不恰好ぶかっこう)” の例文
しかし、そこに伏せてあったのは胴がふくれていてかたちが悪く、外側が青いペンキで塗ってあり、見るからに鈍重で不恰好ぶかっこうだった。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
突然庫裏くりの方から、声を震わせて梵妻だいこくが現われた。手にくわのような堅い棒を持ち、ふとった体を不恰好ぶかっこうに波うたせ、血相かえて来た。
果樹 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
しかしその上にはあいにく一枚の紙もなかったので、彼はそこに備え付けの大きな吸取紙の上に不恰好ぶかっこうな字をいくつもにじませて行った。
ルウベンスの偽画 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
こんな事を思っている内に、故郷の町はずれの、田圃たんぼの中に、じめじめした処へ土を盛って、不恰好ぶかっこうに造ったペンキ塗の会堂が目に浮ぶ。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
そして年か衰弱のせいのように傴僂せむしになっていて、頭巾ずきん附の大きな古びたぼろぼろの水夫マントを着ているので、実に不恰好ぶかっこうな姿に見えた。
血ぶくれになった蚯蚓みみずの胴のようなものが関節ごとに不恰好ぶかっこうにくびれ、ふやけた肉のかたまりとなっていずりまわっている。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
腰附、肩附、歩行あるふりっちて附着くッつけたような不恰好ぶかっこう天窓あたまの工合、どう見ても按摩だね、盲人めくららしい、めんない千鳥よ。
歌行灯 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
この土地には多い孟宗竹もうそうだけの根ッこで竹の柄杓ひしゃくとかはしとかを作るのだが、不恰好ぶかっこうで重たくてもまだ百姓達の間には売れた。
冬枯れ (新字新仮名) / 徳永直(著)
これを見た大辻は、大あわてで、そのあとから不恰好ぶかっこうな巨体をゆるがせて、正太についてくる。正太は一生けんめいだ。
人造人間エフ氏 (新字新仮名) / 海野十三(著)
S村でたった一度話しをしたことのある山北鶴子の面影おもかげを、その不恰好ぶかっこうな洋髪や、厚化粧の白粉の下から、ハッキリ思い浮べることが出来たのです
(新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
右近はこれによって九州という所がよい所であるように思われたが、また昔の朋輩ほうばいが皆不恰好ぶかっこうな女になっているのであったから不思議でならなかった。
源氏物語:22 玉鬘 (新字新仮名) / 紫式部(著)
見れば、不恰好ぶかっこうな短い羽をひろげて、舞揚ろうとして、やがてぱったり落ちるように草の中へ引隠れるのでした。
藁草履 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
立って激しく活動をする人形がへんに不恰好ぶかっこうなのは、そうすると下半身が宙に浮くことを防ぎきれないで、いくらかダークの操りの弊に陥るからであろう。
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
そこを出ると、和泉屋は不恰好ぶかっこうな長い二重廻しのそでをヒラヒラさせて、一足ひとあし先にお作の仲間と一緒に帰った。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
ただ、その身体の形を不恰好ぶかっこうにして見せるのは、最初から両手を後ろに廻しっきりにしているからです。
大菩薩峠:18 安房の国の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
私はメリーのためにも、少し大きめの小屋をこしらえた。やがては、仔どもも産れることだし。私は小屋の作製にまる二日を費した。随分不恰好ぶかっこうな小屋が出来上った。
犬の生活 (新字新仮名) / 小山清(著)
そう「庭整はず」というほどの不恰好ぶかっこうさは示さないのであるけれども、まだろくろく庭師を入れたというでもなく、手当り次第に雑木ぞうきを植えたというに過ぎない庭であるから
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
そでが長過ぎて、えりがおっぴらいて、背中せなかへ池が出来て、わきの下が釣るし上がっている。いくら不恰好ぶかっこうに作ろうと云ったって、こうまで念を入れて形をくずす訳にはゆかないだろう。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
道化役の白い衣裳いしょう不恰好ぶかっこうゆがんでつるされたやうにエクランの中心を横切つたりした。その白ぼけた光がある時はエクラン一ぱいに膨らみ、客席の人の顔を鈍く照し出すのだつた。
青いポアン (新字旧仮名) / 神西清(著)
鬱蒼こんもりとしたやなぎの緑がかれの上になびいた。楊樹やなぎにさし入った夕日の光が細かな葉を一葉一葉明らかに見せている。不恰好ぶかっこうな低い屋根が地震でもあるかのように動揺しながら過ぎていく。
一兵卒 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
良吉はもはや出立したのかしらんと、急いで階下へ下りると、弟は竹の手のついた煙草盆をひざに載せている父親の前に不恰好ぶかっこうなお辞儀をして、これから出かけようとするところだった。
入江のほとり (新字新仮名) / 正宗白鳥(著)
函館の停車場に着くと彼はもうその建物の宏大もないのにきもをつぶしてしまった。不恰好ぶかっこうな二階建ての板家に過ぎないのだけれども、その一本の柱にも彼れは驚くべき費用を想像した。
カインの末裔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
その不恰好ぶかっこうなざまは、たちまち、皆に発見され、どッと笑いものにされてしまいました。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
あかだらけの手で、そら豆のような莫迦に大きな、不恰好ぶかっこうな丸薬をみだした。
勧善懲悪 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
