“商(あきなひ)” の例文
お品(しな)は漸(やうや)く商(あきなひ)を覺(おぼ)えたといつて居(ゐ)たのはまだ其(そ)の夏(なつ)の頃(ころ)からである。初(はじ)めは極(きま)りが惡(わる)くて他人(たにん)の閾(しきゐ)を跨(また)ぐのを逡巡(もぢ/\)して居(ゐ)た。
土 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
又一方には貸倒(かしだふれ)の損耗あるを思へば、所詮(しよせん)仆(たふ)し、仆さるるは商(あきなひ)の習と、お峯は自(おのづか)ら意(こころ)を強うして、この老女(ろうによ)の狂(くるひ)を発せしを、夫の為(な)せる業(わざ)とは毫(つゆ)も思ひ寄(よす)るにあらざりき。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
何(な)んだ玉子酒(たまござけ)をして食(く)ひやがつて、亭主(ていしゆ)は山越(やまごえ)をして方々(はう/″\)商(あきなひ)をしてゐるに、嬶(かゝ)アは玉子酒(たまござけ)をして食(くら)やアがる、まだあまつてゐるが飲(の)んでやれ、オイ誰(だれ)だおくまか、どこへ行(い)つたんだ。
柳屋(やなぎや)は土地(とち)で老鋪(しにせ)だけれども、手廣(てびろ)く商(あきなひ)をするのではなく、八九十軒(けん)もあらう百軒(けん)足(た)らずの此(こ)の部落(ぶらく)だけを花主(とくい)にして、今代(こんだい)は喜藏(きざう)といふ若(わか)い亭主(ていしゆ)が、自分(じぶん)で賣(う)りに𢌞(まは)るばかりであるから
三尺角 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
表(おもて)の鹽物(しほもの)やが野郎(やらう)と一處(しよ)に、蜆(しゞみ)を買(か)ひ出(だ)しては足(あし)の及(およ)ぶだけ擔(かつ)ぎ廻(まわ)り、野郎(やらう)が八錢(せん)うれば十錢(せん)の商(あきなひ)ひは必(かな)らずある、一つは天道(てんたう)さまが奴(やつこ)の孝行(かう/\)を見徹(みとほ)してか、兎(と)なり角(かく)なり藥代(くすりだい)は三が働(はたら)き
大つごもり (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
もしも私が商(あきなひ)をするとすれば
色ガラスの街 (新字旧仮名) / 尾形亀之助(著)
其(そ)の日(ひ)お品(しな)は勘次(かんじ)を出(だ)して情(なさけ)ないやうな心持(こゝろもち)がして居(ゐ)たのであるが、思(おも)つたよりは商(あきなひ)をして來(き)て呉(く)れたので一日(にち)の不足(ふそく)が全(まつた)く恢復(くわいふく)された。さうして
土 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
商(あきなひ)に出(で)た留守(るす)の、晝過(ひるすぎ)は森(しん)として、柳(やなぎ)の蔭(かげ)に腰障子(こししやうじ)が閉(し)まつて居(ゐ)る、樹(き)の下(した)、店(みせ)の前(まへ)から入口(いりくち)へ懸(か)けて、地(ぢ)の窪(くぼ)むだ、泥濘(ぬかるみ)を埋(う)めるため、一面(いちめん)に貝殼(かひがら)が敷(し)いてある、白(しろ)いの、半分(はんぶん)黒(くろ)いの、薄紅(うすべに)
三尺角 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
午餐(ひる)もお品(しな)は欲(ほ)しくなかつた。自分(じぶん)でも今日(けふ)は商(あきなひ)に出(で)られないと諦(あきら)めた。明日(あす)に成(な)つたらばと思(おも)つて居(ゐ)た。然(しか)しそれは空頼(そらだのみ)であつた。お品(しな)は依然(いぜん)として枕(まくら)を離(はな)れられない。
土 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)