微風そよかぜ)” の例文
秋の夜はしずかで、高いポプラの枝が微風そよかぜに揺らいでいます。空はおびただしい星でした。少年は目をあけてじっとそれをながめました。
ものゝ影が映るなどゝは思ひも寄らぬのに——嗚呼、そこには私と雪太郎の上半身が微風そよかぜの気合ひも知らずに、あざやかに生息してゐる。
バラルダ物語 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
あなたの大きくみひらいた眼には、果てなき大空の藍色と見渡す草原の緑とが映り紅をしたほおには日の光と微風そよかぜとが知られた。
少年・春 (新字新仮名) / 竹久夢二(著)
つとめて起き、窓おしあくれば、朝日の光対岸むこうぎしの林を染め、微風そよかぜはムルデの河づらに細紋をゑがき、水に近き草原には、ひと群の羊あり。
文づかひ (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
その小鳥の群れも、ぱっと羽音をのこして、飛び去ると、もう微風そよかぜの音もしなかった。水を打ったように、街道はひそまり返る。
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
顔も手も足も、りあげるように熱い南のが、照っていて、ゆるやかな、ひだをたたんだ波の上を、生あたたかい微風そよかぜがかよって行った。
秘境の日輪旗 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
軒の風鈴ふうりんをさえ定かには鳴らし得ぬ微風そよかぜ——河に近い下町の人家の屋根を越して唯ゆるく大きく流動している夜気のそよぎは
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
二人の上に垂れた楓の枝が微風そよかぜに揺れて、葉洩れの日影が清子の顔を明るくし又暗くしたことさへ、鮮かに思出される。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
其時は心地こゝろもちの好い微風そよかぜが鈴蘭(君影草とも、谷間の姫百合とも)の花を渡つて、初夏の空気を匂はせたことを思出した。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
有るか無きかの微風そよかぜにも、その初毛うぶげのやうな、また綿わたのやうな花が軽く静かに飛んで行く。いや花では無くて、やはり花の後に著ける綿なのである。
微風そよかぜ日毎ひごと林檎林を軽く吹いて通つた。欣之介はその中で何かの仕事をしながら、「眼には見えないが花粉がうまい工合に吹き送られてゐるんだ!」
新らしき祖先 (新字旧仮名) / 相馬泰三(著)
と、行く手に竹藪があって、出たばかりの月に、葉叢はむらを、薄白く光らせ、微風そよかぜにそよいでいたが、その藪蔭から、男女の云い争う声が聞こえて来た。
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
主人は庭をわた微風そよかぜたもとを吹かせながら、おのれの労働ほねおりつくり出した快い結果を極めて満足しながら味わっている。
太郎坊 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
若草の中の微風そよかぜのやうな子等の寝息、鏡子のこがれ抜いたその春風に寝る事も鏡子にはやつぱり寂しく思はれた。
帰つてから (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
なよたけ 飛んで行け! 飛んで行け! 微風そよかぜに乗って飛んで行け!……だれも知らないしあわせな所へ飛んで行って、綺麗なお花を一杯咲かせておくれ!
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
もの倦いかすかな微風そよかぜが吹く。しかし早くも不動の大気の中に、ひそかな威嚇があり、重苦しい予感がある。
やさしい星は斷層をなした土手どての眞上に瞬いてゐた。夜露がりた、慈愛の籠つたやさしさをもつて。微風そよかぜもない。自然は、私の眼には、情け深い親切なものに見えた。
唐物問屋とうぶつどんやの荷蔵の裏になって、ずっと高い蔵つづきの日かげなので、稗蒔屋はのどかになたまめ煙管キセルをくわえ、風鈴屋はチロリン、チロリンと微風そよかぜに客をよばせている。
微風そよかぜに乗って舞うともなく白いものが落ちてくるので、振り仰ぐと、いままで気がつかなかったが、屋敷の横から饗庭家との境へかけて、これはまたみごとな老桜の林
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
不思議なかおりよりも、乳色に澱んでいる異様な空の色よりも、いつから始まったともなく、春の微風そよかぜの様に、彼等の耳を楽しませている、奇妙な音楽よりも、或は又、千紫万紅せんしばんこう
パノラマ島綺譚 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
微風そよかぜが吹くと、百合ゆりの匂いが青空に昇って行くのよ。そして、皆いつでもその匂いを吸っているのよ。小さい子達は花の中を駈け廻って、笑ったり、花輪を造ったりしているの。
一月の二十日過ぎにはもうよほど春めいてぬるい微風そよかぜが吹き、六条院の庭の梅も盛りになっていった。そのほかの花も木も明日の約されたような力が見えて、もりかすみ渡っていた。
源氏物語:35 若菜(下) (新字新仮名) / 紫式部(著)
