断乎だんこ)” の例文
旧字:斷乎
しかもわが口よりして、あからさまに秘密ありて人に聞かしむることを得ずと、断乎だんことして謂い出だせる、夫人の胸中を推すれば。
外科室 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
しかし、長老の快川国師かいせんこくしは、故信玄こしんげんおんにかんじて、断乎だんことして、織田おだの要求をつっぱねたうえに、ひそかに三人をがしてしまった。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
自分の名誉のために刀をもって立ち向ってれた彼の断乎だんこたる態度、それだけでどんな恥辱も拭い去られるような気がしたのである。
城中の霜 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
実際、あの御隠居が断乎だんことして和親貿易の変更すべきでないことを彼に許した証拠には、こんな娘のたとえを語ったのを見てもわかる。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
すべて他の点に関しては断乎だんこたる返事をする資格のない高柳君は自己の本領においては何人なんびとの前に出てもひるまぬつもりである。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
豊臣家譜代の連中が、関東方に附いて城攻に加っているのに、譜代の臣でもない幸村が、断乎だんこ大阪方に殉じているなど会心の事ではないか。
真田幸村 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
道江の予期に反して、次郎の答えは断乎だんことしていた。しかし、彼はすぐ何かにはっとしたように、かたく唇をむすび、じっと道江の顔を見つめた。
次郎物語:04 第四部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
そのためには、何より人間活動の通俗を恐れぬ精神が必要なのだ。純粋小説は、この断乎だんことした実証主義的な作家精神から生れねばならぬと思う。
純粋小説論 (新字新仮名) / 横光利一(著)
その断乎だんこたる言葉をきいて、ジャヴェルはそれでもじっと市長を見つめた、そして深い敬意をこめながらもなお言った。
「しかし僕は惚れてなんか居ないよ」と天願氏は断乎だんことして言い放った。私はただうつむいて酒を飲んだ。言い様のない寂寥せきりょうが私を襲ったのである。
風宴 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
張教仁の言葉には断乎だんこたる決心が見えていた。その決心に押されたのか、相手の男も沈黙した。車内は寂然ひっそりと物凄い。
沙漠の古都 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
彼が罪なくて牢獄の人となった時には勿論もちろん人をうらまなかった、弟子などがあつまって来て、しきりに弁護せよ弁護せよと勧告するけれど断乎だんことしてうけがわない。
ソクラテス (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
しかるに医学博士いがくはかせにして、外科げか専門家せんもんかなるかれちちは、断乎だんことしてかれ志望しぼうこばみ、もしかれにして司祭しさいとなったあかつきは、とはみとめぬとまで云張いいはった。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
何うかそれを造りへて呉れろと頼んでも、村の故老は断乎だんことしてそれに応じようともせぬとの事である。
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
或は権力けんりょくと不正に極端な抵抗ていこう意識をもって俗習ぞくしゅう断乎だんこ拒否せんとする態度もどこかに残っているようだ。
親は眺めて考えている (新字新仮名) / 金森徳次郎(著)
もしぼくが私情がましき行為こういがあったら、どうか断乎だんことして、僕をめてくれたまえ、ねえドノバン
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
この一家の主人にしてみだりに発狂する権利ありや否や? 吾人はかかる疑問の前に断乎だんことして否と答うるものなり。試みに天下の夫にして発狂する権利を得たりとせよ。
馬の脚 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「そりゃ大変だ。じゃ私も暫く考えてみましょう」と帆村は断乎だんことして云った。「その間に別の部屋を検べて来ましょう。西郷さん、調餌室というのを案内して下さい」
爬虫館事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
此れを熟考する時は、予が如き愚なるも平生潔白正直を取るの応報として、冥々裡めいめいりに於て予を恵みたるかを覚えたり。実に予が愚なるもかかる断乎だんこたる説をたてたるを感謝す。
関牧塲創業記事 (新字新仮名) / 関寛(著)
その上特に彼の気分がああした状態になっていた時に、ことさらやって来たのだろう? しかもその時の状況は、この遭遇が彼の運命に断乎だんこたる、絶対的な影響を及ぼすのに
だいち男と女の関係についての考えからが、私に断乎だんこたる定見がないのだ。昨年の秋だったがね。唯円が私に恋の事をしきりにきいていた。恋をしてもいいかなどと言ってね。
出家とその弟子 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
健策は断乎だんことした態度でこう云い切った。云い知れぬ昂奮に全身を震わせながら……。
復讐 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
発して其儘寝台に尻餠しりもちき「えゝ、是でさえう充分の苦みだのに此上、此上、何事も問うて下さるな、最うう有ても返事しません」断乎だんことして言放ち再び口を開かん様子も見えず
