顛覆てんぷく)” の例文
和氏もまた弟の頼春、掃部助かもんのすけなどつれて、その朝、上杉憲房とともにこれへ臨み、幕府顛覆てんぷくの大謀にも異議なく加盟したのであった。
私本太平記:07 千早帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
こんな矛盾した社会は顛覆てんぷくさせねばならぬ。暴動をおこして、人民の膏血こうけつをしぼっている奴らをハエのようにたたきつぶさねばならぬ。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
二人の漁夫は大竿おおざおを風上になったふなべりから二本突き出して、動かないように結びつける。船の顛覆てんぷくを少しなりとも防ごうためだ。
生まれいずる悩み (新字新仮名) / 有島武郎(著)
どうかするとくら木陰こかげ潜伏せんぷくしてよめくるまちかづいたとき突然とつぜんくるま顛覆てんぷくさせてやれといふやうな威嚇的ゐかくてき暴言ばうげんをすらくことがある。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
勘次の身体は秋三を抱きながら、どっと後の棺を倒して蒲団の上へ顛覆てんぷくした。安次の半身は棺から俯伏に飛び出した。四つの足は跳ね合った。
南北 (新字新仮名) / 横光利一(著)
これは古来武士階級を抑えていたバラモンの権威の顛覆てんぷくである。インドの社会は釈迦以前と異なるものになったのである。
孔子 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
彼らはいつもそれを望みながら永久にそれを得ないでいる。すなわち、政府を顛覆てんぷくすることと、ズボンを仕立て直すこと。
よ看よ人をして第十一世紀欧州暗黒時代の境遇もかくはあるまじと追想せしむるところのわが封建社会の顛覆てんぷくしたるは、ただ十余年の前にあり。
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
どんな大暴風雨おおあらしの日でも決して船が顛覆てんぷくしたりおぼれて死ぬような災難がないということが、いつからともなくみんなの口々に噂となって上りました。
赤い蝋燭と人魚 (新字新仮名) / 小川未明(著)
皆さんも当時の新聞記事できっと御読みのことと思いますが、中央線の列車が顛覆てんぷくして多くの負傷者や死者を出したことがありますね、あれなんです。
赤い部屋 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
そのあいだを、竹や丸太を船べりから水面へ組み出して、顛覆てんぷくを防いでいるセイロン島の土人舟が、何か大声に叫びかわしながら漕ぎ廻っているのだ。
これより余は著述に従事し、もっぱら西洋の事情を日本人に示して、古学流の根底よりこれを顛覆てんぷくせんことを企てたる、その最中さいちゅうに、王政維新の事あり。
なぜならビジテリアン諸君の主張は比較解剖ひかくかいぼう学の見地からして正に根底から顛覆てんぷくするからである。見給え諸君の歯は何枚あります。三十二枚、そうです。
ビジテリアン大祭 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
顛覆てんぷくされてしまいますと、今まで内部に潜み流れておりました大陸民族式の、想像も及ばない執拗深刻、かつ、兇暴残忍な血が、驀然まっしぐらに表面へ躍り出して
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
これは上流の鉄橋で貨車が顛覆てんぷくし、そこからこの函は放り出されて漾って来たものであった。私が玉葱を拾っていると、「助けてえ」という声がきこえた。
夏の花 (新字新仮名) / 原民喜(著)
りに一歩をゆずり、幕末にさいして外国がいこく干渉かんしょううれいありしとせんか、その機会きかい官軍かんぐん東下とうか、徳川顛覆てんぷくの場合にあらずして、むしろ長州征伐ちょうしゅうせいばつの時にありしならん。
「それ見ろ。少しも神に信頼していないじゃないか。やっぱり怒るじゃないか。ちょっとした事で気分の平均を失うじゃないか。落ちつきが顛覆てんぷくするじゃないか」
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
顛覆てんぷくした機関車の下敷にされたもの、その犠牲は私たちのこれまで想像していた以上にひどく大きい。
英夫と祥子は、幸いお互いにはなればなれにもならず顛覆てんぷくしたボートにすがって漂流をつづけていた。
秘境の日輪旗 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
動くともなくたむろしている幾重の乱雲に包まれて、四阿あずまや山であったろう、長い頂上を顛覆てんぷくした大船のように雲の波の上にちらと見せたが、すぐた沈んでしまった。
黒部川奥の山旅 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
現時の社会組織は根本的に顛覆てんぷくしてしまうということが述べてあるが、今日の日本にいてかかるげんを聞く時は、われわれはいかにも不祥不吉ふしょうふきつな言いぶんのように思う。
貧乏物語 (新字新仮名) / 河上肇(著)
以前は鉄道の保線主任であったとかだが、汽車が脱線顛覆てんぷくして死傷者までも出したのでせめを引いて辞職し、それ以来、この田舎にひっ込んで楽に暮しているのであった。
そのおもなる原因は、畢竟ひっきょうそういう天災がきわめてまれにしか起こらないで、ちょうど人間が前車の顛覆てんぷくを忘れたころにそろそろ後車を引き出すようになるからであろう。
天災と国防 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
と思ったが、とたんに車体は、左に傾くと思う間もなく、呀っという間に、顛覆てんぷくしてしまった。
地球要塞 (新字新仮名) / 海野十三(著)
そこへ、ブリッジから、非番になったコーターマスターがおりて来て、ボースンの伝馬が、巻き浪に巻き込まれて顛覆てんぷくしたが、人命だけは人足に救われたことを知らせた。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
