擯斥ひんせき)” の例文
しかりといえども、本校の恩人大隈公は余を許してその末に加わらしめ、校長・議員・幹事・講師諸君もまたはなはだ余を擯斥ひんせきせざるものの如し。
祝東京専門学校之開校 (新字新仮名) / 小野梓(著)
官吏は佞弁ねいべん邪智に富むものにあらざれば立身せず故に余擯斥ひんせきして途上に逢う事あるも顔を外向け言語を交えざる事既に十年を越ゆ。
偏奇館漫録 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
その家は子々孫々血統を追って伝わり、他人より擯斥ひんせきせられて、他家と婚縁を交うることできず、社交上孤立の境遇に陥ることになる。
迷信と宗教 (新字新仮名) / 井上円了(著)
友達に擯斥ひんせきせられても、末造が綺麗好で、女房に世話をさせるので、目立って清潔になっていたのが、今は五味ごみだらけの頭をして
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
カム人でも余程チベット風に染みて腐敗ふはいした奴はともかく、そうでない限りそんな人間はまずカム種族の中から擯斥ひんせきされてしまうです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
したがって世間の圧迫と擯斥ひんせきとは次第に彼らの上に加わる。その結果彼らはますます貧乏して、いよいよ不潔にもなったでありましょう。
しかしこれらの材料を排列し、擯斥ひんせきし、牽引し、あるいは種々の立場より覗くことを得るだけの精神的努力を含める生活をいうのである。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
詩に於ては、すべて精神的にふやけたもの、だらだらしたものが擯斥ひんせきされる。ところが公衆の方では、またそれが無ければ解らないのだ。
詩の原理 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
あるいはこの諸件を擯斥ひんせきするに非ず、口にこれを称し、事にこれを行うといえども、その心事の模範、旧物を脱却すること能わざる者なり。
学者安心論 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
ユダヤの会堂やマホメットの教堂やインドの寺院や黒人の聖堂などのうちにも、擯斥ひんせきすべき醜悪なる一面と賛嘆すべき荘厳なる一面とが存する。
それが明けると、一年の礼奉公——それを勤め上げないものはろくでなしで、取るにも足らぬヤクザ者として町内でも擯斥ひんせきされたものでありました。
多くの場合に創作者の心理分析に傾いた評釈はいわゆる「うがち過ぎ」として擯斥ひんせきされ、「さまでは言わずもがな」として敬遠されるようである。
連句雑俎 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
昔ならその生徒を同級生が擯斥ひんせきするか、ブン殴るところを、反対に級全体で同情して先生に迫り、「罰した理由」を責め問うたという事実がある。
東京人の堕落時代 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
「このところはこの美しく物語られた美しい物語中での唯一の汚点で、レーンが此処を訳したために擯斥ひんせきされたのは一往当然なことである。………」
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
それはお前の一克いっこくというものだ。そんなに擯斥ひんせきしたものではない。何と言っても書記官にもなっている人だ。お前も少しはを折って交際つきあって見るがいい。
書記官 (新字新仮名) / 川上眉山(著)
歐洲婦人に比して一歩をゆづるも、彫刻のお手本としては(近時モデルと呼ぶ言葉は一種の擯斥ひんせきする樣に聞えますので、私は敢てお手本と呼ぶ事にして居ります)
裸体美に就て (旧字旧仮名) / 小倉右一郎(著)
そこには彼を朝鮮文化の怖ろしいだにとして憎悪擯斥ひんせきしている男女ばかりがずらりと並んで、面々に興奮と緊張の色をみなぎらせて朝鮮文化の一般問題だとか
天馬 (新字新仮名) / 金史良(著)
宛も蛇蝎まむしにでも障る様に身震いし、其の静かな美しい顔に得も言えぬ擯斥ひんせきの色を浮かべて直ぐに手を引き
幽霊塔 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
一、俳句の古調を擬する者あれば「古し」「焼直しなり」などとて宗匠はい擯斥ひんせきすめり。何ぞ知らん自己が新奇として喜ぶ所の者尽く天保てんぽう以後の焼直しに過ぎず。
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
余は余の真理と信ずる所を堅守するがために或は有名博識なる神学者にとおざけられ、或は基督教会一般より非常の人望を有する高徳者より無神論者として擯斥ひんせきせられ
基督信徒のなぐさめ (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
したってどこが面白い。一文にゃならず、人からは擯斥ひんせきされる。つまり自分のさびになるばかりでさあ
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
恐るべきのろいの女は、用意の毒薬を服し、線路によこたわって、名誉の絶頂から擯斥ひんせきの谷底に追い落され、獄裡ごくり呻吟しんぎんするであろう所の夫の幻想に、物凄い微笑を浮べながら
一枚の切符 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
むべなるかな縲絏るいせつはずかしめを受けて獄中にあるや、同志よりは背徳者として擯斥ひんせきせられ、牢獄の役員にも嗤笑ししょうせられて、やがて公判開廷の時ある壮士のために傷つけられぬ。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
しかしてまた傍観者のこれを擯斥ひんせきせざるのみならず、かえって喝采鼓舞かっさいこぶするものあるはなんぞや。
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
アビル時代のこの百成は、ロクを死に神と呼んで擯斥ひんせきしていたのに、今は友人扱いした親しさで
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
或いは我々に近づき或いはまた擯斥ひんせきし、機嫌きげんにも時々のむらがあって、気に向けば義侠的に世話をしてくれるなど、至って平凡なる人間味の若干をまじえていることは
