いささ)” の例文
そのご奉公にきずのないようにするためには、いささかでも家政に緩みがあってはなりません、あるじのご奉公が身命をしているように
日本婦道記:梅咲きぬ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
取るに足らぬ女性の嫉妬しっとから、いささかのかすり傷を受けても、彼はうらみのやいばを受けたように得意になり、たかだか二万フランの借金にも、彼は
虚構の春 (新字新仮名) / 太宰治(著)
新しく気の付いたことは、剣の角度が胸と正確に直角なことと、刃が水平にいささかの狂いもなく肋骨の間に突っ立っていることなどです。
まず表になる方を比較的ゆっくり丁寧に焼き、裏はいささか強く焼き上げる。焼くときは団扇うちわを用いて脂をよけることが肝心である。
若鮎の塩焼き (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
では森下雨村氏といえども気遅ればかりを標榜し(或いはうでは無いかもしれぬが)創作をしないという事は、いささか当を得ないようである。
あのゲーム取りと南洋の男に、いささかも関係はなかったと誰が云い得る? そして犯行は、決して物盗りが原因とは云えないのではないか。
撞球室の七人 (新字新仮名) / 橋本五郎(著)
この訴えからいささかでもよいものを聴き分けるよい耳の持主があったならば、そしてその人が彼の為めによき環境を準備してくれたならば
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
余輩は区々たる一二鼠輩そはいを相手に論議する事を好まずと雖も、陋劣なる平凡主義者の実例として更にいささか記する処なき能はず。
警戒すべき日本 (新字旧仮名) / 押川春浪(著)
一日も早く父に代り度いが為の策謀と明らかに知れ、趙簡子も流石さすがいささか不快だったが、一方衛侯の忘恩も又必ず懲さねばならぬと考えた。
盈虚 (新字新仮名) / 中島敦(著)
その苦しみが如何ほど深くとも、それはしかくあるべき事で、それはいささかもほこりとす可きでは無い。それはよく知つてゐる。
雀の卵 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
私は俳句は季題諷詠、即ち花鳥諷詠の詩であるということを当然過ぎるほど当然な言葉であるとしていささかも疑う所がない。
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
況んや蘇峰先生の名は反動思想のいささか頭をもたげんとしつゝある今日に於て又少からず社会の注目を惹くべきに於てをや。
困ったことになったといささ悄気しょげていると、これは幸いにして帝国ホテルへ着いて当座の荷を解くと、その鞄の一つから現れたのでまずほっとした。
とばかりも言っておられまいから、いささか泣言を並べることにする。飜訳をしながらず何よりも苦々しく思うのは、現代日本語のぶざまさ加減である。
翻訳遅疑の説 (新字新仮名) / 神西清(著)
礼助は否、と云ひ切れはしなかつた。彼は固いままの顔をいささか赤くして、咄嗟とつさに何とか云はなければならなかつた。
曠日 (新字旧仮名) / 佐佐木茂索(著)
然るに此神輿は、旧き獅子頭のみにていささかの彩りなく、古風に不器用なるものなり。家の如き形したる物に入れて、禰宜ねぎ一人して頭に頂きて行くなり。
獅子舞雑考 (新字新仮名) / 中山太郎(著)
そういう折にまた娘婿のこの哀れなさまを見せ、その無残な死にざまを話さねばならぬと思うと、先生もいささか辛すぎて身を切られるような心持がする。
ところが、仮令たとえこれだけの疑題クエスチョネーアを提供されても、その結論に至って、僕等はいささかもまごつくところはないのだよ。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
ほんとうに筋道立てた議論を吐く押しのく人物というものがあまり居りませんし、あなたの属している中立や政友会などの党派にはいささかも驚きませんが
糞尿譚 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
このようにいささか感傷のあとをとどめた文体は気になる点が多いのだけれども、あえて気のついた誤植をただすほか、一切文章に手を加えないでもとのままに止めた。
中世の文学伝統 (新字新仮名) / 風巻景次郎(著)
何しろ横浜のメリケン波戸場はとばの事だから、いささ恰好かっこうちがった人間たちが、沢山たくさん、気取ってブラついていた。
淫売婦 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
で武蔵の著した兵法三十五ヵ条を見ても、二刀の利とか用いようなどということはいささかも書いていない。
随筆 宮本武蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
これに対して東洋諸国はどうであるか、その弱点多き中にもこの重要なる婦人問題の解決されぬ事は、少なくとも東洋の道徳にいささかの進歩なきを証するものである。
婦人問題解決の急務 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
即ち作者は圓朝若き日のそが悶々の姿をば、いささか写し出さむと試みたりけり。拙筆、果たしてよくその大任を為しおわせたるや否や。看官みるひと、深く咎め給わざらむことを。
小説 円朝 (新字新仮名) / 正岡容(著)
案に相違してろくなものはやって来なかったので、私はいささかならず自尊心を傷けられたものであった。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
だもんで下にいて、いささか能率低下なの。家で夏をすごすのは四年目です。ではどうか御機嫌よく。
病巣に石灰壁せっかいへきを作る方法といささか似ているが、白石博士の固化法では、病巣の第一層を、或る有機物から成る新発明の材料でもって、強靱きょうじんでしかも可撓かとう密着壁膜みっちゃくへきまくをつくり
