ひとし)” の例文
旧字:
彼の電鈴でんれいを鳴して、火のそばに寄来るとひとしく、唯継はその手を取りて小脇こわきはさみつ。宮はよろこべる気色も無くて、彼の為すに任するのみ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
かゝる中へ一人の男きたりてお辰様にと手紙を渡すを見るとひとしくお辰あわただしく其男に連立つれだち一寸ちょっといでしが其まゝもどらず
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
義を慕う者は単に自己おのれにのみ之をんとするのではない、万人のひとしく之に与からんことを欲するのである、義を慕う者は義の国を望むのである
この光、ただに身に添うばかりでなく、土に砕け、宙に飛んで、みどりちようの舞うばかり、目に遮るものは、うすも、おけも、皆これ青貝摺あおがいずりうつわひとしい。
伊勢之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
成斎は卒中そっちゅうで死んだ。正弘の老中たりし時、成斎は用人格ようにんかくぬきんでられ、公用人服部はっとり九十郎と名をひとしうしていたが、二人ににん皆同病によって命をおとした。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
其形そのかたちひとしからざるは、かの冷際れいさいに於て雪となる時冷際の気運きうんひとしからざるゆゑ、雪のかたちおうじておなじからざる也。
「忽ち又人有り。数十の男婦を駆りて至る。鞭策べんさく甚だ苦。声をひとしうして呼号す。」賈はおどろいて目を醒ました。それからこの夢を人に語つた。けれども誰一人信ずるものはない。
鴉片 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
において、ミケルアンゼロに及ばず、たくみなる事ラフハエルに譲る事ありとも、芸術家たるの人格において、古今の大家と歩武ほぶひとしゅうして、ごうゆずるところを見出し得ない。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
和殿が先祖文石大白君あやしのおおしろぎみと共に、ひとし桃太郎子もものおおいらつこに従ひて、淤邇賀島おにがじまに押し渡り、軍功少からざりけるに。何時いつのほどよりかひまを生じて、互に牙をならし争ふこと、まことに本意なき事ならずや。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
 池塘ちとう草色ひとし。 行々不仏。 一路失東西
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
胡麻塩羅紗ごましほらしやの地厚なる二重外套にじゆうまわしまとへる魁肥かいひの老紳士は悠然ゆうぜんとして入来いりきたりしが、内の光景ありさまを見るとひとしく胸悪き色はつとそのおもてでぬ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
(この第一回を。)されば、お夏の姿が、邸のもみじに入るとひとしく、だぶだぶ肥った、赤ら顔の女房が、橋際のくだんの茶店の端へ納戸から出て来た。
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
白居易の亡くなった宣宗せんそう大中たいちゅう元年に、玄機はまだ五歳の女児であったが、ひどく怜悧れいりで、白居易は勿論もちろん、それと名をひとしゅうしていた元微之げんびしの詩をも、多く暗記して
魚玄機 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
生憎あいにく其方そなたよろめける酔客すいかくよわごしあたり一衝撞ひとあてあてたりければ、彼は郤含はずみを打つて二間も彼方そなた撥飛はねとばさるるとひとしく、大地に横面擦よこづらすつてたふれたり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
侍女等、女童とともにその前にき、ひざまずきて、手に手に秋草を花籠に挿す。色のその美しき蝶の群、ひとしく飛連れてあたりに舞う。らいやや聞ゆ。雨きたる。
天守物語 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ゆるらかに幾尺の水晶の念珠ねんじゅを引くときは、ムルデの河もしばし流をとどむべく、たちまち迫りて刀槍とうそうひとしく鳴るときは、むかし行旅こうりょおびやかししこの城の遠祖とおつおや百年ももとせの夢を破られやせむ。
文づかひ (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
「大変だ、」とはげしくいうと、金之助は寝台ねだいからずるりと落ちたが、ひとしく扉から顔を出して、六ツの目はむこう、突当りの廊下へ注いだ、と思うと金之助が身をていして
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
この時廊下に足音がせずに、障子しょうじがすうっといた。主客はひとしおどろた。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
腕をのばして、来た方をゆびさすと共に、ひとしく扇子を膝にいて身体からだごと向直る……それにさえ一息して
白金之絵図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
思わず、ハッと吐息といきして、羽織の袖を、ひとしく清く土に敷く、お町の小腕こがいな、むずと取って、引立てて
白金之絵図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
今昇った坂一畝ひとうねさがた処、後前あとさき草がくれのこみちの上に、波に乗ったような趣して、二人並んだ姿が見える——ひとしく雲のたたずまいか、あらず、その雲には、淡いがいろどりがあって、髪が黒く、おもかげが白い。
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
書生たちは、ぞろぞろと煙草屋の軒を出て、ひとしく星を仰いだのである。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
一臂いっぴの力を添えられんことを求めしかば、くだんの滑稽翁かねたり好事家こうずか、手足を舞わして奇絶妙と称し、両膚りょうはだ脱ぎて向う鉢巻、用意はきぞやらかせと、ひとしく人形室の前に至れば、美婦人正に刑柱にあり
活人形 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
夫人もひとしうなずいたが
わか紫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)