うら)” の例文
申すまでもなく大阪庭窪、蘇州庵の場合も、この長崎の場合と同じ仕掛がしてあったと申上げるのは蛇足に過ぎるうらみがありましょう
常磐津ときわづ浄瑠璃に二代目治助が作とやら鉢の木を夕立の雨やどりにもじりたるものありと知れどいまだその曲をきく折なきをうらみとせり。
夕立 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
基督教、共和政体、機械万能などを罵る次手ついでに、僕の支那服を着たるを見て、「洋服を着ないのは感心だ。只うらむらくは辮髪がない。」
北京日記抄 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
嬋娟せんけんたる花のかんばせ、耳の穴をくじりて一笑すれば天井から鼠が落ち、びんのほつれを掻き立ててまくらのとがをうらめば二階から人が落ちる。
……この辺の有島氏の考えかたはあまりに論理的、理智的であって、それらの考察を自己の情感の底に温めていないうらみがある。
片信 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
そして他巳吉の友情もひびのはいつた感じであつた。親しすぎ、また狎れすぎたうらみもあらう。とにかく心はおのづと逆ふばかりであつた。
かう云ふ藤浪君の態度は、今は貧乏故、すてて行く女に手当もやられぬことをうらみとすると云ふことの外、何の未練もないやうに見えた。
二黒の巳 (新字旧仮名) / 平出修(著)
後に支倉は神戸牧師の予審廷以来の証言に深きうらみを抱き、後数年間彼は嘗ては師事し、貞子の事件には一方ならぬ世話になり
支倉事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
ただその信仰の本質が、いかに変化しつつあったかについて、まだ私の説き得ることが甚だとぼしいのをうらみとするばかりである。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
昔のアヌンチヤタは我が仰ぎしところ、我が新に醒めたる心の力もてぢんと欲せしところなるに、うらむらくは我を棄てゝ人に往けり。
この時代、ひとり頼朝のみではないが、自己の手脚の主体を知りながら、同根億生おくしょうの主体たる国土には深く思い至らなかったうらみがある。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
とかく荷物の爲に累せられて行動の自由を缺く感があるのをうらみつゝともかくも俥を命じ、一臺にはトランクを載せて走つた。
伊賀国 (旧字旧仮名) / 近松秋江(著)
ついに前約を果す能はざるをうらむ。もし墨汁一滴の許す限において時に批評を試むるの機を得んかなほさいわいなり。(一月二十五日)
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
うらむらくは資料乏しくして、白根の登山は元より金精峠の路も、いつ頃より開かれたるものなるかを知る能わざることをや。
古図の信じ得可き程度 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
うらむらくは橋立川のやや遠くして一望の中に水なきため、かほどの巌をして一しおのはえあらしむること能わず、惜みてもなお惜むべきなり。
知々夫紀行 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
しかれども事意とたがい容易に志を果たす能わずあえて先の所談を一書として出版するに至る、自らうらみなき能わず。即ち懐を述べて序文に代う。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
もしこれが果して瑠璃岸国の巨船なりとせば——嗚呼余は学者にあらざる事をうらむ——この船の発見がいかに古代の文明を今日の世界に紹介し
南極の怪事 (新字新仮名) / 押川春浪(著)
宛ながら足の四本に止まるをうらむが如く、一口ひとくちに他の犬をうてしまうことが出来ぬを悲しむ如く、しこ壮夫ますらおデカ君が悲鳴をあげつゝ追駈おっかける。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
圭一郎は救はれた思ひでほつとした。けれども彼はY町の赤十字病院に入院してゐるといふ子供の容態の音沙汰に接し得られないことをうらみにした。
崖の下 (旧字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
うらむらくは要路に取ってこれを用いる手腕のある人がなかったために、弘前は遂に東北諸藩の間において一頭地を抜いてつことが出来なかった。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
「ほんとにそうなら、今度逢った時、笑ってもらいたいです。そうしてくれるなら僕は死んでもうらみがないのです。」
連城 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
見物するに異ならず、もとより役者と作者と直接の打ち合せもなければ、双方とも隔靴のうらみはあるべきなれども、大体の筋に不平を見たることなし
福沢諭吉 (新字新仮名) / 服部之総(著)
少し歌い過ぎたうらみはあるにしてもなかなか立派なもので、少しもうたいまくったというような嫌な感をあたえない。
うらむらくはその情熱の素たる自から卑野なるを免かれず、彼の如く諷刺の舌を有する作者にして、彼の如く野賤の情熱をもてるは惜しむべき至りなり
情熱 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
不幸にしてその頃は封建時代で、その時代特有の窮屈な規範に縛られ易い能楽の事とて、翁の声価も極めて小範囲に限って認められていたうらみがある。
梅津只円翁伝 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
だがそのいずれの方法に依っても此れから以下が地の文と離れてしまって、前とのつながりが切断されるうらみがある。
