嘔吐おうと)” の例文
帝は、はしをお取りにならない。侍臣たちは、いて口へ入れてみたが、みな嘔吐おうとをこらえながら、ただ、涙をうかべあうだけだった。
三国志:03 群星の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
こゝろみに思へ、糞汁ふんじふはいかむ、その心美なるにせよ、一見すれば嘔吐おうとを催す、よしや妻とするの実用に適するも、たれか忍びてこれを手にせむ。
醜婦を呵す (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
そのどろどろのシチウを膳の上に見たとき、彼は神田マーケット裏の泥水溜りをすぐ聯想れんそうして、いきなり嘔吐おうとがこみ上げてくるのを感じた。
黄色い日日 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
しかして古雅幽玄なる消極的美の弊害は一種の厭味いやみを生じ、今日の俗宗匠の俳句の俗にして嘔吐おうとを催さしむるに至るを見るに
俳人蕪村 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
あの病院で、湖の夜明けの空を眺めながら二人の宿命的な一種の旅情に就いて、恐怖に近い嘔吐おうとを催した事を思ひ出してゐた。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
初めは全身の衰弱と軽い腹痛を訴えるだけだったが、二十日ほど経ってから痛みの増大と嘔吐おうとが始まり、食欲がなくなった。
一方では夫をうとんじながら、———何というイヤな男だろうと、彼に嘔吐おうとを催しながら、そういう彼を歓喜の世界へ連れて行ってやることで
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
ホップ夫人は該ステュディオにはいるや、すでに心霊的空気を感じ、全身に痙攣けいれんを催しつつ、嘔吐おうとすること数回に及べり。
河童 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ああ、書きながらも嘔吐おうとを催す。人間も、こうなっては、既にだめである。浩然之気もへったくれもあったものでない。
禁酒の心 (新字新仮名) / 太宰治(著)
午前一時ごろ、急に身震いするような悪寒が始まったかと思うと、高熱を発すると同時に、はげしい嘔吐おうとを催しました。
愚人の毒 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
そして私は、頭の中に火の車が廻っているようなのを感じながら嘔吐おうとをも催し、精も根も無くなって、寝台ベッドの上へどっと突伏して了うのであった。
その予想外に酸鼻さんびな場面と、鬱積うっせきする異臭にとつじょ直面したため、思わずみんな一個所にかたまって嘔吐おうとしたという。
女肉を料理する男 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
ごく早くから、神経の不調がきざしていた。まだ幼いころから、何かの障害を感ずると、気絶や痙攣けいれん嘔吐おうとを起こした。
その甲板の上には、ぶよぶよした大きなまるい頭が二、三百、嘔吐おうとをもよおすほどの不気味ぶきみな光景をていしながら、ごったがえしてもみあっている。
海底大陸 (新字新仮名) / 海野十三(著)
それで雨でも降ると道のどろどろの上へ人糞が融けて流れるという始末ですから、その臭さ加減とその泥の汚い事は見るから嘔吐おうとを催すような有様。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
そうして、牛乳やいわゆるソップがどうにも臭くって飲めず、飲めばきっと嘔吐おうとしたり下痢したりするという古風な趣味の人の多かったころであった。
コーヒー哲学序説 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
痙攣けいれんをおこし、嘔吐おうとをもよおすほどの、理解し合う何ものもない、——生れおちるとからの敵どうしであった感情。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
すると、受刑者は我慢できない吐き気のうちに両眼を閉じ、嘔吐おうとした。将校は急いで受刑者をフェルトの出ばりから起こして、頭を穴へ向けようとした。
流刑地で (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
彼等は食後必ず入浴致候いたしそろ。入浴後一種の方法によりて浴前よくぜん嚥下えんかせるものをことごと嘔吐おうとし、胃内を掃除致しそろ
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
上陸当初の日に一瞥いちべつして嘔吐おうともよおし、現代日本の醜悪面しゅうあくめんを代表する都会とののしり、世界のどんなきたない俗悪の都市より、もっと殺風景で非芸術的な都市と評した東京は
悪病の持ち主纐纈城主が、自分の躰から発散する、嘔吐おうとを催させる悪臭を、防ごうための匂いである。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
嘔吐おうとを催すような肉体の苦痛と、しいて自分を忘我に誘おうともがきながら、それが裏切られて無益に終わった、その後に襲って来る唾棄だきすべき倦怠けんたいばかりだった。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
私はいつか映画でオットセイの群棲ぐんせいを見たことがある。ひれのような手足でバタバタはねる恰好かっこうや、病牛の遠吠とおぼえのような声を思い出すうちに本当に嘔吐おうとをもよおして来た。
黒猫 (新字新仮名) / 島木健作(著)
上海シャンハイに挙行された東邦大会の選手権把持者——だが、女優のNはなまめかしい嘔吐おうとを空中に吐いた。
飛行機から墜ちるまで (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
そのとき三津井は青ざめた彼を励しながら、川のほとりで嘔吐おうとする肩をでてくれた。そんな、遠い、細かなことを、無表情に近い、すぼんだ顔はおぼえていてくれるのだろうか。
壊滅の序曲 (新字新仮名) / 原民喜(著)
