ふたたび)” の例文
風の声も浪の水沫しぶきも、或は夜空の星の光も今はふたたび彼を誘つて、広漠とした太古の天地に、さまよはせる事は出来なくなつた。
老いたる素戔嗚尊 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
其が次第にひろがって、過ぎた日の様々な姿を、短い聯想れんそうひもに貫いて行く。そうして明るい意思が、彼の人の死枯しにがれたからだに、ふたたび立ち直って来た。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
彼は何時いつになく少し赤面して俯向うつむいた。然しふたたび顔を上げた時は、平生の通り静かな悪びれない態度を回復していた。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
代匠記に、「草深キ野ニハ鹿ヤ鳥ナドノ多ケレバ、宇智野ヲホメテふたたび云也いふなり」。古義に、「けふの御かり御獲物えもの多くして御興つきざるべしとおぼしやりたるよしなり」
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
千代子は夫の説明を聞いても、怖いもの見たさの奇妙な誘惑にこうし難くて、ふたたび三度みたび、この廣介のいたずら半分のレンズ装置を、覗き直して見ないではいられませんでした。
パノラマ島綺譚 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
勿論這入はいったところで面白い話をするでもなければ用があるのでもない、ただ彼の顔を見るばかりだ。それで彼はふたたび踵を返した。今度は勇気天をくようで足は軽くて早い。
愛か (新字新仮名) / 李光洙(著)
一度その中に這入はいつて善くその内部を研究し而して後に娑婆しゃばに出でなばふたたび陥るうれいなかるべし、月並調を知らずしていたずらに月並調を恐るるものはいつの間にか月並調に陥り居る者少からず
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
やがて相応の身分となり幾分の余裕を得て後ふたたび筆を執るも何ぞ遅きにあらんや。
小説作法 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
かなふまじき由申し聞け候所、一度ひとたびは泣く泣く帰宅致し候へども、翌八日、ふたたび私宅へ参り、「一生の恩に着申す可く候へば、何卒なにとぞ御検脈下されたし
尾形了斎覚え書 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
ふたたびの我に帰るの意にして、再の我に帰るとは、願いにもあらず、望みにもあらず、気高き信者の見たるあからさまなる事実なれば、聖徒イノセントの墓地に横たわるは
三四郎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
其「ほ」が積極消極両方面に現れて来たものが、段々不当不正の場合にばかり出現を乞ふ事になつたのであるが、かしりになると、ふたたび形を変へて「ほ」が出て来る事になつた訣である。
人の生命いのちにはまた生れ替る来世とやらも御座いましょうが、金銀珠玉の細工物は一度壊されてはふたたびこの世には出て参りませぬ。先生。海老蔵が折入って御願いと申まするは斯様かようの次第で御座ります。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
予はここに於て、予が警告をふたたびするの、必要なる所以ゆゑんを感ぜざるあたはず。予は全然正気しやうきにして、予が告白は徹頭徹尾事実なり。卿等さいはひにそを信ぜよ。
開化の殺人 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
ふたたび、固定断片化する事によつて、今日でも認容せられる形になつて了つた。
副詞表情の発生 (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
きるとは、ふたたびわれかへるの意にして、ふたゝびわれに帰るとは、ねがひにもあらず、のぞみにもあらず、気高けだかき信者の見たる明白あからさまなる事実じじつなれば、聖徒イノセントの墓地によこたはるはなお埃及エジプト砂中さちうに埋まるが如し。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
時に先生筆硯ひっけんはなはだ多忙なりしがため余に題材を口授こうじゅにわかに短篇一章を作らしむ。この作『夕蝉ゆうせみ』と題せられふたたび合作の署名にて同誌第一号に掲げられぬ。『伽羅文庫』は二号を出すに及ばずして廃刊しき。
書かでもの記 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
おもふかおもはないうちに、つまたけ落葉おちばうへへ、ただ一蹴ひとけりに蹴倒けたふされた、(ふたたびほとばしごと嘲笑てうせう盜人ぬすびとしづかに兩腕りやううでむと、おれの姿すがたをやつた。
藪の中 (旧字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
さめざめと泣き沈み、種々申し慰め候へども、一向耳に掛くる体も御座無く、且は娘容態も詮無く相見え候間、止むを得ずふたたび下男召しれ、匇々そうそう帰宅仕り候。
尾形了斎覚え書 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
記録は、大体ここまでしか、悪魔の消息を語つてゐない。唯、明治以後、ふたたび、渡来した彼の動静を知る事が出来ないのは、返へす返へすも、遺憾ゐかんである。……
煙草と悪魔 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
翌年の春の或夜、宋金花を訪れた、若い日本の旅行家はふたたびうす暗いランプの下に、彼女とテエブルを挾んでゐた。
南京の基督 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
卿等にして若し当時の予が、如何に傷心したるかを知らんとせば、予が帰朝後旬日にして、ふたたび英京に去らんとし、為に予が父の激怒を招きたるの一事を想起せよ。
開化の殺人 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
金花はさう考へると、急に心が暗くなつて、今朝はふたたび彼の顔を見るに堪へないやうな心もちがした。
南京の基督 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
久しく自然主義の淤泥おでいにまみれて、本来の面目を失してゐた人道ユウマニテエが、あのエマヲのクリストの如く「日かたぶきて暮に及んだ」文壇にふたたび姿を現した時、如何に我々は氏と共に
あの頃の自分の事 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
翁の声はふたたび気づかはしげな、いたましい祈りのことばとなつて、夜空に高くあがつたのでござる。
奉教人の死 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
されど——されど、予は予がふたたび明子を失ひつつあるが如き、異様なる苦痛を免るる事能はず。
開化の殺人 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
「あのをんなはどうするつもりだ? ころすか、それともたすけてやるか? 返事へんじただうなづけばい。ころすか?」——おれはこの言葉ことばだけでも、盜人ぬすびとつみゆるしてやりたい。(ふたたびなが沈默ちんもく
藪の中 (旧字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
ことに不思議なるは同人の頸部なるきずにして、こはその際兇器きょうきにてきずつけられたるものにあらず、全く日清戦争中戦場にて負いたる創口が、ふたたび、破れたるものにして、実見者の談によれば
首が落ちた話 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
私がふたたびこう念を押すと、田代君は燐寸マッチの火をおもむろにパイプへ移しながら
黒衣聖母 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
とかうする程に、ふたたび火の前に群つた人々が、一度にどつとどよめくかと見れば、髪をふり乱いた「ろおれんぞ」が、もろ手に幼子をかい抱いて、乱れとぶ焔の中から、あまくだるやうに姿をあらはいた。
奉教人の死 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)