聞書抄:第二盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
例えば「ひらがな盛衰記」のお筆のような役は割にしどころの少い役で、十分発揮出来ないうらみはあったにしても、源之助にうってつけのものだと思う。
役者の一生 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
(二) 顔淵がんえん季路きろ侍る。子曰く、なんぞ各なんじの志を言わざる。子路曰く、願わくは(己れの)車馬衣裘いきゅうを、朋友とともにして之をやぶるもうらみなからん。
孔子 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
しかし何分東京より遠い九州の事であるので、思うに任せずこれまでその希望が達せられなかったうらみがあった。
植物記 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
それが生涯の大きなうらみだった。彼は父が子に対するように学生らに愛着して、学生らの上に愛情の欲求を移していた。しかし報いられることはまれだった。
『八犬伝』も八犬具足で終って両管領かんれいとの大戦争に及ばなかったらやはりただの浮浪物語であって馬琴の小説観からは恐らく有終の美を成さざるうらみがあろう。
八犬伝談余 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
だから、ちょっとこの子をこう借りた工合ぐあいに、ここで道行きの道具がわりに使われても、うらみはあるまい。
古狢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
彼は政教の以て人心を凝結するに必要なるを知れり。うらむらくは彼は攘夷を信ぜざるも、なお攘夷を以て方便なりと信じ、遂にこれを以て天下を誤らんとせり。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
白痴の女乞食は白痴なるがゆえに嘗て一度も、他の女から女の腕にかけては仕負されたといううらみは持たなかったのでしょう。あってもすぐ忘れるのでしょう。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
信といい義というと、どうも道学者流で自由な躍動やくどうの気に欠けるうらみがある。そんな名前はどうでもいい。子路にとって、それは快感の一種のようなものである。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
我々は不幸にしてその時代にわなかったことをうらむくらいのものだが、しかしなお遺憾なことは、あの両大関を空しく甲斐と越後の片隅に取組ましてしまって
うらみ参らせ候 家政の事は女の本分なればよくよく心を用い候よう平生かねがね父より戒められ候事とて宅におり候ころよりなるたけそのつもりにて参らせ候えども何を
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
煮炊きさせても、かれこれ役に立つ者もないではないが、ただうらむらくは人間の出来ている者がない。
かくて一七日ひとなぬか二七日ふたなぬかと過ぎゆくほども、お糸は人の妻となりし身の、心ばかりの精進も我が心には任せぬをうらみ、せめてはと夫の家の仏壇へともす光も母への供養
心の鬼 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
只管ひたすら写真機械をたづさへ来らざりしをうらむのみ、いよ/\溯ればいよ/\奇にして山石皆凡ならず、右側の奇峰きばうへて俯視ふしすれば、豈図あにはからんや渓間けいかんの一丘上文珠もんじゆ菩薩の危坐きざせるあり
利根水源探検紀行 (新字旧仮名) / 渡辺千吉郎(著)
日本画では理解が皮相的なうらみはあるが「煙草売る店」青柳喜美子、「夕」三谷十糸子、「娘たち」森田沙夷などは、それぞれに愛すべき生活のディテールをとらえて
帝展を観ての感想 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
ここのうちには、だが、ふつうの竹ばかりで孟宗がないのがうらみだから、早く、植えたいと思う。
随筆 寄席囃子 (新字新仮名) / 正岡容(著)
「前略。——なるほど、道化の華の方が作者の生活や文学観を一杯に盛っているが、私見によれば、作者目下の生活にいやな雲ありて、才能の素直に発せざるうらみあった。」
川端康成へ (新字新仮名) / 太宰治(著)
さりとて今更記憶を辿たどつて書き足す気にもならない。この書の為に益々不備をうらむばかりである。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
私はやがて故国に帰って先生に話そうと思っていたいろいろな事がらを、そのままにしなくてはならないようになってしまったことを、その時どんなにうらんだかしれない。
左千夫先生への追憶 (新字新仮名) / 石原純(著)
うらむらくは元日気分との調和にとどまって、藁草履の趣があまり発揮されていないことである。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
鶴見はそれをうらみとして、繰りひろげた回想の頁の上にかすかな光のさしている一点を、指さきでしっかり押えた。感応がある。ぴったり朝の六時。それでなければならない。
僕は彼等のように暢気のんきに生れて来なかったことをうらみに思っている。彼等は皆自分の妻を独占していることによって、その身体を独占していることによって、慰められている。
黄昏の告白 (新字新仮名) / 浜尾四郎(著)
周囲は私にとって常に足りないものであったことは今なおうらみとせずにはいられない。
光り合ういのち (新字新仮名) / 倉田百三(著)
良人やどわたしとしの十いくつも違ふのですもの、永く役に立つやうにして置かねばと何でも無しの挨拶あいさつに、流石さすがおせつかいの老婢ばあやもそれはそれはで引下ひきさがつたさうだ此処迄こゝまで来ればうらみは無い。
もゝはがき (新字旧仮名) / 斎藤緑雨(著)