ずる)” の例文
その弟が津島に対して金銭上で、ちよつとずるいことをやつた。預けたものを質へ入れて、放下ほつたらかしておいたのが、津島の気を悪くした。
風呂桶 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
『ハ、いゝえ。』とのどつまつた樣に言つて、山内は其ずるさうな眼を一層狡さうに光らして、短かい髭を捻つてゐる信吾の顏をちらと見た。
鳥影 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
「僕は、今日の中国の人々には御同情申し上げるより仕方がありませんが、しかし、それにしたって、工部局官憲のずるさには、——」
上海 (新字新仮名) / 横光利一(著)
たまらない憐愍れんびんがわいて彼はまた直義の枕元に坐り直した。弟は自分のようにずるくなかった。なお置文をたましいとして持っていた。
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
わしが一本でも残してみなさい。世間の人達は、犬養め一番いのだけ一本引つこ抜いて置いた。ずるい奴だと噂をするだらうて。」
あごを床にくっつけて、丸くなって居眠していた奴が、私の入るのを見てずるそうにそっと目を開けて、のっそり起上ったからである。
門倉って奴あ、おいらにゃ歯が立たねえが——雪なら大丈夫だろうが、何しろずるい奴だ! どんな卑怯な手を使うかわからねえ——
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
そのずるそうな眼とさかしげな耳とを絶えず働かせて、内外うちとのことを何かにつけて探り出そうとしている、古狐のようなこの女房が
小坂部姫 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
しかし、その像には依然として変りはなく、扁平な大きな頭を持った傴僂せむしが、細く下った眼尻にずるそうな笑を湛えているにすぎなかった。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
又はずるいものであるか、正直なものであるかという事は、その底に表現されている、その人間の性格を見れば一目瞭然するのであります。
鼻の表現 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
ずるくはにかんで、書斎の方へ暫く逃げていたのだ。かの女には、それがもう十分規矩男が自分にれて甘えて来た証拠のように思えた。
母子叙情 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「独りぐらしだって」と船長はまたずるそうに笑った、「みんななんにも知っちゃいねえだ、おらもこんな話は誰にもしやしねえだがねえよ」
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
もう少しで承知しさうな口ぶりを見せて、その実決して「うん」と云はない。気が弱さうで、案外ネチネチしたずるい人だと云ふ印象を与へる。
猫と庄造と二人のをんな (新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
彼女は、ずるそうな灰色の眼を、思い切り細くした。さあ、こうなると、知りたいことが、一つでなく、二つになったわけだ。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
この前の戦争でずるい奴らに先を越されて損をしたが、今度はチャンと要領を覚えたから、今度戦争になってみろ、め、売り惜しみ、闇屋やみや
武者ぶるい論 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
色の青い、小柄な中老人だが、辣腕らつわんな商人として鳴りひびいた男である。金壺眼の奥に、ずるそうな淀んだ光が沈んでいる。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
「これを読んでから、もう一度『航空日誌』に戻ると、密航者が二名あったことがはっきり推定される。なかなかずるい——いや、巧妙な記載だね」
断層顔 (新字新仮名) / 海野十三(著)
騙されて此処ここまでつれこまれたには相違ありませんが、お秋の悪戯いたずららしいずるそうな忍び笑いを見ると、腹をたてるのも馬鹿馬鹿しかったのです。
十字架観音 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
次の日も又次の日も、私は誰にも言はないからとずるい前置をして口説くどいたすゑ、やつと白状させた。私はほく/\と得たり顔して急ぎ佐伯に告げた。
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
父兄へのいぢらしい土産に買つた煙草なら、それをずるい商人の手荷物と同じやうに、こんなに人の前で公開させて冷酷な目で検査するのは痛痛しい。
伸子は、自分に有利な弁明だのに、なぜか、この寛大らしい返答から真実を感じず、夫のずるさのようなものを感じた。
伸子 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
商人が頭ばかり下げて、ずるい事をやめないのと一般で生徒も謝罪だけはするが、いたずらは決してやめるものでない。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
中には鉤があるのを承知で、餌丈け取りに来る横着おうちゃくな魚もいますよ。此方は万物の霊長れいちょうですもの。ういうずるい奴に制裁を加えるのは当り前のことです
脱線息子 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