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
ヒゲは最も断乎だんことしたことを、人なつこさと、一緒に云い得る少数の人だった。
党生活者 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
私の仕事は、訪問客を断乎だんことして追い返し得るほどの立派なものではない。その訪問客の苦悩と、私の苦悩と、どっちが深いか、それはわからぬ。私のほうが、まだしも楽なのかも知れない。
新郎 (新字新仮名) / 太宰治(著)
僕は断乎だんことして、今までのそんな怪談に心をみだされまいと決心しながら、船長とこの問題について、なおいろいろの議論を闘わした。僕は、どうもあの部屋には何か悪いことがあるらしいと言った。
二葉亭もまたこの一種の天才ある教師の指導を受けて何時いつとはなしに芸術的興味を長じ、進んで専門文人となるまでの断乎だんこたる決心は少しもなかったが、知らずらずに偶然文人の素地を作っていた。
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
そこで、一方では男の顔も保たねばならないし、一方では家計の方にも影響してくるというので、すでに三人の子までなした仲だったが、大叔父は断乎だんことしてその妻を離縁した。そして後妻を迎えた。
そこには信念的な実証論者がおり、断乎だんこたる不可知論者がいる。
その上で、断乎だんこたる処分に出ようとする意嚮いこうをほのめかした。
芳川鎌子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
だが、彼女は断乎だんことして前言をひるがえさなかった。
吸血鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
それほど兼松の調子が断乎だんことしていたのです。
トムスキイは断乎だんこたる口ぶりで答えた。
と私は断乎だんことして答えよう。
大衆文芸作法 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
「わが世子たりとも軍法をみだすにおいては、断乎だんこ免じ難い。荀攸じゅんゆう郭嘉かくか、其方どもはすぐ曹丕そうひを召捕ってこい。斬らねばならん」
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いわば、徳川恩顧の士であるのに、そのうえ陽明学者として高い識見があるのにしかもなお、彼は断乎だんことして幕府に矢を引いた。
花も刀も (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
しかしこのくらい断乎だんことして、現に梯子段はしごだんから手を離しかけた、最中に首を出すくらいだから、相手もなかなか深い勢力を張っていたに違ない。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
この断乎だんこたるオースチン師の言葉に、鬼王丸は失望したか、何事も云わず下俯向うつむいた、一座寂然しんとして言葉もない。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
常に人類の危機と社会の開闢かいびゃくとに交じっていて、一定の時機におよんで断乎だんことして決定的な一言を発し、電光のひらめきのうちに一瞬間民衆と神とを代表した後
かくは断乎だんことして言放ち、大地をひしと打敲うちたたきつ、首を縮め、杖をつき、おもむろに歩をめぐらしける。
妖僧記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ロシアにはまだ、まるで何一つない。過去にたいする断乎だんこたる態度ももたず、われわれはただ哲学をならべて、憂鬱ゆううつをかこったり、ウオッカを飲んだりしているだけです。
桜の園 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
幾多の誤解と反対と悲憤との声を押し切ってまでも断乎だんことして公武一和の素志を示すことが慶喜になかったとしたら、おそらく、慶喜がもっと内外の事情に暗い貴公子で
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
再三御忠告……貴下が今日こんにちに至るまで、何等断乎だんこたる処置に出でられざるは……されば夫人は旧日の情夫と共に、日夜……日本人にして且珈琲店コーヒーてんの給仕女たりし房子ふさこ夫人が
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
断乎だんことして云い放った赤羽主任の顔を、事情の判らない一同は不審そうにみつめた。
電気風呂の怪死事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
断乎だんことした彼の即決で、句会はそのまま続行された。
微笑 (新字新仮名) / 横光利一(著)
妙に断乎だんことした調子です。
そんなことをされようとは予想もしなかったし、男の動作は驚くほど敏捷びんしょうで、しかもちから強く、断乎だんことしたものであった。
ちくしょう谷 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「きょうは妖人ようじんを獄からひき出して、断乎だんこ、斬罪に処するつもりです。まさか母上までが、あの妖道士に惑わされておいでになりはしますまいね」
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
私には断乎だんこたるこの返事がいかにも不思議に聞こえた。しかしそれよりもなお強く私の胸を打ったのは、せばよかったという後悔の念であった。
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼は立ち上がり、下に落ちていた帽子を拾い、断乎だんこたるしっかりした歩調でとびらの所まで行った。そこで彼はふり向き、祖父の前に低く身をかがめ、再び頭をもたげ、そして言った。