振動魔 (新字新仮名) / 海野十三(著)
上等のバタを使うので、出来上できあがりがねっとりしていていささ無気味ぶきみに感ぜられる。蛙はむしろラードのようなものでからりとげた方があっさりしていてよくはないだろうか。
異国食餌抄 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
乃ちこゝろにこれをたづねつつ漫吟し得ていささか意を遣りぬ。詞の稚拙は既に恥ぢざるなり。
土人かしらと、いささ唖然あぜんとしていると「あなた達、英語出来ないんですねエ」と軽蔑けいべつしたように、初めて日本語を使った——その小生意気な運転手君に連れられて一同と共に
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
ですから、虚偽の体形書でもなければ詐欺でもなくいささかも犯罪は構成してはおりませぬ。
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
「実に武略の人よ」と家康は、讃嘆したとあるが、これはいささかテレ隠しであったろう。
真田幸村 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
先生は陸軍省の医務局長室で私に対談せられる時にもきまって葉巻をすすめられる。もし先生の生涯にいささかたりとも贅沢らしい事があるとするならば、それはこの葉巻だけであろう。
きゃつ何を言うかといささか好奇心も手つだって、それとなく注意していた満座の中で、妙に油御用のことにこだわって長ながと饒舌しゃべり出したのだから、つまらないことであるだけに
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
『八犬伝』もまた末尾に近づくにしたがって強弩きょうどの末魯縞ろこう穿うがつあたわざるうらみがいささかないではないが、二十八年間の長きにわたって喜寿に近づき、殊に最後の数年間は眼疾を憂い
八犬伝談余 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
患者が身体の何処かにいささかでも疼痛とうつうを感じたような場合には、間髪を入れず外科医を招いて処置しなければ手後れになる危険がある、それは実に寸秒を争うのである、と云っていた。
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
栄二 いささか不審尋問の形をそなえていますね。姉さんの話というのはそれですか。
女の一生 (新字新仮名) / 森本薫(著)
今夜どういうものか機嫌が悪くて、いささか持てあましていたマタ・アリが、急に天候回復して少女のようにねだりだしたのだから、彼は、カイゼルが降参こうさんしたように嬉しかったのだろう。
戦雲を駆る女怪 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
実行をしていささかの危なげのないことをお松が信じているから、それで、いつもよりは、一層の晴々しさをもって、与八に提言してみたのは、むろん与八も二つ返事と信じきっていたのに
大菩薩峠:31 勿来の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
しかも、落葉のずれはあたらしいいささかの乱れを見せていたが、まごう方もない女の足あとだった。経之は池をまわり、広庭につづく、ひとつは塗籠くらへ、ひとつは定明の館に通ずる径を行った。
野に臥す者 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
有体ありていにいえば、妾は幼時の男装を恥じて以来、天の女性に賜わりし特色をもていささかなりとも世に尽さん考えなりしに、はからずも殺風景の事件にくみしたればこそ、かかる誤認をも招きたるならめ。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
彼は角井の悪意に満ちた言葉にいささかも疑いを挟まなかった。いよいよ自分の直観の鋭さを示す時が来たと躍起やっきになって、彼は今度は朝鮮民族を検分するかのような物腰で自分から先に口を切った。
天馬 (新字新仮名) / 金史良(著)
奇異ともいおう、一寸ちょっと微妙なまわり合わせがある。これは、ざっと十年も後の事で、糸七もいくらか稼げる、東京でいささかながら業を得た家業だから雑誌おあつらえの随筆のようで、一度話した覚えがある。
遺稿:02 遺稿 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
私の精神にいささかの条件反射のあともない
智恵子抄 (新字旧仮名) / 高村光太郎(著)
邪魔だったから、そうしなければ都合が悪かったから、親子の情などは感じもせず、いささかのみれんもなく遣ってしまったのである。
いさましい話 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
私は今日初めて明るい紫紺しこん金釦きんぼたん上衣うわぎを引っかけて見た。藍鼠あいねずみの大柄のズボンの、このゴルフの服はいささかはで過ぎて市中しちゅうは歩かれなかった。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
現在我々の味わいつつある感動が直ぐに其の儘作品の上に現れることを期待するのもいささか性急に過ぎるように思われる。
章魚木の下で (新字新仮名) / 中島敦(著)
誰も見ていないと思って自分の寝室でいかなる行動にいづるか——聖なる神秘はあなた方の行手に! これによってまずいささかの御満足を与え得れば
泳ぎにかけては、丹波丹六のなんとか流には及びませんが、オールを取っては学生時代からいささかの自信があります。
だが話がいささか横道にそれた。チェーホフのユーモアは大切な問題で、節を改めて別に考察する必要があるだろう。