いなこの際大いに英国から金を取って、うまい汁を吸いたいというずるい考えを起して居る悪い人間もあるらしい、ではないきっとあるに違いないです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
「いいじゃねえかよ」安達はずるそうな目で笑った。彼は皆に、米兵たちからと同様にダーチーと呼ばれている。
その一年 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
或る一少女を作りあげた上に、このずるい作者はいろいろな人間をとらえて来て面接させたという幼穉ようちな小細工なのだ、これ以上に正直な答えは私には出来ない。
蜜のあわれ (新字新仮名) / 室生犀星(著)
しかし、たいていの場合、それは脳髄の粗漏と、田舎君子の本能的なずるさを証明するに役立つだけだ。
二十歳のエチュード (新字新仮名) / 原口統三(著)
わたしは刻々の印象に、身を任せっぱなしにした。そして自分に対してずるく立ち回って、思い出から顔をそむけたり、前途ぜんとに予感されることに目をつぶったりした。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
おきぬ 当世は人間がずるッ辛いからねえ。どいつもこいつも羽振りのいい奴の襟許へつくのだよ。
沓掛時次郎 三幕十場 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
そうかといって(大抵の邪悪な顔には何処どこずるい賢さがあるものだが)悪賢いという柄でもない。
桃のの色の薔薇ばらの花、紅粉こうふんよそほひでつるつるした果物くだもののやうな、桃のの色の薔薇ばらの花、いかにもずるさうな薔薇ばらの花、吾等の齒に毒をお塗り、僞善ぎぜんの花よ、無言むごんの花よ。
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
そして、何か云われたのに、二円五十銭ずつ二回に払ったのですが、と答えたときの自分自身の見えすいたずるさのために、自らをひくくしたはずかしさと棄鉢すてばちをおぼえました。
虚構の春 (新字新仮名) / 太宰治(著)
政治家の資質としてマキアヴェリが一番重視しているのは、「強さ」と「ずるさ」である。
政治学入門 (新字新仮名) / 矢部貞治(著)
「何て聲でせう。ひどく苦しいのなら、堪忍かんにんして出して上げるけれど、この人は、たゞ私たちを呼び寄せようと思つたのよ。私は、ちやんと、この人のずるい計略を知つてるわ。」
小さい弟を抱きかばつてゐる、若い娘らしい姉の得意と喜びとをちやんと私は知つてゐた。知つてゐながらずるい小さな私は、甘えて無邪気に眠つてゐるやうなふりをしてゐたのだ。
イボタの虫 (新字旧仮名) / 中戸川吉二(著)
「あれは満州の阿片アヘンでしこたまもうけた。軍を使って、阿片の密培地をおさえさせて、砂馬はそれで私腹をやしておきながら、しかも軍から信用されている。あいつはずるいやつだ」
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
宿屋てえもなアいやはやずるいもんでしてね、三四御逗留をねげえてえもんだから、あんな事を申しやす、私は此の辺を歩きます旅商人たびあきんどで、こゝらの船頭に幾干いくらも知った者がありやすから
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
はじめのうちは、おばあさんのすきをうかがって逃げ出そうと思った位ですが、何をいうにもおばあさんが余り真面目まじめで正直なものですから、そんなずるいことをして、逃げることもなりません。
でたらめ経 (新字新仮名) / 宇野浩二(著)
そして、いつまで経っても造らないのが、重役だ。世界中で、凡そ日本の重役位、ずるくて図々しい奴はない。何を一番先に軽蔑していいかと、僕の恋人が聞いたら、重役と、僕は答えるだろう
大阪を歩く (新字新仮名) / 直木三十五(著)
偶然にも彼女の理知のずるさがちょうど環境の複雑さに適合したのだった。
向こう側の歩道を歩いている人がズボンの裾の止め紐を綻ばしているのさえみのがさないくらい眼がはやくて、そういったものを見つけると、いつもその顔にずるい薄笑いを浮かべたものである。
外套 (新字新仮名) / ニコライ・ゴーゴリ(著)
皆仕事を持っているから一匹として生活の不安を抱いているものが無く働いている。この共産主義的蟻の社会には、怠ける者もずるい者も王者を倒そうとする者も無いから、立派に成立して行く。
首を失った蜻蛉 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
それを見いだすのは知恵の深さに待たねばならない。聖人とはかかる知恵の深い人のことであろう。昔から悪魔が聖者を試みたときにはかかる一見道徳的にずるい方法を用いているのでもわかる。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
明子はずるさうな笑ひを一瞬見せながら、三枚の素描をひざのうへの画板から抜き出して卓子の上に並べた。並べる指もやはり蒼ざめた光沢の鈍いものなのを伊曾は見た。彼女はいそいでそれを引込めた。
青いポアン (新字旧仮名) / 神西清(著)
ずるそうな眼付で相手の顔色を窺った。
と未亡人のおもてを、ずるそうな色がかすめた。
グリュックスブルグ王室異聞 (新字新仮名) / 橘外男(著)
ずるさうなピッチャは相も変らず
それらの日はずる
わがひとに与ふる哀歌 (新字旧仮名) / 伊東静雄(著)
陰険で、しんねりずる劉高りゅうこうは、そんなこともあろうかと、花邸かていの諸門に見張りを伏せておき、その狡智こうちがまんまと図にあたったことを
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかし今では女も男に負けぬ程ずるくなつた。大隈伯が願を掛けたら、屹度きつと義足を奉納する。貞奴さだやつこだつたら桃介たうすけさんのしんざうでも納めよう。