あわれ)” の例文
世界の何人なんぴとにも認められている事実を、自分の意地から反駁している相手のばかばかしさを、にくむよりもむしろあわれむ方が多くなった。
ゼラール中尉 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
法水は大風な微笑をうかべて、相手の独創力の欠乏をあわれんでいるかのごとく見えたが、すぐ卓上の紙片に、上図を描いて説明を始めた。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
この話は、けだし僧正が衆弟子の出家たる本分を忘れて、貨財の末に齷齪あくせくたるをあわれんで、いささか頂門の一針を加えられたものであろう。
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
「だがきょうのようにお前をいじめる事は、これからはめにするよ。」男はさげすんであわれむような調子でこう言い足した。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
イエスはこれを見てあわれみ、休息を忘れて、多くのことを教え始め給うた。そして日の西山に傾くを知り給わなかったのです。
「お前はもう子供を欲しいとは思わないか」そんな串談じょうだんの中にも、岸本は節子の独身で居るのをあわれむ心から言って見た時、彼女は首を振って
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
差別なきところに差別を設ける彼等の術策をあわれまなければなりません、また、左様な術策にひっかかるおめでたき民衆を憫まなければなりません。
大菩薩峠:41 椰子林の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
しかしそのあわれむという感情も、此室ここへ入ればこんなものを見せられると予期したために、よほど薄らいで大方貴方と同じぐらいの程度になっています。
青蠅 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
もしくはあわれむべき摸倣のわざと解せんとしたのは、古史の正しい見かたでないのみか、国の是からのきかたのためにも、有害なる文化史観であろう。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
えて弱まり、その上都合の悪いことには心の底の方から自分で憎くなるほど相手に対して睦まじげないつくしみやらあわれみが滲み出して来るのでありました。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
目科は口の中にて「仲々食えぬ女だわえ、悲げな風をして判事にあわれみを起させようと思ッて居る」と呟きたり
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
かかる方法で成功したのはいわゆる悪魔の成功であわれむべきである。それ故私は断言します、目的を達する為にはただ誠実なる方法をるの一つあるのみと。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
抽斎は子婦しふ糸の父田口儀三郎の窮をあわれんで、百両余の金をおくり、糸をば有馬宗智ありまそうちというものに再嫁せしめた。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
総じて亜細亜アジア諸国では婦人が全く一家の内に閉塞せられて、あわれむべき境遇に陥っておるにもかかわらず、日本だけは常に婦人が相当の地位をもっておるのである。
女子教育の目的 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
これらのあわれむべき動物が、曾ていかなる場合にせよ、飼主を裏切ったことがあったであろうか。そして、彼等より正直で、忠実なものが、他にあったであろうか。
天を怖れよ (新字新仮名) / 小川未明(著)
たった一度人が彼にあわれみを垂れたことがある。それは百姓で、酒屋から家に帰りかかった酔漢であった。
罰してしかるものとみずからあわれむのほかこれなく候貴女はなお弱年ことに我国女子の境遇不幸を極めおり候えば因習上小生の所存御理解なりがたきふしもやと存じむしろ御同情を
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
あわれむべき部落民を救ってやるとの態度に対する反抗ではありますが、それを履き違えた末流の人達のうちには、「同情」という語を非常に嫌がるものも実際少くありませんでした。
融和促進 (新字新仮名) / 喜田貞吉(著)
あわれむべし晩成先生、嚢中自有のうちゅうおのずからせんありという身分ではないから、随分切詰めたふところでもって、物価の高くない地方、贅沢ぜいたく気味のない宿屋〻〻を渡りあるいて
観画談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
又母親としては、己れの孤独を悲しむよりも我が児の不運をあわれみ、少しでも彼女に自責の念を起させたり、肩身の狭い思いをさせたりしないように、寧ろ娘を慰める側へ廻ったのであろう。
聞書抄:第二盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
あわれみこそすれ、これを滅亡して快とするような了見の狭い者では有るまい
太陽系統の滅亡 (新字新仮名) / 木村小舟(著)
……ほかの兄弟は皆な好きな学問をしているのに、辰さんばかりは一生こんな汚い村の先生をして暮すんだもの、可哀そうだ。お父さんが不公平だと、兄の身の上を不仕合ふしあわせな人としてあわれんだ。
入江のほとり (新字新仮名) / 正宗白鳥(著)
秦冏はこの二家の詩筵しえんにおいて枕山を見、その詩才あるを知ると共に、またその家の貧しきをあわれみ、芝山内の学寮に寄寓せしめて、日夜親しく韻語の推敲すいこうにつきて諮問しようと思ったのであろう。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「左様なら、正吉を可哀そうな奴だとあわれんで下さい、——左様なら」
