燈明とうみょう)” の例文
新字:灯明
しかし、ふと頭をもたげて、燈明とうみょうと香煙のたちのぼる間に、あのすばらしい観音の姿を見出みいだしたときの驚きはどんなであったろうか。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
所々に出水でみずの土手くずれや化けそうな柳の木、その闇の空に燈明とうみょう一点、堂島開地どうじまかいちやぐらが、せめてこの世らしい一ツのまたたきであった。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
女の坐っている後方にあたって、一点の燈火ともしびがともっている。ぼっとその辺りが明るんで見える。何でもなかった、燈明とうみょうなのであった。
南蛮秘話森右近丸 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
寝間を飛び出した宇津木兵馬は、そのまま庭を越えて、道場へ入って神前へ燈明とうみょうをかかげ、道場備附けのはかまをはいて、居合を三本抜きました。
大菩薩峠:32 弁信の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
それからその仏の前に並べてある七つの水皿、燈明とうみょう台、供物くもつ台等は多くは純金で、ごく悪い所に在るのでも銀で拵えてある。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
軸の前の小机には、お燈明とうみょうやら蝋燭ろうそく台やら、お花立やらお供物もりものの具や、日朝上人にっちょうさまのお厨子ずしやら、種々さまざまな仏器が飾ってある。
「たいがい、毎日、何か、乱が起るなア。」母は形だけの仏壇へ、燈明とうみょうをあげていた。その仏壇の下の抽出しは、第三号の、秘密なかくし場所だ。
武装せる市街 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
その赤くなったり黄色くなったりして山々を染めている景色は燈明とうみょうの消えんとする前に明るい光を放つのと同じように
俳句とはどんなものか (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
天井よりはビイドロのだいなる燈明とうみょうを下げその下なるまるき食卓を囲める三、四人の異人はみな笠の如き帽子をいただきて飲食す。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
父がそばから、私に代わって、私が信仰深い子供で、床の間に天神様の絵をかけて、朝晩それにお燈明とうみょういて、お参りしたがっていることを話した。
再度生老人 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
お宮のまわりの森も、草が抜かれ枯枝かれえだが折られ、立派なみちまで出来て、公園のようになりました。朝と晩には、神殿しんでんの前にお燈明とうみょうがあげられました。
狸のお祭り (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
その横顔をみながら、私は静かに少年の日の旧いすすけた家の姿を心に描いてみた。すると仏壇ののほのかな燈明とうみょうのゆらぎがのあたりよみがえって来た。
『西遊記』の夢 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
時に、本堂へむくりと立った、大きな頭の真黒まっくろなのが、海坊主のように映って、上から三宝へ伸懸のしかかると、手が燈明とうみょうに映って、新しい蝋燭を取ろうとする。
菎蒻本 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
折々不愉快ふゆかいなことのあるあいだにも、かくのごとき小な事が、燈明とうみょうのごとく輝いて、人生のあじを甘からしめる。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
かすかな燈明とうみょうに照らされた暗い廚子のなかをおずおずとのぞき込むと、香の煙で黒くすすけた像の中から、まずその光った眼と朱の唇とがわれわれに飛びついて来る。
古寺巡礼 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
おさき『行きなさるなら門出の仕度。此の世のお礼やら、あの世のお頼みやら、仏様にお燈明とうみょうなとあかあかあげて、親子夫婦が訣れのお念仏唱えさせて頂きましょう』
取返し物語 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
中部地方から関東では一般に、大か小か一つの小屋を掛けて、その中には神壇しんだんを設け燈明とうみょう供物くもつを上げ、子どもの仲間なかまがその中で寝ることを「おこもり」といっている。
こども風土記 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
神棚の燈明とうみょうをつけるために使う燧金ひうちがねには大きな木の板片が把手とってについているし、ほくちも多量にあるから点火しやすいが、喫煙用のは小さい鉄片の頭を指先でつまんで打ちつけ
喫煙四十年 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
例によって長火鉢の上にカンテラが一つと黒い大きな仏壇に燈明とうみょうが点っていました。
楢重雑筆 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
燈明とうみょうの光を便たよりに、唯一人で本堂に参りまして、御本尊様を勿体もったいのうは御座いましたが両手をかけて、ゆすぶり動かしてみますと、この前の時にはたしかに聞えておりました物音が
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
線香を立てて死人扱いをするのがかあいそうでならないけれど、線香を立てないのも無情のように思われて、線香は立てた。それでも燈明とうみょうを上げたらという親戚の助言は聞かなかった。
奈々子 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
その夜は、仏壇に燈明とうみょうを灯して、姉と母との霊に、犯人逮捕のよろこびを告げました。
ある抗議書 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
