とち)” の例文
帰りは、みきを並べたとちの木の、星を指す偉大なる円柱まるばしらに似たのを廻り廻つて、山際やまぎわに添つて、反対のかわを鍵屋の前に戻つたのである。
貴婦人 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
すると、どうしたことか、伝六が急にぽろぽろととちのようなやつをはふりおとしていたようでしたが、突然妙なことをいいました。
「旦那がたはよいけれど、あの、かご屋を帰しては、その女子おなごが可哀そうだ。おまけに、とちの沢までゆかないと、泊る小屋がないところだのに」
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「十六年だ」と竹中の相手をしていた男が、右隣りの席の老人に振り向いて云った、「——なあ、とちノ木のじいさま」
おごそかな渇き (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
何を作ろうかと考えましたが、その以前からとちの木を使って何かこしらえて見たいという考えを持っていました。
囲炉裏いろりの側において試みられる火の年占としうらが、あるいは胡桃くるみでありとちの実であり、また栗であり大豆であり、粥占かゆうらの管として竹も葦も用いられているのは
雪国の春 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
麦倉河岸むぎくらがしには涼しそうな茶店があった。大きなとちの木が陰をつくって、めたそうな水にラムネがつけてあった。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
十幾棟の大伽藍を囲んで、矗々ちくちくと天を摩している老杉ろうさんに交って、とちけやきが薄緑の水々しい芽を吹き始めた。
仇討三態 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
私が訪ねて来たことを知って、水の尾村へ行くことを知って、墓から抜け出して、この態笹の道を通ってあのとちぶなの木陰から、姿を現したものに違いありません。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
ところがあんまり一生いつしやうけんめいあるいたあとは、どうもなんだかおなかがいつぱいのやうながするのです。そこで嘉十かじふも、おしまひにとち団子だんごをとちののくらゐのこしました。
鹿踊りのはじまり (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
山里もほおとち、すいかずらの花のころはすでに過ぎ去り、山百合やまゆりにはやや早く、今は藪陰やぶかげなどに顔を見せる蕺草どくだみや谷いっぱいに香気をただよわす空木うつぎなどの季節になって来ている。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「いいとちだった。素敵な盆が出来る」「素晴らしいけやきだった。いい火鉢が出来る」
剣侠受難 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
その外とち小楊子こようじくわえながら酒を飲むと酔わないとか、テンポコ梨の実をみながらお酒を飲むと酔わないとか申すのもやっぱりその物にアルコール分を吸収せられるからでしょう。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
どうせう、かうせうと評定してゐる中、万作は仙人に貰つた袋の事を想ひ出してそれを開けてみると、中に四つのとちの実が入つてゐました。そして、それに穴をあけて青いひもを通してありました。
蚊帳の釣手 (新字旧仮名) / 沖野岩三郎(著)
背戸口せどぐちは、充満みちみち山霧やまぎりで、しゅうの雲をく如く、みきなかばを其の霧でおおはれた、三抱みかかえ四抱よかかえとちが、すく/\と並んで居た。
貴婦人 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
右門のとちのような涙に合わせて、小娘お静は、うれしかったか、感激したか、わっとばかりにそこへ泣き伏しました。
杉や松やとちノ木の林に囲まれた細い坂道は、土よりも石や岩のほうが多く、靴が滑って幾たびか転んだ。
おごそかな渇き (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
何時いつだがのきつねみだいに口発破くちはつぱなどさかゝつてあ、つまらないもな、たかとち団子だんごなどでよ。」
鹿踊りのはじまり (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
この三分の一行程ぐらいのところで、いよいよ問題の細道……ぶなとちの大木のしげり合った、草むらへ出るのであるが、これらの山道は、いずれもさほど急峻きゅうしゅんなものではない。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
禅定寺峠ぜんじょうじとうげ——、あの頂から少しくだって、森々しんしんたる日蔭へ入ると、右は沢へなだれて、密生したならの傾斜で、上にも、とちや松がい茂っており、旅馴れた者にも気味悪い暗緑な木下闇このしたやみ——。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
五木ごぼくとは、いつつのおもしてふのですが、まだそのほかくりすぎまつかつらけやきなぞがえてます。もみつげえてます。それからとちえてます。
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
麦倉むぎくらの婆の茶店にももう縁台は出ておらなかった。とちばんだ葉は小屋の屋根を埋めるばかりにもった。農家の庭に忙しかった唐箕とうみの音の絶えるころには、土手を渡る風はもう寒かった。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
「はいお頭さん、とちの盆を」
剣侠受難 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
飛びかかろうとした伝六のきき腕をむんずと捕えて、どうしたことか、右門が突然ぽろりととちのような涙を落としながら、やや悲しげにいいました。
前棒さきぼう親仁おやじが、「この一山ひとやまの、見さっせえ、残らずとちの木の大木でゃ。皆五抱いつかかえ、七抱ななかかえじゃ。」「森々しんしんとしたもんでがんしょうが。」と後棒あとぼうことばを添える。
栃の実 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
鹿しかはそれからみんなばらばらになつて、四方しはうからとちのだんごをかこんであつまりました。
鹿踊りのはじまり (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
その伊手市いでいちどんの彫った墓が、旦那だんな様がおいになったというあの笹目沢と赤名山との間の、とちの下の分れ道になってるところを、何でも十二、三町ばかりさがっていった原っぱに
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
土手の上には枝を張つた大きなとちの樹があつて、其傍の葭簀張よしずばりには、午後四時過ぎの日影が照つて居た。兄の少年は其の隣の老人がとぼ/\と土手に登つて行くのを見えなくなるまで見送つて居た。
(新字旧仮名) / 田山花袋(著)
とちのようなのをぽろぽろとやっていましたが、右門はべつにほめられるほどがものでもないといったような面持ちで、さっさと八丁堀はっちょうぼりのほうへ引き揚げていきました。
娘が塗盆ぬりぼんに茶をのせて、「あの、とちもち、あがりますか。」「駕籠屋さんたちにもどうぞ。」「はい。」——其処そこに三人の客にも酒はない。皆栃の実の餅の盆を控えていた。
栃の実 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
嘉十は芝草しばくさの上に、せなかの荷物をどっかりおろして、とちと粟とのだんごを出してべはじめました。すすきはいくむらも幾むらも、はては野原いっぱいのように、まっ白に光って波をたてました。
鹿踊りのはじまり (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
とちのように目を丸めて、一大事とばかりかたずをのんだその鼻先へ、お冬は火のようにほおを染めながら、恥じに恥じつつ、上半身の玉なすはだをあらわにさらしました。
思わず胸に縋るお雪の手を取ってたすけながら、行方をにらむと、谷を隔ててはるかに見えるのは、杉ともいわず、とちともいわず、ひのきともいわず、二抱ふたかかえ三抱みかかえに余る大喬木だいきょうぼくがすくすく天をさして枝を交えた
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
すっこんすっこの とちだんご
鹿踊りのはじまり (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
とちの実のもちよ。」
貴婦人 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)