卑怯ひきょう)” の例文
彼は暴力の法螺吹ほらふきだった。中流人の卑怯ひきょうさを見通していて、実際以上に強がったふうをしながら、中流人を脅かす真似まね事をしていた。
けれどもどの弁護もKに対して面と向うには足りませんでした、卑怯ひきょうな私はついに自分で自分をKに説明するのがいやになったのです。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
卑怯ひきょう!」と叫んだは十三郎の部下、これも一斉にすっぱ抜くと、与左衛門の部下を押しへだて、ジ——ッと、一列に構え込んだ。
二人町奴 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
……卑怯ひきょうだよ、ずるいよ、……もう、いい、僕だってもう遠慮しない、先輩の悪口を公然と言う、たたかう、……あんまり、ひどいよ。
美男子と煙草 (新字新仮名) / 太宰治(著)
ぼく母親ははおやは、子供こども時分じぶんから、ぼく教育きょういくするのに、いつも、いかなる場合ばあいでも、卑怯ひきょうなまねをしてはならぬといいきかせたものだ。
戦友 (新字新仮名) / 小川未明(著)
かの人たちは皆利己主義的生活または個人主義的生活に余りに忠実であって、それ以上の高級な生活への飛躍に卑怯ひきょうであるのです。
三面一体の生活へ (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
女の子をさらうような、卑怯ひきょうな野郎に負けようとは思いも寄らない、私が見張っているうちは、指も差させるこっちゃありませんよ
卑怯ひきょうなものはそれでもみんな入っちまうよ。環のまん中に名高い、ヘルマン大佐がいるんだ。人間じゃないよ。僕たちの方のだよ。
風野又三郎 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
そう思いながらも、彼は、さすがに自分の卑怯ひきょうを恥じた。そうして口にくわえた太刀を、右手めてにとって、おもむろに血をぬぐった。
偸盗 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
すなわち金をもうけるのも儲ける道を純白にし、卑怯ひきょうな方法にて儲くれば、これ奮闘ふんとうの敗北なりとみなし、また高き位地を得るにしても
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
そういう卑怯ひきょうな念は、恋をしてる場合にことによく起こってくる。いとうべき事情を極度に聞きただすのは、賢明なことではない。
「住蓮は、首尾よく、岡崎の善信御房のところへ行き着いたろうか」そう考えると、彼もじっとしていることは、卑怯ひきょうに思われてきた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
卑怯ひきょうな、未練な、おなじ処をとぼついた男の影は、のめのめと活きて、ここに仙晶寺のいしだんの中途に、腰を掛けているのであった。
縷紅新草 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
卑怯ひきょうな低劣さでもって、この通俗を通俗として恐れ、その真実であり必然である人間性の通俗から遠ざかれば遠ざかるに従って
純粋小説論 (新字新仮名) / 横光利一(著)
奴らも今になってそんな卑怯ひきょうなことを言いだすくらいなら、何と思ってはるばる江戸まで下ってきたのだ? 俺にはその了簡りょうけんが分らないね
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
いつわりとは思いも寄らねば、その心に任せけるに、さても世には卑怯ひきょうの男もあるものかな、彼はそのまま奔竄ほんざんして、つい行衛ゆくえくらましたり。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
けど僕そんな卑怯ひきょう真似まねする人間でないことは、これわざわざあんたのとこい持って来てお預けするのでも分るやありませんか。
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
共々言外のところにらたな意味を感じ当てたいという考えであるが、これは未熟を弥縫びほうする卑怯ひきょうな手段のようにも見えるが
文章の一形式 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
けい 卑怯ひきょうですよそれは。そんなこと今になって仰言しゃるぐらいなら、なぜ今迄私のすることを黙ってみてらしったのです。
女の一生 (新字新仮名) / 森本薫(著)
拷問は決してフェアなものではありません。もっと強く云えば、卑怯ひきょうな手段です。僕はこのことを、明智さんにお伝え願いたいと思うのです
月と手袋 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
悲しいかな、私たちの知識が私たちを卑怯ひきょうにしなかった場合は少ない。そうしてこれが作物の生気を奪わなかった場合は少ない。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
かれは、しかし、懸命けんめいに自分を落ちつけて先を読んだ。今となっては、手紙を読みやめるのが卑怯ひきょうなような気がしたのである。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
こうした事態の下に於て、いかに詩人が圧屈され、卑怯ひきょうなおどおどした人物にまで、ねじけて成長せねばならないだろうか。
詩の原理 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
なあに、途中で飯岡方に出くわしても、親に逢うまでは命は大事だ、たとえ卑怯ひきょうな真似をしても、邪魔する奴は叩ッ斬るよ。
瞼の母 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
老いを忘れる為に思ひ出にふけるとは卑怯ひきょうな振舞ひとして、秋成はかねがね自分をいましめてゐた。過ぐ世をも顧りみない、行く末も気にかけない。
上田秋成の晩年 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
