鰐口わにぐち)” の例文
米友が幸内をおぶって来た帯は、神社の鰐口わにぐちの綱をお借り申して来たものであります。米友はその綱を探って背負い直そうとした時に
大菩薩峠:13 如法闇夜の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
手ばやく革襷かわだすきをかけ、鬢止びんどめの鉢巻を木綿で締めた。そして足を踏み馴らしながら神前に戻って、拝殿の鰐口わにぐちへ手をかけた。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
口をいて、唇赤く、パッとろうの火を吸った形の、正面の鰐口わにぐちの下へ、ひげのもじゃもじゃと生えたあおい顔を出したのは、頬のこけた男であった。
菎蒻本 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
桜井の家は蓮正寺れんしょうじの近所で、おまいりの鰐口わにぐちの音が終日しゅうじつ聞こえる。清三は熊谷に行くと、きっとこの二人を訪問した。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
親分の勘兵衞は五十二で、鰐口わにぐち丁髷ちよんまげはせたやうな醜男ぶをとこだが、妾のお關は二十一、き立ての餅のやうに柔かくて色白で、たまらねえ愛嬌のある女だ。
とお世辞だか忠告だか非難だか、わけのわからぬ事を人の陰に顔をかくして小声で言う者もあり、その中に、上方からくだって来た鰐口わにぐちという本職の角力
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
製材木置場に半身かくした黒いオーバーは何気ない風でこっちを注視しているのだった。まだ若い丸顔の下品な鰐口わにぐちが、こんどはこっちからもよくみえた。
冬枯れ (新字新仮名) / 徳永直(著)
待乳山まつちやまの若葉は何うかすると眼映しいやうにきらめいて、其の鮮麗せんれい淺緑あさみどりの影が薄ツすりと此の室まで流れ込む。不圖カン/\鰐口わにぐちの鳴る音が耳に入る。古風な響だ。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
折悪しくその第七番目の鰐口わにぐちに刺さっていた鉄棒ピンが、ドウした途端はずみか六番目の炭車トロッコ連結機ケッチンかんからはずれたので、四台の炭車トロッコが繋がり合ったまま逆行して来て、丁度
斜坑 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
いゑ/\姉さんの繁昌するやうにと私が願をかけたのなれば、參らねば氣が濟まぬ、お賽錢下され行つて來ますと家を驅け出して、中田圃の稻荷に鰐口わにぐちならして手を合せ
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
それを登り尽くした丘の上に、大きい薬師堂が東にむかって立っていて、紅白の長い紐を垂れた鰐口わにぐちが懸かっている。木連きつれ格子の前には奉納の絵馬もたくさんに懸かっている。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
一人は清岡の原稿売込方を引受けている駒田弘吉という額の禿げ上った鰐口わにぐちの五十男に、一人は四十あまり、一人は三十前後の、一見していずれも新聞記者らしい眼鏡をかけた洋服の男である。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
懸物かけものが見える。行灯が見える。たたみが見える。和尚の薬缶頭やかんあたまがありありと見える。鰐口わにぐちいて嘲笑あざわらった声まで聞える。しからん坊主だ。どうしてもあの薬缶を首にしなくてはならん。悟ってやる。
夢十夜 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
縁にはからすふんが白く見えて、鰐口わにぐちのほつれた紅白のひものもう色がさめたのにぶらりと長くさがったのがなんとなくうらがなしい。寺の内はしんとして人がいそうにも思われぬ。その右に墓場がある。
日光小品 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
天井からは鰐口わにぐちけいが枯れた釣荵つりしのぶと一しょに下がっている。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
と、鰐口わにぐちの音がした。参詣する人があるのだろう。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
去年の夏だ、まだ朝早いのに湯島に参って、これから鰐口わにぐちを鳴らそうと思うので、御手洗みたらしで清めようとすると、番の小児こどもが水銭をくれろと云った。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
見世物、露店ろてん——鰐口わにぐちの音がたえず聞こえた。ことに、手習てならいが上手になるようにと親がよく子供をつれて行くので、その日は毎年学校が休みになる。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
お通のことやら、故郷ふるさとの姉のことやらが——そしてわらをもつかみたいとするたのみが——ああ、無念な! われを忘れて鰐口わにぐちの綱へ手を差し伸べさせたのだ。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いゑいゑねえさんの繁昌はんじようするやうにと私がぐはんをかけたのなれば、参らねば気が済まぬ、お賽銭さいせん下され行つて来ますと家を駆け出して、中田圃なかたんぼ稲荷いなり鰐口わにぐちならして手を合せ
たけくらべ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
それを登り尽した丘の上に、大きい薬師堂は東に向って立っていて、紅白の長い紐を垂れた鰐口わにぐちかかっている。木連格子きつれごうしの前には奉納の絵馬も沢山に懸っている。めの字を書いた額も見える。
磯部の若葉 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
拝殿の鰐口わにぐちへまで手を触れかけたが——そのとき彼のどん底からむくむくわいた彼の本質が、その気持を一蹴いっしゅうして、鰐口の鈴を振らずに、また祈りもせずに
随筆 宮本武蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
フト魔がしたような、髪おどろに、骨あらわなりとあるのが、鰐口わにぐちの下に立顕たちあらわれ、ものにも事を欠いた、ことわるにもちょっと口実の見当らない、蝋燭の燃えさしを授けてもらって
菎蒻本 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
賽錢さいせんくだされつてますといへして、中田圃なかたんぼ稻荷いなり鰐口わにぐちならしてあはせ、ねがひはなにきもかへりもくびうなだれて畔道あぜみちづたひかへ美登利みどり姿すがた、それととほくよりこゑをかけ
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
武蔵は、一歩退さがって、両手をあわせた。——しかし、その手は鰐口わにぐちの綱へかけた手とは違ったものであった。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ちりも置かず、世のはじめの生物に似た鰐口わにぐちも、その明星に影を重ねて、一顆いっか一碧玉だいへきぎょくちりばめたようなのが、棟裏に凝って紫の色をめ、扉にみなぎっておぼろなる霞を描き、舞台に靉靆たなびき、縁をめぐって
白花の朝顔 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
もう寒行はすんで初春もちかいが、師走が押しつまると、人の心のわずらいが多いとみえ、夜もすがら鰐口わにぐちをふる音だの、おこもりをする者の詠歌のあわれな声が絶えない。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
れない、心弱い、美少年は、その界隈かいわいに古びたひさしを見ては、母親の住んだ家ではあるまいかと思い、宮の鰐口わにぐちすがっては、十七八であった時の母の手が、これに触れたのであろうと思い
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
背丈せたけのすぐれた、そして、かない鰐口わにぐちを、くぼんだ頬に彫りこんでいる上野介が、式台の正面にある衝立ついたて塗縁ぬりぶちを、扇子で、打ち叩きながら、そこに、りつけて平伏している浅野の家中を
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ちょうど二十日はつかの間、三七二十一日目の朝、おもいが届いてお宮の鰐口わにぐちすがりさえすれば、命の綱はつなげるんだけれども、婆に邪魔をされてこの坂が登れないでは、所詮こりゃたすからない、ええ悔しいな
湯女の魂 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)