それは単に博士ばかりではなく、傍にそれを見ている私でさえが、首を切断した胴体は、首のついていたときよりも更に大きく不恰好ぶかっこうで無気味で、何んとなくこう変になって来るのであった。
不恰好ぶかっこうの下駄をはいて、法達ほうたつの姿がそこの縁先から消えると、日本左衛門はただひとりで、せきとした方丈のなかに坐ったまま、何か考えこむように、左のへかろいこぶしをくり返している。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そう叫んで、私は百姓の向うずねを泥靴で力いっぱいにあげた。蹴たおして、それから澄んだ三白眼をくり抜く。泥靴はむなしく空を蹴ったのである。私は自身の不恰好ぶかっこうに気づいた。悲しく思った。
逆行 (新字新仮名) / 太宰治(著)
たとえば、庭のすみから、ちょろちょろと走り出て人もないのにみょうに、ひがんで、はにかんで、あわてて引き返す、トカゲとか、重い不恰好ぶかっこうな胴体をえて、まじまじとして居る、ひきがえるとか。
不恰好ぶかっこうな挨拶を云い出したかも知れなかったのである。
田舎医師の子 (新字新仮名) / 相馬泰三(著)
木の根のように不恰好ぶかっこうに大きいザラザラした手だった。
蟹工船 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
それでも、例の不恰好ぶかっこうな腹は、相変わらず動いている。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
彼はそこにあった、鉛のくずを叩き固めた様な重い不恰好ぶかっこう文鎮ぶんちんで、机の上を滅多無性めったむしょうに叩きつけながら、やけくその様にそんなことを怒鳴どなったりした。
夢遊病者の死 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
かごを出た鳥のように、町を、山の方へ、ひょいひょいとつえで飛んで、いや不恰好ぶかっこうな蛙です——両側は家続きで、ちょうど大崩壊おおくずれの、あの街道を見るように
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
なめらかな石の上に折重ねて小さなつちでコンコンたたいてくれたりした、その白い新鮮な感じのする足袋のじ紙を引き切って、甲高な、不恰好ぶかっこうな足に宛行あてがって見た。
足袋 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
彼は、前に言ったように舷牆に突き当って、そこで、気味の悪い不恰好ぶかっこうな人形のようにころがっていた。
老人はつと立って、例の不恰好ぶかっこうな厚着をした身体をぶるんとふるわせると、物もいわずに逃げだした。
四次元漂流 (新字新仮名) / 海野十三(著)
くしけずらない毛髪や不恰好ぶかっこうに結んだネクタイや悪い顔色などのなかに、踊り子の感化を見出している間
聖家族 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
中にはお銀が十六、七の時分、伯母と一緒に写した写真などがあった。顎が括れて一癖ありそうな顔も体も不恰好ぶかっこうに肥っていた。笹村はそれを高く持ちあげて笑い出した。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
くびの細い貧弱な男だからといって、姉さんはあの不恰好ぶかっこうな老人を良人おっとに持って、今だって知らないなどと言って私を軽蔑けいべつしているのだ。けれどもおまえは私の子になっておれ。
源氏物語:02 帚木 (新字新仮名) / 紫式部(著)
その隣に冠木門かぶきもんのあるのを見ると、色川国士別邸と不恰好ぶかっこうな木札に書いて釘附くぎづけにしてある。妙な姓名なので、新聞を読むうちに記憶していた、どこかの議員だったなと思って通る。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
女のほうはその感じが特にひどい。頭蓋ずがいのあらわな不恰好ぶかっこうさ、躯を動かすたびに揺れる重たげな乳房、厚く肉付いて、圧倒するような量感のある広い腰、そうして畸型きけいかと思われる曲った短い足。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
と言って、大熊の方は、まるで失神でもしたように、不恰好ぶかっこうに倒れたまま動かなかった。ただ虎の方で勝手に飛びかかり、勝手に飛び退いているように見えた。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
それは山家の者が手造てづくりにする不恰好ぶかっこう平常穿ふだんばきを指したもので、醜男子ぶおとこという意味をあらわしたものです。
藁草履 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
また、耳に環をめ、頬髯をくるくるとちぢらせ、タールまみれの弁髪を下げて、肩で風を切りながら、不恰好ぶかっこうな水夫歩きをやっている、老練な水夫たちをたくさん見た。
不恰好ぶかっこうな洋服を着たり、自転車に乗ったりして、一年中働いている自分が、すべて見くびっているつもりの男のために、好い工合に駆使されているのだとさえしか思われなかった。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「なるほど、そういえばちと不恰好ぶかっこうだね。でもいいよ、ちゃんと役に立つんだから」
諜報中継局 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「これへ載せておあげなさいまし。手でげては不恰好ぶかっこうな花ですもの」
源氏物語:04 夕顔 (新字新仮名) / 紫式部(著)
という字を不恰好ぶかっこうに書いた。
聖家族 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
将軍ひげいかめしい闘牛士は、金モールの胸から血を流して不恰好ぶかっこうにくずおれていた。彼は包囲の警官たちを威嚇いかくしていたピストルで、われとわが胸を射貫いぬいたのだ。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
腐りかけた草屋根の軒に近く、毎年虫に食われて弱って行く林檎りんごの幹が高瀬の眼に映った。短い不恰好ぶかっこうな枝は、その年も若葉を着けた。微かな甘い香がプンと彼の鼻へ来た。
岩石の間 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)