「そらこそ水神すいじんさまのごりやくだぞ。さあ、早く神だなにお燈明とうみょうを上げないか」
たにしの出世 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
欄杆の端にちかくいろいろとおもりものをした台が据えてありましてお神酒みき燈明とうみょうがそなえてありすすきやはぎなどが生けてありますのでお月見の宴会をしているらしいのでござりましたが
蘆刈 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
堂守どうもりは住んでいないのであるが、その中には燈明とうみょうの灯がともっていた。その灯を目あてに、伝兵衛は池のほとりまで辿って来て、そこにある捨て石に腰をおろした。澹山も切株に腰をかけた。
半七捕物帳:33 旅絵師 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
その下にささやかなお燈明とうみょうがあったので、ネルロは気のない様子で、そのうすあかりに袋を近づけてしらべると、コゼツという名が書いてあり、中には六千フランという大金の切手が入っていました。
その杭の上にささやかながんを載せて、浮世の波の押寄せる道の辻に立てて、かすかな一穂いっすい燈明とうみょうをかかげようと念じていたことも、今となってはそれもはかない夢であった。かれには夢が多すぎた。
これ、フェチニヤ、羽根蒲団と枕と敷布を持っておいで、ほんとに、何という悪い天気になったものでございましょうね、ひどい雷鳴かみなりさまで——わたしは一晩じゅう聖像みぞうにお燈明とうみょうをあげていたんですよ。
神棚の上には蜘蛛くもの巣にぬかのくっついた間からお燈明とうみょうがボンヤリ光っていた、気がついた時は自分は縛られていた、上からじっと見据みすえた竜之助。
みずから壇の燈明とうみょうをとぼし、こうねんじ、経文一巻をよみあげる。そのあとも、氷のようなゆかの冷えもわすれきって禅那ぜんなの黙想をつづけるのだった。
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
でその後を巡りますとチベット蔵経の仏部が百冊書籍棚に挙げてある。この蔵経は読むという目的でその棚に上げてあるのでなくってお燈明とうみょうを上げて
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
すぐ前の別座になっている、大格子の中が大番頭や、支配人や、一番番頭のいるところだった。頭の上の神棚にもお飾りが出来てお燈明とうみょうが赤くついている。
宗右衛門は家から蝋燭ろうそくを一抱へ持つて来て、手当り次第、仏前に燈明とうみょうを上げて見た。太い南天を見付けて来ては、切り刻んだり磨いたりして何本かの鑰打やくうちを造つた。
老主の一時期 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
学校から帰ると、よく夕飯前に、奥の暗い六畳の仏壇ので、老人たちのまいりの座につかせられた。燈明とうみょうの光がゆらぐごとに、仏壇の中の仏様の光背こうはいが鈍く金色にゆれた。
簪を挿した蛇 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
ただ燈明とうみょうの火と、線香の煙とが、深い眠りの中の動きであった。自分はこの静けさに少し気持ちがよかった。自分の好きなことをするに気がねがいらなくなったように思われたらしい。
奈々子 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
頭家とうやでは神酒みき燈明とうみょう供物くもつを用意する他は、ただその食べ物の世話をするだけである。
年中行事覚書 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
出家は仏前の燈明とうみょうをちょっと見て
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
さて十二月も末になっていわゆる大晦日おおみそかとなりました。その夜は特に支度したくをしてまずラサ府の釈迦堂へ指して燈明とうみょうを上げに自分の小僧をやりました。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
いつものとおり勤行ごんぎょうにすわるためにである。かじかむ手、白い息、みずからとも燈明とうみょうの虹の中に彼はふと耳をすまして、頼春頼春、と二た声ばかり呼んだ。
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
船長室の燈明とうみょうを以て前途の光明を見つめつつ、なお油断なく船を進めて行きました。
大菩薩峠:33 不破の関の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
一番奥の六畳が、仏壇のになっていた。仏壇の間は昼でも薄暗かった。家に不相応な大きい仏壇は旧くすすけていて、燈明とうみょうがゆるくゆれると、いぶし金の内陣が、ゆらゆらと光って見えた。
『西遊記』の夢 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
あれ、お燈明とうみょうが、石燈籠に。
雪柳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ちょうどこの時分に、水道尻の燈明とうみょうの方から、馬鹿なかおをして行燈あんどんの数をかぞえながら歩いて来る一人の男がありました。それは宇津木兵馬につれられて、甲州から江戸へ出たはずの金助で
大菩薩峠:17 黒業白業の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
毎晩こうやってお燈明とうみょうをつけに行く心持と、高燈籠へ火をうつして油がぼーと燃える音、それから勤めを果して、こうしてまた帰って来る心持と、それが何とも言えませんね……雨風といえば
大菩薩峠:18 安房の国の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
竜之助が立ち止まって天を仰いだ時は、鈴鹿の山もせき雄山おやま一帯いったいに夜と雨とに包まれて、行手ゆくて鬱蒼うっそう一叢ひとむらの杉の木立、巨人の姿に盛り上って、その中からチラチラと燈明とうみょうの光がれて来る。
大菩薩峠:02 鈴鹿山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)