけておいたのだ。
潜航艇「鷹の城」 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
「まさにそうだな、名状すべからざるものだ。つまり名状とまでゆかない生々なまなましたものだ。きみはそんな時どうする。」
蜜のあわれ (新字新仮名) / 室生犀星(著)
木魚を置いたわきに、三宝が据って、上に、ここがもし閻魔堂えんまどうだと、女人を解いた生血と膩肉あぶらみまがうであろう、生々なまなまと、滑かな、紅白の巻いた絹。
灯明之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
あああなたは生々なまなましい真実を好まれないのです。がキリストはそれを好んでいた。キリストはむちを取ってエルサレムの寺院から奸商かんしょうらを追い放った。
ボイルの洋服が、汗でジットリと背について、白い首筋と黒い断髪と、全体がなにか親しい、生々なまなましい感じであった。
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
伏見人形風の彩色の上からニスを塗ったのが如何にも生々なまなましくて、椿岳の作としては余り感服出来ないものである。
生々なまなましくどぎつい感じのために、あまり見ばえがしないばかりでなく、一般にこの髪の色をした人間は、皮膚のつやもわるく、ソバカスが多くて、その上
事件が終ってから、大分だいぶ月日がたったので、ある恐ろしい疑惑はいまだに解けないけれど、私は生々なまなましい現実を遠ざかって、いくらか回顧的かいこてきになっている。
陰獣 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
風呂の方が肉体に近く、肉体の方が昔と今とを結びつけるに生々なまなましい効果をもっているというせいでもあろうか。
古寺巡礼 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
然かも黄泉の道行をば、あたかも現実にでもあるかの如くに生々なまなましく表現して居るところに、憶良の歌の強味がある。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
蒸せたか蒸せないかを知るには小楊子こようじかあるいは外の細いものを真中へ通してみて何も附かなければよし、生々なまなましい処が附いて来ればまたしばらく蒸します。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
なるほどよく見ると、体はやせ細り、尻尾しっぽの先には生々なまなましい傷があって、寒さにぶるぶる震えています。
天下一の馬 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
函の廻りは黒山のような人だかりなのであったが、なるほどよく見れば確かにそれは木乃伊に違いなかったであろう。決して生々なまなましい人間の屍体なぞではなかった。
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
傲慢ごうまんなほど一直線であった彼女の熱情——あの人の生き力は、前にあるものを押破って、バリバリとやってゆく、冷静な学者の魂に生々なまなましい熱い血潮をそそぎかけ
松井須磨子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
けさの記憶のまだ生々なまなましい部屋へやの中を見るにつけても、激しくたかぶって来る情熱が妙にこじれて、いても立ってもいられないもどかしさが苦しく胸にせまるのだった。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
まだ生々なまなまとしてはいたが、氷や霜だけから見ても、少なくも、夜半よなかの十二時までには落命していたものであることが素人しろうとにでもわかったし、医師の意見もそうだった。
誰が何故彼を殺したか (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
其紺靛の雲をうしろに、こんもりした隣家の杉樫の木立、孟宗竹のやぶなどが生々なまなましい緑をかして居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
生々なまなましい実況写真で、ストリッパァが舞台のうえからぎかけるビールを、かぶりつきにいる石田氏が、コップにもらって飲んでいるところが、無類の鮮明さで写っていた。
我が家の楽園 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
その間にずるさを働かして耳学問を盗み合い、捥ぎ取る利益も彼等にはよろこびであった。鼈四郎が東洋趣味の幽玄を高嘯こうしょうするに対し、檜垣の主人は西洋趣味の生々なまなましさを誇った。
食魔 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
それはどこからって来たか、生々なまなましい実際の葉柳だった。そこに警部らしいひげだらけの男が、年の若い巡査をいじめていた。穂積ほづみ中佐は番附の上へ、不審そうに眼を落した。
将軍 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
まあごらん遊ばせ、これなんぞは、こんなに生々なまなましい、さわると手がこの通りでございます
大菩薩峠:27 鈴慕の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ところが、翌朝早くキーシュは悠々ゆうゆうと村の中へ入って来ました。きまりの悪そうな顔などしていません。背中には殺したけものから切りとったばかりの生々なまなましい肉を背負っています。
負けない少年 (新字新仮名) / 吉田甲子太郎(著)
それが私の見た二度目の死で、一度目の死の悲しみが私の心にまだ生々なまなましかったのだ。
副院長の心をはかりかねて、何ともいえない生々なまなましい不安に襲われかけたからであった。
一足お先に (新字新仮名) / 夢野久作(著)
新しい「気運」は随所に生々なまなましい彩りをみせ、激しい、用捨のない響きをつたえた。
浅草風土記 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
そこで少しその琴をお寄せになつて生々なまなまにお彈きになつておいでになつたところ、間も無く琴の音が聞えなくなりました。そこで火をともして見ますと、既におかくれになつていました。
生々なまなまとした割れ目がある。その傷口を眺めながらどうすることもできないのだ。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
肌に浸みる冬の感覚ももはや生々なまなましく記憶の上に再現することが不可能だ。
この生々なまなましい感動を理窟で説明しようとしてはなるまい。こゝに終始せんとする決意が、すべて古典や古寺に向はんとするものの根本態度ではなからうか。過去とは愛と信仰の冷却に他ならない。
帰依と復活 (新字旧仮名) / 亀井勝一郎(著)
長いあいだ憶い出しもせずにいたその出来事が、生々なまなましくお増の心に浮んで来た。村で葡萄ぶどうを栽培したり、葡萄酒の醸造に腐心したりしていたという、その叔父の様子なども目に見えるようであった。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
生々なまなましい顔をした友よ
戦争のさなかに、しかも、生々なまなましい新戦場の一室で、こんな楽しい夜を過せようとは英夫も祥子も、夢にも思っていなかった。
秘境の日輪旗 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
まだ、女の髪油かみあぶらが、生々なまなまと、曇っている。見つめていると、ありし日の女の姿が、ぼっと、眸にひろがって来る気さえする。
無宿人国記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)