香華こうげ)” の例文
そこに移された地蔵様は、急に涎掛けをしたり、香華こうげを供えられたり、たった一日のうちに見違えるように豪勢な様子になりました。
寺男が苔を掃って香華こうげを供えたのち、ついでに隣りの小さな墓の苔も一しょに掃っているのを見て、私はもう一度それに注目した。
花を持てる女 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
とすれば、藤原閥の命脈のあるかぎり、ここの香華こうげも、絶えないであろう。庶民の迷信は、庶民の祈りの変型といえなくもないからだ。
能登路の可心は、ひがみで心得違いをしたにしろ、憎いと思った女の、あやまって生命いのちを失ったのにさえ、半生を香華こうげの料に捧げました。……
河伯令嬢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
まだ警察から下渡さげわたされず、仏壇の前の白布で覆われた台には急ごしらえの位牌いはいばかりが置かれ、それに物々しく香華こうげがたむけてあった。
陰獣 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
手に携えていた香華こうげを、木標の前の竹筒にさして、無言に立っていると、娘は阿枷の水を汲んで、墓木ぼぼくと花とにそそいでいる。
大菩薩峠:22 白骨の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
そういつ迄も橋の袂にさらされていたのでもないであろうが、二人は父の首が拝めなくなった後までも、とき/″\畜生塚を訪ねて香華こうげを供え
聞書抄:第二盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
葦間あしまを出たりはいったり、仏にたむけた香華こうげのけむりをとものあたりにそこはかとなくなびかせながら、わびしいその土左舟が右へ左へ行き来するさまは
以来、四人の尼たちは、朝晩香華こうげをたむけ、念仏三昧ねんぶつざんまいに日を送りながら、安らかな往生を遂げたと言われている。
四日、関氏の遺族八名は籠川をさかのぼって岩茸岩付近の川原まで行き、ここで山に向かって香華こうげをささげた。
針の木のいけにえ (新字新仮名) / 石川欣一(著)
お貞さん香華こうげもあげやせん。あの人は強い人で、しまいには川上さんとも仲がようのうて、あっちのへやとこっちの室とに別れて、財産も別だったような——
マダム貞奴 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
閼伽あか香華こうげの供養をば、その妻女一人につかさどらしめつゝ、ひたすらに現世げんぜの安穏、後生の善所を祈願し侍り。されども狂人の血をけ侍りし故にかありけむ。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
香華こうげをあげるでもなく、手ぶらでいって、墓に合掌したのち、暫くそこで、あたりを眺めまわしていた。
饒舌りすぎる (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
文「お町待て、これ蟠龍軒、よくも今まで達者で居てくれたの、うなるからは最早怨みはないぞ、静かに往生しろよ、死後には必らず香華こうげ手向たむけてつかわすぞ」
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
われ小石川白山はくさんのあたりを過る時は、かならず本念寺に入りて北山ほくざん南畆両儒の墓を弔ひ、また南畆が後裔こうえいにしてわれらが友たりし南岳なんがくの墓に香華こうげ手向たむくるを常となせり。
礫川徜徉記 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
門口からさしのぞくと、奥の壁ぎわに香華こうげを飾り、十一の白木の位牌をずらりとならべ、船頭の女房やら娘やらが眼をまっ赤に泣きはらしながら百万遍を唱えている。
顎十郎捕物帳:13 遠島船 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
即日必ず除癒なおるを得んと誓い、この言虚しからずば諸天香華こうげふらさんと言うに、声に応じて曼陀羅花降り下り大地震動と来た、太子すなわち鹿皮衣を解きて頭目を纏い
わたくしは自己の敬愛している抽斎と、その尊卑二属とに、香華こうげ手向たむけて置いて感応寺を出た。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
お熊は泣く泣く箕輪みのわの無縁寺に葬むり、小万はお梅をやっては、七日七日の香華こうげ手向たむけさせた。
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
ヴィエンヌ河の岸に沿うて高く立つサン・テチエンヌ寺への坂道の角には、十字を彫り刻んだ石の辻堂つじどうがある。香華こうげそなえた聖母マリアの像がその辻堂の中にまつってある。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
菊次郎のファンは吉原にもだいぶいたようだが、小ふじさんもその一人で、その墓のある池端七軒町の大正寺にまで出向いて、墓前に香華こうげ手向たむけてくるほどの熱心な贔屓であった。
桜林 (新字新仮名) / 小山清(著)
村の者はそれと聞いて慟哭どうこくした。そして、血に染まった権兵衛の錦の小袴を小さく裂いて、家の守神にすると云ってみんなで別けあうとともに、その遺骸を津寺に葬って香華こうげたやさなかった。
海神に祈る (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
そして私を慕ってくれる薄命に死んだ幼い友達のために、今日にでももう一度逗子へ出掛けて行って今度は了雲寺のあの少年の墓の前に改めてしみじみと香華こうげ手向たむけようと思っていた。
逗子物語 (新字新仮名) / 橘外男(著)
仏壇には、これら聖者の禅に対する貢献を記念して香華こうげがささげてある。
茶の本:04 茶の本 (新字新仮名) / 岡倉天心岡倉覚三(著)
何かのがん掛けをする者は、まずその古い面をいただいて帰って、願望成就か腫物平癒のあかつきには、そのお礼として門番所から新らしい面を買って奉納し、あわせて香華こうげを供えるのを例としている。
