七宝しっぽう)” の例文
旧字:七寶
白いカフスが七宝しっぽう夫婦釦めおとボタンと共にかしゃと鳴る。一寸に余る金がくうかすめて橋のたもとに落ちた。落ちた煙は逆様さかさまに地からがる。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
青木外務大臣夫人の賞品七宝しっぽう花瓶とは、馬見所の玄関に飾られ、誰人がこの名誉の賞品をうべきかは、当場所第一の談柄だんぺいなりき。
それは細いヴェニス式の鎖をつけた、七宝しっぽう入りの立派な金時計で、ほかの衣裳いしょう持物と比べると、恐ろしく不調和なものだった。
いつの間にか、七宝しっぽうで飾った車に従者まで用意されている。尊慧が乗ると、途端に、車は西北の空に向ってかけのぼった。
金殿玉楼きんでんぎょくろうその影を緑波りょくはに流す処春風しゅんぷう柳絮りゅうじょは雪と飛び黄葉こうよう秋風しゅうふう菲々ひひとして舞うさまを想見おもいみればさながら青貝の屏風びょうぶ七宝しっぽうの古陶器を見る如き色彩の眩惑を覚ゆる。
少し離してみると、薄赤色に見えるほど細く井桁いげたを組んだり、七宝しっぽうで埋めたりするのが特徴といえる。
九谷焼 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
ただ音楽のみがその印象を語り得るであろう。極楽国土にある八つの池の一々には、六十億の七宝しっぽう蓮華れんげがあり、一々の蓮華は真円で四百八十里の大きさを持っている。
古寺巡礼 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
それへプラチナ鎖に七宝しっぽうが菊を刻んだメタルのかかった首飾りをして紫水晶の小粒の耳飾りを京子はして居た。その京子は内気で何か言おうとしても中々声が出ないのだ。
春:――二つの連作―― (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
おだててやった。「都に行くとお前は宝石店の飾り窓に七宝しっぽうはねをもった黄金の玉虫を見出すであろう。マーメイドの恋人の愛をつなぎたかったら宝石店の玉虫を送り給え。」
吊籠と月光と (新字新仮名) / 牧野信一(著)
彼女は夫の顔色には頓着とんじゃくなく、七宝しっぽう入りの両蓋りょうぶたの時計をキラリと胸のところで開いた。
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
すなはち京都四条坊門しじょうぼうもんに四町四方の地を寄進なつて、南蛮寺の建立を差許さるる。堂宇どうう七宝しっぽう瓔珞ようらく金襴きんらんはたにしき天蓋てんがいに荘厳をつくし、六十一種の名香は門外にあふれて行人こうじんの鼻をば打つ。
ハビアン説法 (新字旧仮名) / 神西清(著)
リラと暗紅色の七宝しっぽう模様が切嵌モザイクを作っていて、それと、天井に近い円廊をめぐっている壁画との対照が、中間に無装飾の壁があるだけいっそう引き立って、まさに形容を絶した色彩を作っていた。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
たまらず袖を巻いて唇をおおひながら、いきおひ釵とともに、やゝしろやかな手の伸びるのが、雪白せっぱくなる鵞鳥がちょう七宝しっぽう瓔珞ようらくを掛けた風情ふぜいなのを、無性髯ぶしょうひげで、チユツパと啜込すすりこむやうに、坊主は犬蹲いぬつくばいに成つて
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
それは燗徳利かんどくりを大きくした様な形で、花瓶かびんを描いたものではないかと思われた。彼はその中へ、非常に曖昧あいまいな書体で、「七宝しっぽう」と書いた。それを見ると、私は好奇心にかられて、思わず質問した。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
金や宝石で象嵌ぞうがんをして彫刻を施した七宝しっぽうの高脚の盃に、常春藤きづたの絡んだ壺から雪で冷やした蕃紅花サフランの香り高い酒が並々と注がれて、今沐浴から上ってきたらしい幾人かの美しい侍女が足許にひざまずいて
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
その前へ毛氈もうせんを二枚敷いて、床をかけるかわりにした。鮮やかなの色が、三味線の皮にも、ひく人の手にも、七宝しっぽう花菱はなびしの紋がえぐってある、華奢きゃしゃな桐の見台けんだいにも、あたたかく反射しているのである。
老年 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
七宝しっぽう夫婦釦めおとボタンなめらか淡紅色ときいろを緑の上に浮かして、華奢きゃしゃな金縁のなかに暖かく包まれている。背広せびろの地はひんの好い英吉利織イギリスおりである。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「——輪王りんのう位高けれど、七宝しっぽう永くとどまらず。世は末だ! 澆季澆季ぎょうきぎょうき」泣くように、月へさけんで、悠々と歩みをつづけて行く。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
七宝しっぽうの花瓶
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
冷たそうにぎらつく肌合はだあい七宝しっぽう製の花瓶かびん、その花瓶のなめらかな表面に流れる華麗はなやかな模様の色、卓上に運ばれた銀きせの丸盆、同じ色の角砂糖入と牛乳入
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
王允おういんは、秘蔵の黄金冠おうごんかんを、七宝しっぽうをもって飾らせ、音物いんもつとして、使者に持たせ、呂布の私邸へ贈り届けた。
三国志:03 群星の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その上にむらさきのうずまくは一朶いちだの暗き髪をつかねながらも額際ひたいぎわに浮かせたのである。金台に深紅しんく七宝しっぽうちりばめたヌーボー式のかんざしが紫の影から顔だけ出している。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それは、七宝しっぽうの珠玉や金銀のかがやかしいものではなかった、氷柱つららかんざしいばらにひとしいものである。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
城は本丸ほんまる、二ノ丸、三ノ丸にわかれ、中央ちゅうおうに八そう天主閣てんしゅかくそびえていた、二じゅう以下いか惣塗そうぬりごめ、五じゅうには廻廊かいろうをめぐらし、勾欄こうらんには鳳龍ほうりゅう彫琢ちょうたく、千じょうじきには七宝しっぽうはしら
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いざと云えば、っかいぼうに、尻を挙げるための、膝頭ひざがしらそろえた両手は、雪のようなカフスにこうまでおおわれて、くすんだ鼠縞ねずみじまの袖の下から、七宝しっぽう夫婦釦めおとボタンが、きらりと顔を出している。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
木鹿大王は白象にってきた。象のえりには金鈴をかけ七宝しっぽうの鞍をすえている。また身には銀襴ぎんらん戦袈裟いくさげさをかけ、金珠の首環くびわ、黄金の足環あしわ、腰には瓔珞ようらくを垂れて、大剣二振ふたふりをいていた。
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そして、この高野の大自然と七宝しっぽう大伽藍だいがらんの中につつまれて生き直った時
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)