引返ひっかえ)” の例文
西のかたに山の見ゆる町の、かみかたへ遊びに行つて居たが、約束を忘れなかつたから晩方ばんがた引返ひっかえした。これから夕餉ゆうげすましてといふつもり。
処方秘箋 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
「トム、トム……。」と、二三度呼んだが、犬は食物くいものに気をられて、主人の声を聞付ききつけぬらしい。市郎は舌打したうちしながら引返ひっかえして来た。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
倉蔵は目礼したまま大急ぎで庭の方へわった。村長は腕を組んで暫時しばらく考えていたが歎息ためいきをして、自分の家の方へ引返ひっかえした。
富岡先生 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
そこで彼女は、ほっとしたように急いで、主館おもやの方へ引返ひっかえして行った。そして間もなく私達は物置の中へはいって、銘々めいめいに秤へ懸りはじめた。
死の快走船 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
といって引返ひっかえしてまごまご探していようものなら、足の早い日本空軍の爆撃機は、私の知らぬうちに頭上へ現れるだろう。
へやを出てからもう一度引返ひっかえして様子を窺った足跡を、へやに這入る前に窺ったものと見たために、女の殺意を認めたのです。面目次第もありません
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
母はいつもと違う空を仰いで、こう云いながらまた元の座敷へ引返ひっかえして来た。兄はすぐ立ってまた欄干へ出た。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
一度洋館の方へ引返ひっかえして、何か邸内の人に頼んでいる様子だったが、間もなく炊事用の摺鉢すりばちを抱えて来て、最もハッキリした一つの足跡の上にそれをふせた。
何者 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
それなら早く帰る方がよいだろうと、その車で出たが、車屋がすぐ引返ひっかえしてきて、お客様が変だとおろした。
何うも気に成るから振りかえて見ると、其の若い者がバタ/\/\と下手しもての欄干の側へ参り、又片足を踏掛ふんがけて飛び込もうとする様子ゆえ、驚いて引返ひっかえして抱き留め
文七元結 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
細君の一行も、またリヴァプールまですごすごと引返ひっかえさなければならなかった。
しおは今ソコリになっていてこれから引返ひっかえそうというところであるから、水も動かず浮子も流れないが、見るとその浮子も売物浮子うりものうきではない、木のはしか何ぞのようなものを、明らかに少年の手わざで
蘆声 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
それがためにみんな一雪崩ひとなだれに、引返ひっかえしたっていいますが、もっとも何だそうで、そのさきから風が出て大降になりました様子でござりますな。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
もううなると次の列車を待つてはゐられません。わたくしは湯河原へ引返ひっかえすことにして、再び小田原行の電車に乗りました。
と看護婦は、急にニヤニヤ笑い出しながら引返ひっかえして来た。真赤な唇をユの字型にゆがめて私の寝台の端に腰をかけた。
一足お先に (新字新仮名) / 夢野久作(著)
大多数の見物は、この辺でとどめを刺されて、愈々引返ひっかえす気になるのであろうが、博士達は引返さなかった。
悪魔の紋章 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
大辻老はむこうへ懐中電灯をたよりに引返ひっかえしていった。そしてしきりと路上にかがまっては探していたが
地中魔 (新字新仮名) / 海野十三(著)
さりとて途中で引返ひっかえすことも出来ず、駕籠に附いてまいりますうちに、吹雪が風にまじって顔へ当ります。舁夫は慣れて居りますから、登るに従ってかえって足が早うございます。
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
打置きてすごすごと引返ひっかえせしが、足許あしもとにさきの石の二ツに砕けて落ちたるよりにわかに心動き、拾いあげて取って返し、きと毒虫をねらいたり。
竜潭譚 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「畜生……到底とても駄目だ。」と、市郎は呟きながら引返ひっかえして来ると、安行も丁度ちょうど駈付かけつけた。トムは咽喉のどを深く抉られて、既に息が絶えていた。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
独言ひとりごとを云い云い引返ひっかえして、箱崎松原の中に在る黒田家の菩提所、崇福寺の境内に忍び込んだ。門内の無縁塔の前に在る大きな拝石おがみいしの上にドッカリと座を占めた。
斬られたさに (新字新仮名) / 夢野久作(著)
柾木はのろまな子供の様に赤面して、引返ひっかえす勇気さえなく、ぼんやりと二人の立話を眺めていた。紳士は待たせてある自動車を指して、しきりと彼女をいざなっていた。
(新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
と気遣いながら元の処へ引返ひっかえしてまいりますと、いずれへ行ったか旅人も舁夫も居りませぬ。
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
で、急いで明石町から引返ひっかえして、赤坂の方へ向うと、また、おなじように飛んでいる。群れてく。歯科医はいしゃで、椅子に掛けた。
縷紅新草 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
重太郎はいさぎよくお葉を思い切ったのであろうか。彼はお葉から受取うけとった椿の枝を大事に抱えて、虎ヶ窟のかた悄々しおしお引返ひっかえした。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
