死別しにわか)” の例文
母に死別しにわかれて間のない、傷みやすい蕗子の心を波立たせたくない。できることなら何も知らせずに、このまま土地を離れてしまいたい。
流転 (新字新仮名) / 山下利三郎(著)
頼りにしたその養父に死別しにわかれましたので、他家の食客にもなり、母の弟の助力で医学に志して、明治五年の暮に第一大区医学校へ入学しました。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
一たいこいしいひとわかれるのに、生別いきわかれと死別しにわかれとではどちらがつらいものでしょうか……。ことによると生別いきわかれのほうがつらくはないでしょうか……。
波斯ペルシヤで亭主に死別しにわかれたばかしの、新しい未亡人ごけさんを訪ねると、屹度きつと棚の上に大事さうに瓶が置いてあるのが目につく。
めた……と思いながら何喰わぬ顔で話を聞いてみると、愛子は金兵衛に死別しにわかれてから、芸妓げいしゃ廃業やめて、義理の母親おふくろと一緒に煙草屋専門で遣ってみた。
近眼芸妓と迷宮事件 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
あゝいう人がこんなハア殺され様をするというは神も仏もないかと村の者が泣いて騒ぐ、わしもハア此の年になって跡目相続をする大事な忰にはア死別しにわか
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
市郎は一人児ひとりこであった。小児こどもの時にうみの母には死別しにわかれて、今日こんにちまでおや一人子一人の生涯を送って来たのである。父は年齢としよりも若い、元気のい人であった。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
人は記憶を失わぬ限り故人を夢に見ることが出来るが生きている相手を夢でのみ見ていた佐助のような場合にはいつ死別しにわかれたともはっきりした時はせないかも知れない。
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
で、風流三昧ふうりうざんまい蘿月らげつむを得ず俳諧はいかいで世を渡るやうになり、おとよ亭主ていしゆ死別しにわかれた不幸つゞきにむかしを取つた遊芸いうげいを幸ひ常磐津ときはづ師匠ししやう生計くらしを立てるやうになつた。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
これは彼女もとうの昔に、覚悟をきめていた事だった。前の犬には生別いきわかれをしたが、今度の犬には死別しにわかれをした。所詮しょせん犬は飼えないのが、持って生まれた因縁いんねんかも知れない。
奇怪な再会 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
あたし母さまとは小さい時死別しにわかれたのでお顔を覚えていないけれど、父さまからエルや——って呼ばれる時には、あたしの中に母さまが生きているような気持になったものだわ
海浜荘の殺人 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
分ておもらひ申さにやならぬと血眼ちまなこになりて申にぞ安五郎は當惑たうわくなし我等とても段々の不仕合ふしあはせ折角せつかく連退つれのいたる白妙には死別しにわかれ今は浮世うきよのぞみもなければ信州しんしう由縁ゆかりの者を頼み出家しゆつけ遁世とんせい
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
僕達は晩餐の卓子テーブルについたが、食事中僕は心配な顔を見せまいとして一生懸命に努めました。しかし僕は悲しかった。この者達はきに僕と死別しにわかれねばならん。後には貧しい家庭が残る。
誤診 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
総領の男のは、丁度ちやうどわたしが父に死別しにわかれた時の年齢と同じである。
父の墓 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
長次郎氏ははやくから父に死別しにわかれたので、本派本願寺の利井明朗かゞゐめいらう氏の手で色々と薫陶せられた。利井氏は真宗の坊さんだけに、阿弥陀様ともごく懇意だつた。
家来の忠平という者を連れてまいるみちで長く煩いました上、遂に死別しにわかれになりまして、心細い身の上で、旅慣れぬ女のこと、どうか御出家様私を助けると思召おぼしめ
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
やめあつく庄兵衞があととむらふ可し元益は又其母勝こととしより相續人さうぞくにんの庄兵衞に死別しにわかれ然こそ便びんなく思ふ可ければ元益は醫業いげふはいしてさらに音羽町の町役人となり庄兵衞のあとを相續してはゝかつ孝養かうやう
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
何しろ、その時分は、あの女もたった一人のおふくろに死別しにわかれた後で、それこそ日々にちにちの暮しにも差支えるような身の上でございましたから、そう云うがんをかけたのも、満更まんざら無理はございません。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
これも縡切ことぎれたか、自業自得とは云いながら二人ににん舟人ふなびと死別しにわかれ、何処どことも知れぬ海中に櫓櫂もなく、一人ひとりにて取残されしはなんたる不運ぞ、今この吉藏が臨終いまわ一言いちごん
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
仕合とは何事ぞや當歳たうさいにてうみの母に死別しにわか七歳なゝつの年には父にさへしなれ師匠のめぐみ養育やういくせられ漸く成長はしたるなりかくはかなき身を仕合とは又何故にお前は其樣になげき給ふぞとたづねけるお三婆はおつる涙を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
死ぬ処を助けられてい処へ行ったと思うと其の家が零落を致し養母には間も無く死別しにわかれ、親父は病気に成って其の看病を致しますが、一体孝心の娘でございますから
政談月の鏡 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
十七や十八でこしらえる位だから碌なものではありません、其の翌年金五郎は傷寒しょうかんわずらってついなくなりましたが、年端としはもゆかぬに亭主には死別しにわかれ、子持ではどうする事も出来ませんのさ
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)