呪詛じゅそ)” の例文
それは、自分の耳で実際に聞いた人でない限り、想像もつかぬような叫喚であった。祈りの文句もあったし、呪詛じゅその叫びもあった。
それを聞いて第二は幾たび怒り、幾たび呪詛じゅそしたかしれなかった。世間の機構の不公正に対して、人間の狡猾こうかつと冷酷無情に対して……。
はたし状 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
前者から出て来るものは何であるか? 大なる呪詛じゅそ、切歯、憎悪、自暴自棄の悪念、人類の団結に対する憤怒の叫び、天に対する嘲笑。
坑道——ディグスビイの酷烈な呪詛じゅその意志をめたこの一道の闇は、壁間をい階層の間隙を歩いて、何処いずこへ辿りつくのだろうか。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
この勢いと時代のまえには、多年念仏門を呪詛じゅそしていたあらゆる呪詛も、声をひそめてしまった。権力も、それには従うほかなかった。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
だれとも知れぬものへの呪詛じゅそつぶやきつつ、いつのまにか彼は眠っていた。妻が部屋に入り、扉を閉めたのはそのあいだだった。
待っている女 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
屋敷にいると、人間の呪詛じゅそで固まったお銀様が、高いところへ来ると、少なくとも人間界を下に見るか、或いは水平線に見ることができる。
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
神経の発作、涙の洪水、憤激した罵詈ばり、クリストフにたいする呪詛じゅそ……。め切ったとびら越しに、激怒の叫びが聞こえていた。
そこでおれは擾乱じょうらん呪詛じゅそをかけて地水火風を呪った。すると今まで少しの風もなかった空に恐ろしい嵐が吹き起って来た。
吒幾爾だきにの密法は容易ならざる呪詛じゅそであって、もし神々がそれを受けない時には還着於本人げんちゃくおほんにんと言ってのろったものに呪詛がかえるのだからといって。
俊寛 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
清盛の怒りはとどまるところを知らず、あらゆる呪詛じゅそを頼朝に浴せかけたが、側近もこんなに怒っている清盛を見たことはまだ一ぺんもなかった。
唐沢の家を呪詛じゅそするような、その不快な通知状は、その翌日もその又翌日も、無心な配達夫にって運ばれて来た。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
……今試験のため、すなわちパンのために、恨みをのみ涙をのんでこの書を読む。岑々しんしんたるかしらをおさえて未来永劫えいごうに試験制度を呪詛じゅそすることを記憶せよ
三四郎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
あの時の僕を考えて見れば、確かに、失意と、惨めさの意識との中で呻吟しんぎんして、自らを呪詛じゅそする季節にいたのだ。
二十歳のエチュード (新字新仮名) / 原口統三(著)
兄を見捨てよ、おれになびけと、頼長は聞くに堪えないような侮蔑と呪詛じゅそとを兄の上に投げ付けて、しいて玉藻を自分の手にもぎ取ろうとしたのであった。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
取り残された倉地はあきれてしばらく立っているようだったが、やがて英語で乱暴な呪詛じゅそを口走りながら、いきなり部屋を出て葉子のあとを追って来た。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
『古史通』に「『神代巻抄』に人を呪詛じゅそする符などをば後様うしろざまに棄つる時は我身に負わぬという、反鼻へびをも後様に棄つれば再び帰り来らずというと見えたり」
ぬしもおわさばきこし召せ、かくの通りの青道心。何を頼みに得脱成仏とくだつじょうぶつ回向えこういたそう。何を力に、退散の呪詛じゅそを申そう。御姿おんすがたを見せたまわばひとえに礼拝をつかまつる。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
口伝くでん玄秘げんぴの術として、明らかになっていないが、医術と、祈祷きとうとを基礎とした呪詛じゅそ調伏ちょうぶく術の一種であった。
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
呪詛じゅその価充分なる私の手記を読んでタイプライタアで打ち、同時に粗糙そぞうなるを流暢に、曖昧あいまいなるを平易にし
ややもすれば、新しい現代の生活を呪詛じゅそして、かびの生えた因習思想を維持しようとする人たちを見受けます。
「女らしさ」とは何か (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
この男の呪詛じゅそと怨恨の対象は昔自分の恋を容れてくれなかったサラマンカ時代の初恋の女にあったのです。
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
そのお寺の宗旨が「秘密」とか、「禁厭まじない」とか、「呪詛じゅそ」とか云うものに縁の深い真言宗であることも、私の好奇心を誘うて、妄想もうそうはぐくませるには恰好かっこうであった。
秘密 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
しばしば田作りをみ荒らすを憎み、それを呪詛じゅそして無力ならしめようとするだけであるが、次のような発端の数句があって、それが是からの問題になるのである。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
恋愛の幸福に酔う美しい女の上にも、その幸福に薄いあらゆる女の敵意が集まるであろう。それはやがて悪意に変じ呪詛じゅそに変ずる。人々はその恋人たちの不幸を願う。