およそ一箇月ばかりたって本当の喫烟客になった。処が例の酒だ。何としても忘れられない。卑怯ひきょうとは知りながら一寸ちょい一盃いっぱいやって見るとたまらない。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
立合わないといえば卑怯ひきょうの名を立てられる——そこで道場の大先生が直接にお前と立合をすべく、道場の真中へ下りて来る。
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ただ磯五の卑怯ひきょうな仕草はいうまでもないが、何ゆえこんな泥棒のようなことをして引ったくらなければならないのだろうか。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
またたとえお給金のことがなくとも、——一旦こうと約束した以上、反古ほごにして逃げるなどという卑怯ひきょうな真似はできませぬ
松林蝙也 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
お父様が信任していらっしゃる木下をまで、買収してお父様をわなに陥し入れるなど、悪魔さえ恥じるような卑怯ひきょうな事を致すのでございますもの。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
わたし卑怯ひきょうはいやだから信じます……神様はわたしみたいなものをどうなさるか、しっかり目を明いて最後まで見ています
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
もっとも、有りふれた「無題」とか「断片」とかいう種類のものにすればいちばん無難ではあるが、それもなんだかあまり卑怯ひきょうなような気がする。
自由画稿 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
相手は存外卑怯ひきょうやつであった。むなぐらを振り放ししなに、持っていた白刃しらはを三右衛門に投げ付けて、廊下へ逃げ出した。
護持院原の敵討 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
知っているものか。おれさえ何かに触れればそれにくッつこうとしているのに、おれはなんだか少し卑怯ひきょうになっている。
童子 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
「一番先に答案ができたのは柳だ、それに柳が阪井を救わずに教室を出たのは卑怯ひきょうだ、利己主義りこしゅぎだといったのはだれか」
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
「よし、機械の調子はしごく良好りょうこうだ。それではだまって爆撃するのも卑怯ひきょうだから、X号に最後の宣告せんこくをくだしてやろう」
超人間X号 (新字新仮名) / 海野十三(著)
如何に剛胆な政宗でも、コリャ迂闊うかつには、と思ったことで有ろう。けれども我儘わがままに出席をことわる訳にはならぬ、虚病も卑怯ひきょうである。是非が無い。
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
卑怯ひきょうな、だめな男だ。私はまじめな人間じゃない。しかし、あの歌を歌っている人はきっとちがう。あの声は、鋭い刃物のように私を刺してくれる。
軍国歌謡集 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
「その猜疑うたがいことわりなれど、やつがれすでに罪を悔い、心を翻へせしからは、などて卑怯ひきょうなる挙動ふるまいをせんや。さるにても黄金ぬしは、怎麼いかにしてかくつつがなきぞ」
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
技術者たちが卑怯ひきょうと言えば、確かにその通りであるが、実際にはこの種の熱病の蔓延まんえんは、二人や三人の人間の力で喰い止め得るものではないのである。
千里眼その他 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
「よくも、よくも、あなたは佐々木を毒殺しましたね? 卑怯ひきょうもの! わからぬと思ったのは大間ちがい、佐々木は予防注射を何回も受けたのよ……」
死の接吻 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
闇打ちは卑怯ひきょうなことと、お胸の中で、何処かおくれがおありでありましたろうし、それに、日頃信心の、神仏の御加護があったためでもござりましたろう。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
「ああ淋しい」を「あな淋し」といわねば満足されぬ心には、無用の手続があり、回避があり、ごまかしがある。それらは一種の卑怯ひきょうでなければならぬ。
弓町より (新字新仮名) / 石川啄木(著)
いったん浪士らが金沢藩にくだったと見ると、虎の威を借りて刑戮けいりくをほしいままにするとはなんという卑怯ひきょうさだと。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
虫がよくって、不信実で、卑怯ひきょうで、あとでおきまりの痛悔こんちりさんがらつさを唱えさえすればどんなひどい罪でもキレイにつぐなわれると思い込んでいるのですものね。
「そんな卑怯ひきょう真似まねしやしないわヨ。心配なら一緒にそこまでいらっしゃいよ。わたしが帰らないと、いつまでも下のおばさんがかぎをかけずに置くから。」
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
しかし、このいんちきがたれの手から出たことか、そしてたれのいいつけでわたくしが卑怯ひきょうなまねをしたのか、神様ばかりはようく御承知でございますよ。
孝「卑怯ひきょうだ、源次郎、下人げにんや女をこゝへ出して雑木山に隠れているか、手前てめえも立派な侍じゃアないか、卑怯だ」
「わたしはそんな卑怯ひきょうな男じゃないです。わたしは自分の行為には生命を投げ出して責任を持っています」
仮装観桜会 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
こそこそまるで悪いことでもしてるように、うまくもない文章を紙に書き並べて、逃腰にげごし半分で打明けるなんてのは、第一、男らしくもないし、……それに卑怯ひきょうだ。
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)