半七捕物帳:65 夜叉神堂 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
香炎、香華こうげ、香雲、香海。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
ふたたび街へ出ると、途中で従卒に野菜、穀類こくるい供物くもつ香華こうげの物などを買い調ととのえさせ、それを持って夕方また亡兄あにの家を
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
型のごとき逆さ屏風びょうぶ香華こうげ、それに思いの外貧弱な供物の中に、なんの異状もなく据えられた棺へ、平次の手は掛ります。
その墓の左脇ひだりわきにある別な墓を指し示しながらきっとそのあとでこのお墓へも香華こうげ手向たむけて行かれますお経料などもそのお方がお上げになりますという。
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
当然もう始めているべきがじょうなのに、香華こうげ一つたむけようともせずほったらかしておいたまま、女中のお葉を
(略)お熊は泣々なくなく箕輪みのわ無縁寺むえんでらに葬むり、小万はお梅をッては、七日七日の香華こうげ手向たむけさせた。
里の今昔 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
香華こうげをたむけ、夜更けるまで、家族や弔問客の読経どきょうの声が絶えなかったが、十二時前後、それらの人々も或は帰り去り、或はしんにつき、電燈を消した真暗な広い部屋に
吸血鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
この間るんは給料のうちから松泉寺へ金を納めて、美濃部家の墓に香華こうげを絶やさなかった。
じいさんばあさん (新字新仮名) / 森鴎外(著)
それからその死骸を丸裸体はだかにして肢体を整え、香華こうげさん神符しんぷを焼き、屍鬼しきはらい去った呉青秀は、やがて紙をべ、丹青たんせいを按配しつつ、畢生ひっせいの心血を注いで極彩色の写生を始めた
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
普通は、本堂に、香華こうげの花と、香のにおいと明滅する処に、章魚たこ胡坐あぐらで構えていて、おどかして言えば、海坊主の坐禅のごとし。……辻の地蔵尊の涎掛よだれかけをはぎ合わせたような蒲団ふとんが敷いてある。
灯明之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
母の墓所へ香華こうげ手向たむけて涙ながら
政談月の鏡 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
それは又、彼女の香華こうげへやばかりでなく、この屋敷中の小者のはしに至るまでが、きのうから顔つきが違って明るくなっていた。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
主人金右衛門の死骸は検屍けんしが済んだばかりで、二階の八畳に寝かしたまま、形ばかりの香華こうげそなえて、娘のお喜多が駆け付けた親類の者や近所の衆に応対し
香華こうげを供え、屍鬼をはらいつつ、悠々と火を焚いて腐爛するのを待つ事になった。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
一片の香華こうげ手向たむける人もなかったであろう。
聞書抄:第二盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
形ばかりの位牌いはい二つ——住蓮と安楽房の霊に香華こうげをそなえて、水晶の数珠ずずを手にかけたまま美しい死をとげていたのである。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
主人山三郎の死体は、裏の一と間に納め、香華こうげだけは供えましたが、まだ仏前の用意も、入棺の手順もつかず、大勢の家族と奉公人と、町役人と近所の衆が、ザワザワ騒ぐだけ。
この日、襄陽の百姓は、道に香華こうげをそなえて、車を拝し、荊州の文武百官もことごとく城門から式殿の階下まで整列して、曹操のすがたを拝した。
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、松千代の俗名をお位牌いはいにしるして香華こうげをささげ、太兵衛、善助などとともに、謹んで黙拝していた。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
暗澹あんたんたる洞窟、また悲惨ではあるが、隠密の霊壇れいだんとしては、むしろ、香華こうげの壇にまさるかもしれない。
鳴門秘帖:05 剣山の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
だが、ふと内陣の壇を仰ぐと、御厨子みずしのうちには本尊仏もなかった、香華こうげびんもない、経机きょうづくえもない、がんもない、垂帳とばりもないのである。吹きとおる風だけがさわやかであった。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
はや菩提寺ぼだいじからは、法事の諸道具、仏器一切が運び込まれていたから、石秀せきしゅうは寺男とともに、祭壇をくみたて、仏像、燈明、御器ごきかね、太鼓、けい香華こうげなどをかざりたてたり
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
水を捧げ、香華こうげと共に、元旦の供物くもつをそなえ終ると、信長は、侍臣や小姓たちを顧みて
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その前に、香華こうげが供えてなければ、野原の小さな起伏の一つとしか見えないが、前にも誰か、備前の小徳利に何か供えてあるし、右門も今、香華を持ってそこへ来てしゃがみこんだのである。
柳生月影抄 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
見晴し台といったような、さいごの高所には、観音さまの巨大なコンクリート像がそびえ、その横に、香華こうげを売る小屋があった。小屋のすぐ前の山道が、すなわち古来有名な鵯越えの本道だった。
随筆 新平家 (新字新仮名) / 吉川英治(著)