お美津簪 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
自分をあわれんで、みずから生きる力もないその命を仕末するにはこうするよりほかにみちがないと言わぬばかりに、ちいさなあわが、ぶくぶく、ぶくぶくと、かすかに二度三度湧きあがって来たばかりだった。
山県有朋の靴 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
清三は郁治をいろいろになぐさめた。清三は友をあわれみまたおのれを憫んだ。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
私には親爺が思い違いをしたというよりは、私をあわれんで金をれたとしか思えなかった。六区をぶらつきながらも、その親爺の彫りの深い一癖ひとくせありげな面魂つらだましいが、しばらくは目のあたりを去らなかった。
朴歯の下駄 (新字新仮名) / 小山清(著)
すると黒塚氏は、口元に軽くあわれむような笑いを浮べながら
死の快走船 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
俊助はあわれむような眼つきをして、ちらりと野村の顔を見た。
路上 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
仮りに読者中あわれな人にいこれを救った人があったとする。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
山本氏はあわれむような眼ざしで一同を眺めまわたしながら
キャラコさん:01 社交室 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
あれ以来、ますます人相にも奸黠かんかつの度を加えてきた、セルカークをあわれむようにながめている。ただ、氷河の氷擦が静寂しじまを破るなかで……。
人外魔境:10 地軸二万哩 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
そして、おしまいには、国家の安危にも、自分の死際にも、呪われた意地につきまとわれているゼラール中尉をあわれまずにはいられなかった。
ゼラール中尉 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
次にはあわれみを帯び来って両眼に涙を湛えるかと思われた、懐かしい情人の墓か、嫉ましい恋の敵の墓か、何しろ余ほど深く心を動かす様な事柄が有ると見える
幽霊塔 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
夫の弟妹ていまいなどは家の弟妹のごとく可愛がりその上婢僕ひぼくは自分の子供のごとくによくあわれんで使ってやれ
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
村端むらはずれに住んでいた年若い男の狂人きちがいと母親の二人が同時に死んだことだ。この二人はその筋からわずかばかりの給助を得て日を送って来た。村の人々もこの母親をあわれんで物品を恵んだ。
(新字新仮名) / 小川未明(著)
しかしながら、一たび戦いに負けて亡国の民なんというものほど、あわれむべき者はない。
平和事業の将来 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
ある時一人の重い皮膚病を患っている人がイエスのみもとに来てひざまずいて、「御意ならば我を潔くなし給うを得ん」とお願いしたところ、イエスは彼をあわれんでこれを癒してやった。
しかるに奸臣かんしん斉泰せいたい黄子澄こうしちょう、禍心を包蔵し、しゅくはくけいべんの五弟、数年ならずして、並びに削奪さくだつせられぬ、はくもっともあわれむべし、闔室こうしつみずからく、聖仁かみに在り、なんなんこれに忍ばん。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
葉子は陥穽わなにかかった無知なけものあわれみ笑うような微笑を口びるに浮かべながら
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
彼らは皆小学校にも通われぬほどのあわれむべき貧児である。折からボーイス(Boyse)という一僧侶この場に来かかり、暫くこの遊びを眺めておったが、忽ちこの鶏群けいぐん中に一鶴いっかくを見出した。
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
「うむ、かわいそうと言えばかわいそうに違えねえかも知れねえが——かわいそうというよりは、我儘わがままの分子が多いね、あれじゃあかわいそうだと思っても、本当にあわれんでやる気にゃなれめえ」
大菩薩峠:35 胆吹の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
それを何ぞや小児が餅菓子もちがしを鑑定するように、いたずらに皮相の色彩に誘惑せられて、選択は当を失するのみならず、ついに先生のいかりを買うに至っては、翡翠かわせみ無智浅慮むちせんりょまことあわれむにえざるものがある。
正行は是をあわれんで彼等を救い上げ、小袖を与えて身を温め、薬を塗ってきずを治療せしめたと『太平記』にある。
四条畷の戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
そういう点など見ると実にその人の狭量な事をあわれまざるを得ない。そうしてモンゴリヤ人の多数はこんな者で、余程大人おとならしゅう構えて居る人でもちょっとした事で腹を立てる。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
「ダビデの子イエスよ、我をあわれみ給え」と叫び出しました。
僕の尋問のあやに、うまく引っかかって、案外容易に、自白してしまった若者に、あわれみを感じながら、しかも相手の浅はかさを、さげすむような心持さえ動いていたのです。
島原心中 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
瑠璃子の抗議を、父はあわれむように笑った。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)