古寺巡礼 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
今の世に珍しいその性格にきつけられたのだ。彼は肉体から遊離した心霊の存在を語った。そして呪詛じゅそとか前兆とかいうものを、心の底から信じているようにみえた。
暗黒星 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
とても帰られなくなりて今欧洲の大都たいとに遊ぶ人の心の如くに日本を呪詛じゅそせしものと存候このつぎ御来遊のせつは御一所に奈良へ出かけたきものに候さいよりよろしく 匆々
書かでもの記 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
イヤ去られた妻の呪詛じゅそが利いたのかも知らぬ。いつからという事も無く力寿はわずらい出した。当時は医術がなお幼かったとは云え、それでも相応に手の尽しかたは有った。
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
呪詛じゅそと嫉妬の声が、次第に集って、大楽だいらく源太郎、富永有隣ゆうりん小河真文おがわまさぶみ古松簡二ふるまつかんじ、高田源兵衛、初岡敬治、岡崎恭輔きょうすけなぞの政府顛覆てんぷくを計る陰謀血盟団が先ず徐々に動き出した。
流行暗殺節 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
そうすると、神聖なシンボルの真似をして、外部に呪詛じゅそをまき散らすことになるだろうよ
絶望、呪詛じゅそ捨鉢すてばち——悲劇の材料なら好みのまゝにわれ等の一家から拾えるであろう。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
道化役に当てめられた彼は、それが恐るべき呪詛じゅそであるとは知らないのである。
あめんちあ (新字新仮名) / 富ノ沢麟太郎(著)
つまり、私の忘れていた独乙語のほとんどすべてが呪詛じゅその文字だったのである。
旅の絵 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
理由もなく何か満ち足りない感じがいつもしていたし、世間からの呪詛じゅそや、子供たちの悩みも思われて、彼の神経はいつも刃物をもって追いけられているにもひとしい不安におびえていた。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
こんな場合にはまたどんな呪詛じゅそが行なわれるかもしれない、皇子にまでわざわいを及ぼしてはとの心づかいから、皇子だけを宮中にとどめて、目だたぬように御息所だけが退出するのであった。
源氏物語:01 桐壺 (新字新仮名) / 紫式部(著)
「困った事にはこの浮世には、私と反対な立場にいて私に反対する悪い奴がいる。悪、不平等、呪詛じゅそ、無慈悲、こういう物の持ち主で、やはり私と同じようにあらゆる人間に付きまとっている」
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
思いきった呪詛じゅそが浴びせられ、ずいぶん聞き苦しい毒舌も吐きちらされた。
これ天の呪詛じゅそを受けたるものと自覚しとうとうやめちまいました。
漱石氏と私 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
呪詛じゅそとの驚くべき表現が遂げられると言い得るだろう。
嫉妬しっとの神は全身呪詛じゅそのみどりにられていよう!
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
つまり、このディグスビイの呪詛じゅそと云うのは、『死の舞踏トーテン・タンツ』に記されている、奢那教徒は地獄の底に横たわらんジャイニスツ・アンダーライ・ビロウ・インフェルノ——の本体なんだよ
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
法城は呪詛じゅその炎に焼かれざるはなく、百姓、商人、工匠たくみたちの凡下ぼんげは、住むべき家にもまどい、飢寒きかんに泣く。——まず、そうした世の中じゃ。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼は上賀茂かみがもの神社の後ろの森の中に呪詛じゅその壇を築いて、百夜ももよの間吒幾爾だきに密法みっぽうを行じました。宗盛をのろい殺すために。
俊寛 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
なんらの呪詛じゅそと反抗の形式を外に現わさずに、わが身を殺すだけで甘んじ得られるかどうか、そこはわからない。
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
舗石しきいし、泥土、はり、鉄棒、ぼろ、ガラスの破片、腰のぬけた椅子いす、青物のしん、錠前、くず、および呪詛じゅその念などから成っていた。偉大であり、また卑賤であった。
「……ああ! こんなことになるとは!」ボーモンは呪詛じゅそするように両手を上げ、ヒステリックに叫んだ。
蒐集 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
あるいはすべての結婚なるものをみずか呪詛じゅそしながら、新郎と新婦の手を握らせなければならない仲人なこうどの喜劇と悲劇とを同時に感じつつすわっていたかも知れない。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
葉子の病的な呪詛じゅその犠牲となり、突然死病に取りつかれて、夢にもうつつにも思いもかけなかった死と向かい合って、ひたすらに恐れおののいている、その姿は
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
六郎兵衛は歯を剥きだし、まるで呪詛じゅその呻きのように、歯と歯のあいだから呟いた、「石川兵庫介か」
巫男子の衣を著け冠幘かんさく帯素し皇后と寝居し相愛夫婦のごとし、上聞いて侍御を究治す。巫后と妖蠱ようこ呪詛じゅそし女にして男淫するを以て皆つみに伏す、皇后を廃して長安宮に置くと。