甚しきに至つては、いたづらに知らぬ事を喋々てふ/\し一知半解識者をして嘔吐おうとを催さしむる者あり。然れども田口君の論文に至ては毫末も斯の如きの病なし。彼は事理を見るに明かなり。
明治文学史 (新字旧仮名) / 山路愛山(著)
大体喧嘩けんか、口論、大騒動は嫌なのだが、お隣りもやり出したので、やむをえず煮え切らない喧嘩を吹きかけつつ、神経衰弱に陥って見たり、飲めないのに飲んで嘔吐おうとして見たり
めでたき風景 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
香料は皆言わば稀薄きはくである。香水の原料は悪臭である。所謂いわゆるオリジナルは屍人くさく、麝香じゃこう嘔吐おうとを催させ、伽羅きゃらけむりはけむったい油煙に過ぎず、百合花の花粉は頭痛を起させる。
触覚の世界 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
彼女の肩の辺から、枕の方へかけて、だ彼女がいくらか、物を食べられる時に嘔吐おうとしたらしい汚物が、黒い血痕けっこんと共にグチャグチャに散ばっていた。髪毛がそれで固められていた。
淫売婦 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
この批評家の人格の野鄙やひらさ、こせこせした誹謗ひぼうと毒舌、思いあがった冷酷な機智、一口にいえばその発散する「検事みたいな悪臭」に、チェーホフは嘔吐おうとをもよおしたのである。
そしてやがて下痢に血がまじりはじめ、紫の、紅の、こまかい斑点がのこった皮膚に現れはじめ、つのる嘔吐おうとの呻きのあいまに、この夕べひそひそとアッツ島奪還の噂がつたえられる。
原爆詩集 (新字新仮名) / 峠三吉(著)
伊豆はどうやら起き上って、暫く嘔吐おうともよおして苦しんでいたが、それから思い出したようにゆがんだ笑いをうかべて、崩れた着物をつくろいもせずにいきなり懐手をして、ぶらりぶらり帰っていった。
小さな部屋 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
すなわち材料そのものは、つとめて通常の材料をとり、これをできるだけ嘔吐おうとを催し、嫌悪けんおを起させる悪食に変化して食わせることに腕を見せる——というのが、今日の趣向であったのです。
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
叫喚、悲鳴、絶望、かれは室の中をのたうちまわった。軍服のボタンははずれ、胸の辺はかきむしられ、軍帽は頷紐あごひもをかけたまま押しつぶされ、顔から頬にかけては、嘔吐おうとした汚物が一面に附着した。
一兵卒 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
嘔吐おうと数回嗜眠状態ニアラセラルル旨イキトス号船長ヨリノ無電ニ接ス。
ナリン殿下への回想 (新字新仮名) / 橘外男(著)
この過去の怨靈をんりやう嘔吐おうとするか
展望 (旧字旧仮名) / 福士幸次郎(著)
私は舟の中で嘔吐おうともよおしました
苦心の学友 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
突きあげてきた嘔吐おうと
捨吉 (旧字新仮名) / 三好十郎(著)
しかして古雅幽玄なる消極的美の弊害は一種の厭味いやみを生じ、今日の俗宗匠の俳句の俗にして嘔吐おうとを催さしむるに至るを見るに
俳人蕪村 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
だが、長次は激しくせ、僅かばかり吸った水といっしょに、悪臭のあるものを嘔吐おうとし、脱力した躯をねじ曲げてもがいた。
赤ひげ診療譚:06 鶯ばか (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
いやいや、もっとひどいことは、この猫は臀の始末はよいが、口の始末が悪くて、ときどき嘔吐おうとするのである。
猫と庄造と二人のおんな (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
ドルセット街の場合など、検に立ち会った警官をはじめ、警察医まで、いきなりこの凄絶な場面に直面したためみな室の片隅に走って嘔吐おうとしたといわれている。
女肉を料理する男 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
六年ここに住んでいるうちに人間の汚ないところは大抵見悉みつくした。でも出る気にならない。いくら腹が立っても、いくら嘔吐おうともよおしそうでも、出る気にならない。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「舟旅の疲れです。それがしなど生来水に弱いので四、五日も江上をゆられてくると、いつも後で甚だしく疲労します。……いまも実はちと嘔吐おうとを催してきましたので」
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この山々と森林とを眺めていると、彼は急に洞穴ほらあなの空気が、嘔吐おうとを催すほど不快になった。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
わたしは何が終ったのやら何が始ったのやらわからなかった。火は消えたらしかった。二日目に息子が外の様子を見て戻って来た。ふらふらの青い顔でうずくまった。何か嘔吐おうとしていた。
鎮魂歌 (新字新仮名) / 原民喜(著)
実は急に胸元むなもとが悪くなって、嘔吐おうともよおしたのだ。そして軽い脳貧血にさえ襲われた。私は皆のすすめで室を後にし、別室のベッドに寝ていたのだ。それからかれこれ三時間は経った。
(新字新仮名) / 海野十三(著)
五日目には……彼は嘔吐おうとを催して新聞を投げ捨て、シルヴァン・コーンに言った。
ハロルド・ロイドの「防疫官」と題する喜劇を説明して居るとき嘔吐おうとを催おしたのであるが、真正のコレラであると決定した頃には、ぎっしりつまって居た観客は東京市中に散らばって
死の接吻 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
ほとんど通常の陸上の人から考えると嘔吐おうとを催すかもしれない、その女たちの風体、態度、その他一切の条件にもかかわらず、それを長い間そのために一切を捨ててたずねあぐんだ冒険者が
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)