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
けれども私は高利貸だ。世間から鬼かじやのやうにいはれて、この上も無く擯斥ひんせきされてゐる高利貸だ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
そして又一方には、縦令愛する男女でも、家族を形造るべき財産がないために、結婚の形式を取らずに結婚すれば、その子は私生児として生涯隣保の擯斥ひんせきを受けねばならぬ。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
其癖批評家の言う所で流行のおもむく所を察して、勉めて其に後れぬようにと心掛けていた……いや、心掛けていたのではない、其様そんな不見識な事は私の尤も擯斥ひんせきする所だったが
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
このウィエルスが師事したドイツのアグリッパは、十六世紀に名高い医者兼哲学者で著述も多かったが、所説が時世に違い容れられず、一汎いっぱんに魔法家と擯斥ひんせきされて陋巷に窮死した。
しかしそれはイスラム教徒にイランが征服されてから後は邪教として擯斥ひんせきされた。
ルバイヤート (新字新仮名) / オマル・ハイヤーム(著)
そして夫人の笑の性質によって、それが擯斥ひんせきされるべきものであったのかて取りたく思った。だが、かの女が夫人を凝視したとき、夫人はもう俯向うつむいて、箸で吸物椀すいものわんの中を探っていた。
母子叙情 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
危険な奴として擯斥ひんせきすべきはずなのに、その後は忘れたように寛大な待遇をしているのですから、この際の病床を慰めに来てくれる唯一の友人として、マドロスをこばむ模様はありません。
大菩薩峠:32 弁信の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
その女は自ら恥とくいとを覚えるばかりでなく、淑女たる資格なき者として社会から擯斥ひんせきせられても涙をんで忍ぶより外はない。進んで貞淑な人の妻となる資格に欠けた所のあるのは勿論である。
私の貞操観 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
「じゃ君は、世間が私通や不品行を擯斥ひんせきするのを偏見だというのか?」
決闘 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
冬子はそれから、妾という生活の本当のどん底は頼りない寂しいものであること、今でもいつ捨てられはしまいかという不安の絶えないこと、社会的に常にある迫害と擯斥ひんせきが絶えないことを話した。
地上:地に潜むもの (新字新仮名) / 島田清次郎(著)
と渡辺さんは対岸を擯斥ひんせきした。
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
もしわれらの如き文学者にしてかくの如き事を口にせば文壇はこぞって気障きざ宗匠そうしょうか何ぞのように手厳てひど擯斥ひんせきするにちがいない。
忠誠鯁直かうちやく之者は固陋ころうなりとして擯斥ひんせきせられ、平四郎の如き朝廷を誣罔ぶまうする大奸賊登庸とうようせられ、類を以て集り、政体を頽壊たいくわいし、外夷いよ/\跋扈ばつこせり。
津下四郎左衛門 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
きに奇貨きかとし重んじたるの敵国の人物をもくして不臣不忠ふしんふちゅうとなえ、これを擯斥ひんせきして近づけざるのみか、時としては殺戮さつりくすることさえすくなからず。
瘠我慢の説:02 瘠我慢の説 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
我々は単に、空想、情熱、主観等の語を言うだけでも、その詩的のゆえ嘲笑ちょうしょうされ、文壇的人非人にんぴにんとして擯斥ひんせきされた。
詩の原理 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
おもうに、し隈公にしてわれのこれにあずかるを許さず、諸君にして余を擯斥ひんせきするあるも、余はみずから請うてこの事に従い、微力ながらも余が力を尽し
祝東京専門学校之開校 (新字新仮名) / 小野梓(著)
吝嗇りんしょく一方にて金をたくわえ、公共慈善等には一銭も出金せぬものに対し、他よりその行為を擯斥ひんせきして、かの家は犬神の系統である、人狐の住家すみかであると称し
迷信と宗教 (新字新仮名) / 井上円了(著)
地ぐちシヤレを喜ぶいはゆる狂歌と、地ぐちシヤレを擯斥ひんせきするわれらの作と、立脚地を異にする事を忘れたまふな。それを承知の上でなら、何とでも名づけ給はるべし。
人々に答ふ (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
所属の村落都邑からは、厄介な寄生虫であるかの如く擯斥ひんせきせられます。それでも彼らは相変らず辛抱して、どこまでも身を屈して、活きるだけは活きて行かねばなりません。
のみならずこの種の地方語はいわゆる田舎言葉としておいおい擯斥ひんせきせらるるようになった。
地名の研究 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
右を見ても左を見ても人は我を擯斥ひんせきしているように見える。たった一人の友達さえ肝心かんじんのところで無残むざんの手をぱちぱちたたく。たよる所がなければ親の所へ逃げ帰れと云う話もある。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
が、口で息巻く程には心で思っていなかったから、自分もいつか其程に擯斥ひんせきする恋にとらわれて了ったのだが、流石さすがとらわれたのを恥て、明かに然うと自認し得なかった気味がある。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
フォントノアの剣は笑うべきものであり、一つのさびくれにすぎなかったと言う。マレンゴーの剣は擯斥ひんせきすべきもので、一つのサーベルにすぎなかったと言い返す。昔は昨日をけなした。
呪うほどの憎悪をもって生を擯斥ひんせきするもいい。安らかに生を保つ計を立てるもいい。静かな淵のような目で生を眺め暮らすもいい。あるいは引きずられるように日々を生きてゆくもいい。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)