間もなくドアが開いて、見知り越しの若い書生が顔を出した。諸戸に逢いいと云うと、彼は一寸引込んで行ったが、直ぐ引返ひっかえして来て、私を玄関の次の応接間へ通した。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
その生命を代償として、妾を威嚇致します準備が整っております旨を承わりました妾は、余りの恐ろしさに魂も身に添わず、病気のように相成りましてこの教会に引返ひっかえ
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
スルと奥の方で若い女の声がして甚兵衞爺さんも婆さんもしきりに慰さめている様子。ハテ悪いところへ来たわい、誰か客があるのか知らんと思いましたが、引返ひっかえして出てくも変ですから
引返ひっかえした処で寝る家もない場合。梓一人が迷惑してこうじ切っている処を、あかりがないと、交番でとがめられたが、提灯ちょうちんの用意はなし、お前さん。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
わたくしも引返ひっかえして改札口の方へ行きますと、大勢の人たちがつながつて押出されて行きます。
という言葉が口をいて出た。そうしてそのまま表の説教場に引返ひっかえすと、そのまん中の椅子の間に書記を連れた熱海検事が茫然と突立っていたが、私を見るとうやうやしく帽子を脱いだ。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
行違ゆきちがいまして、又ぞろ江戸へ引返ひっかえしてまいるような事になりました、此の上は松平公の御家中藤原を頼み、手続きをもって尋ねましたなら、蟠龍軒の居所いどこの知れぬことも無かろうと思います
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
霜に緋葉もみじの散る道を、さわやかに故郷から引返ひっかえして、再び上京したのでありますが、福井までには及びません、私の故郷からはそれから七里さきの
雪霊記事 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
(炉の前へ引返ひっかえして来る。)おまえは無暗むやみに追い出したが、おれは何だか気の毒でならねえ。
影:(一幕) (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
イヤモウ……みんな青くなったの候のって……覚悟の前とか何とか、大きな事を云っていた船長が、日本人の癖にイの一番に慌て出して、全速力フルスピード新嘉坡シンガポール引返ひっかえすと云い出したもんだ。
焦点を合せる (新字新仮名) / 夢野久作(著)
また腕車くるまを急がせて根岸のはずれまで引返ひっかえして来た。
このおおいなる鯉が、尾鰭おひれいた、波の引返ひっかえすのが棄てた棹をさらった。棹はひとりでに底知れずの方へツラツラと流れてく。
伯爵の釵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
成程と心付いて其のまま引返ひっかえして、私に其の噺をするから、ハテ不思議だと三人一所に、再び其の木かげへ往って見ると、エエ何の事だ、鴨はさて措いて、第一に其の池もない
二人とも何気なくバットの吸いさしを投棄てて、薄暗い汽鑵場へ引返ひっかえした。
オンチ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
此のおおいなる鯉が、尾鰭おひれいた、波の引返ひっかえすのがてたさおさらつた。棹はひとりでに底知れずの方へツラ/\と流れて行く。
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
引返ひっかえして構内をのぞきましたが、矢はりそれらしい人は見付からないので、わたくしは夢のやうな心持がして、しきりに其処そこらを見廻しましたが、あとにも先にも其娘は見えませんでした。
ひたいの中央から鼻の下まで切り割られたあとを、太い麻糸でブツブツに縫い合わせられたまま、奇妙な泣き笑いみたような表情を凝固させているのを見返りながら、ソロソロと入口のドアの前に引返ひっかえした。
一足お先に (新字新仮名) / 夢野久作(著)
そろそろ引返ひっかえしたんです、母様がね。休んでいた車夫に、今のお嬢さんは真中の家へですか。へい、さようで、と云うのを聞いて帰ったのさね。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
独言ひとりごとを云い云い白い笠を目当に引返ひっかえして来た。
斬られたさに (新字新仮名) / 夢野久作(著)
雛妓に言付けて、座敷をななめに切って、上口あがりくちから箪笥の前へ引返ひっかえすと、一番目の抽斗ひきだしが半ばいていた。蝶吉はつッと立って
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
お妙はずんずん小使について廊下を引返ひっかえしながら、怒ったような顔をして、振向いて同じように胸のもとさすって見せた。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「島野さん、おつれ様もお見え遊ばしたし、失礼いたしますから、お嬢様にはどうぞ、」も震え声で口のうち、返事は聞きつけないで、引返ひっかえそうとする。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
出発の朝、空模様が悪いのを見て、雨が降ったら途中から必ず引返ひっかえせ、と心づけています。道は余程難儀らしい……
河伯令嬢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
こちら様はお一方ひとかた、御婦人でいらっしゃいます事ゆえ念のために、わたくしお伺いに出ました儀で、直ぐにという御意にござりましたで、引返ひっかえして、御案内。
伊勢之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
(はい、)といって、小戻こもどりをして、黒塀の板戸の角、鴨川勝手口とある処へ引返ひっかえしたが、何となくそのこうべを垂れた。
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)