呪詛じゅそと嫉妬の声が、次第に集って、大楽だいらく源太郎、富永有隣ゆうりん小河真文おがわまさぶみ古松簡二ふるまつかんじ、高田源兵衛、初岡敬治、岡崎恭輔きょうすけなぞの政府顛覆てんぷくを計る陰謀血盟団が先ず徐々に動き出した。
流行暗殺節 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
いや飛乗らうものならぐに顛覆てんぷくするに決つてるが、其れと見て岸に居る一人のたちばうが船をおさへてれる。其処そこへ船の中から差出す船頭の手につかまつてつと乗つたのだ。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
また会社社長あるいは店の主人に対して種々なる動機より悪口をき、その会社の信用を傷つけ、その店を顛覆てんぷくさせる計画あるも、社長なり主人なりが、その部下、重役、株主
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
羽ばたきの音も物凄ものすごく一斉に飛び立ってかの舟を襲い、羽で湖面をあおって大浪を起したちまち舟を顛覆てんぷくさせて見事に報讐ほうしゅうし、大烏群は全湖面を震撼しんかんさせるほどの騒然たる凱歌がいかを挙げた。
竹青 (新字新仮名) / 太宰治(著)
その拍子に舟が左に傾いてそのまま顛覆てんぷくしてしまった。平兵衛の舟ではぐ見つけた。
水面に浮んだ女 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
兎これを見てすなわち巌石の傍に依って旋転す、鷹これを如何いかんともするなし云々〉、『イソップ物語』に鷲に子を啖われた熟兎樹を根抜きに顛覆てんぷくし鷲の巣中の子供を殺した話見え
「もしこれが実現するとすれば、単に政権の顛覆てんぷくというだけでは済まないでしょう」
風流太平記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
飛雲渡ひうんどは浪や風がおだやかでなくて、ややもすれば渡船の顛覆てんぷくするところである。
しかるに手の裏をかえすように、その方向を一変したとなると、改革以前までの鎖攘を唱えたのは畢竟ひっきょう外国人を憎むのではなくして、徳川氏を顛覆てんぷくするためであったとしか解されない。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
ところが熊城君、その物質構成の大法則が、小気味よく顛覆てんぷくを遂げているんだ。ああ、なんという恐ろしいやつだろう。風精ジルフェ——空気と音の妖精——やつは鐘を叩いて逃げてしまったのだ
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
それから「不人情」の一語は何よりも私の全人格を顛覆てんぷくせしめるものです。
婦人改造の基礎的考察 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
出来事と言うのが、急行列車の顛覆てんぷくのようなものだけを言うとすればだ。
華々しき一族 (新字新仮名) / 森本薫(著)
則重の鼻をりさえすれば満足する筈であった彼女の最初の計畫が、筑摩家を顛覆てんぷくするところまで深入りしたのは河内介の野望に引き擦られた結果だと云うことになり、河内介の側から云えば
馬は煉瓦塀に鼻をつけたまま、無暗に尻ばかり躍らせている。馬車は無論顛覆てんぷくしそうになる。往来にはすぐに人だかりが出来る。どうも上海では死を決しないと、うっかり馬車へも乗れないらしい。
上海游記 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
電車の車輪にしかせてペチヤンコにしたり(彼はそれでナイフを作らうとしたのである)石を積みあげて、食物や道具を一ぱい載せてゐるにちがひない貨物車の顛覆てんぷくを企てたことがある位だから
釜ヶ崎 (新字旧仮名) / 武田麟太郎(著)
今日は、あれとこれを調合し、主客の味覚をいちいち参考とし、明日に持越さないだけの配分を見つもり、その秩序整然たる晩餐の準備が、眠れる眼の前で、無残にも蹂躙じゅうりんされ、顛覆てんぷくされている。
大菩薩峠:25 みちりやの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
石にや乗り上げけん、馬車は顛覆てんぷくせんばかりに激動せり
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
此処で、何です、いつか自動車が顛覆てんぷくしましたんで、人死にがありまして、それで豊原みちは危険だとなってしまいましたんですがね。いい迷惑でさあ。全く運転手の過失で、こんな何でもないところで飛んだドジを
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
イエスは手をかけて、彼らの台を顛覆てんぷくし給います。
徳川幕府を顛覆てんぷくする! 悉皆しっかいそこへ帰納されるのさ
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
大浪おおなみがくるたびに、方船はこぶねは、顛覆てんぷくしそうになる。
怪奇人造島 (新字新仮名) / 寺島柾史(著)
帆は大きく、横になって、水中にひたった。そのため、船はぐると江上に廻り、立ち騒ぐ兵をのせたまま危うく顛覆てんぷくしそうに見えた。
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
王政からの古い連隊は、王政顛覆てんぷく後もなおその地方の名前を捨てないでいて、旅団に編成されたのはようやく一七九四年のことだったのである。
これが習慣になれば、他の一切の現象界の習慣は顛覆てんぷくしていく。あるいは、農民の心の中の習慣は、これで何もかも顛覆しているのかもしれない。
それを無理に掴もうとすれば、ボウトは顛覆てんぷくしたに相違ない。私は知っている。そうやって人を呑もうとするのが、湖水の精のあの花だったから——。
踊る地平線:05 白夜幻想曲 (新字新仮名) / 谷譲次(著)