この島では、打ちよせる浪の音は、たくみに、補助動力ほじょどうりょくに使われ、そして音を消してあった。だから、時折、頬のあたりをかすめる微風そよかぜが、蜜蜂のささやくような音をたてるばかりだった。
地球要塞 (新字新仮名) / 海野十三(著)
そそるような微風そよかぜが、あたたかに彼女の力を吹出して宇宙の中に満ち渡った。
不周山 (新字新仮名) / 魯迅(著)
その水面は鏡のように静かに光って、どこにも微風そよかぜの吹くあとさえ見えなかった。その向う岸には、殆ど谷間を横に仕切ったように、ながながと寝そべったような恰好のモニュメント山があった。
が心に微風そよかぜが吹く——あとから、あとから微風が吹いて通る——。
追慕 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
明るい街を、あおい眼をした三人の尼さんが、真白の帽子、黒の法衣ほうえの裾をつまみ、黒い洋傘こうもりを日傘の代りにさして、ゆっくりと歩いて行った。穏やかな会話が微風そよかぜのように彼女たちの唇を漏れてきた。
(新字新仮名) / 池谷信三郎(著)
この話題は、それきりに、夏の夜の微風そよかぜとともに流れて行つた。
光は影を (新字新仮名) / 岸田国士(著)
はみづにかくれ 微風そよかぜの夢をゆめみる 未生みしやうの薔薇の花。
藍色の蟇 (新字旧仮名) / 大手拓次(著)
春永うしていたづらに吹く微風そよかぜに垂尾の雉子きゞすあらはれにけり
雀の卵 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
恐ろしいザワめきが、一座を微風そよかぜのように渡ります。
われは聞く、たゞ微風そよかぜの音なひむせび泣く水のこゑ
カンタタ (旧字旧仮名) / ポール・クローデル(著)
重いとばり微風そよかぜを受けてそよいでいる。
グリュックスブルグ王室異聞 (新字新仮名) / 橘外男(著)
あはれ、微風そよかぜ、さやさやと
海潮音 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
ひとつは微風そよかぜ
春鳥集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
夜目にもさかんな月見草が微風そよかぜに揺れてゐる河堤で漸く私は馬車のうしろにぶらさがつた。鞭の昔が痛々しくくうに鳴つてゐた。
武者窓日記 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
ネルロにとっては、微風そよかぜにそよぐポプラ並木の朝の景色も、もはや以前のように、たのしげに晴々しくは見えませんでした。
薄暗い穹窿きゆうりゆうもとに蝋燭の火と薫香の煙と白と黄金きんの僧衣の光とが神秘な色を呈して入交いりまじり、静かな読経どくきやうの声が洞窟の奥にこだまする微風そよかぜの様に吹いて居る。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
長い草は微風そよかぜにふかれながらも、人形をだれからも見えないように、上手にかくしてくれました。だから人形は、日がくれてもじっとそこに寝ていました。
博多人形 (新字新仮名) / 竹久夢二(著)
西班牙の夕暮の美しさ! 真昼の暑さは名残り無く消えて、涼しい微風そよかぜが庭園の上や家々の周囲まわりを吹き巡る。
西班牙の恋 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
今の時間でいうと、午前十一時頃の、春は爛漫らんまん天地あめつちに誇っていて、微風そよかぜの生暖かく吹いている日であった。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この人は——運命はこの人にだけ何時も心地こゝちよい微風そよかぜを送つてゐるやうであつた——その後間もなく互ひに思ひ合ふ人が出来、やがて願ひがかなつて結婚の式をあげ
新らしき祖先 (新字旧仮名) / 相馬泰三(著)
護摩堂ごまどうから笠神明かさしんめいへかけて、二十軒建ちならぶ江戸名物お福の茶屋、葦簾よしず掛けの一つに、うれし野と染め抜いた小旗が微風そよかぜにはためいているのが、雑沓ざっとうの頭越しに見える。
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
石榴ざくろの花と百日紅ひゃくじつこうとは燃えるような強い色彩を午後ひるすぎの炎天にかがやかし、眠むそうな薄色の合歓ねむの花はぼやけたべに刷毛はけをば植込うえごみの蔭なる夕方の微風そよかぜにゆすぶっている。単調な蝉の歌。
夏の町 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「このごろの微風そよかぜき混ぜる物としてはこれに越したにおいはないでしょう」
源氏物語:32 梅が枝 (新字新仮名) / 紫式部(著)
草わかば黄なる小犬の飛びねて走り去りけり微風そよかぜの中
桐の花 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
恐ろしいザワめきが、一座を微風そよかぜのやうに渡ります。
微風そよかぜなげけば、花のぬれつつ身悶みもだえぬ。
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
あはれ、微風そよかぜ、さやさやと
海潮音 (新字旧仮名) / 上田敏(著)
海経てきぬる微風そよかぜ
閑天地 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)