雪崩なだ)” の例文
たちまち、舞台横の開いた扉の辺に幾重にもかたまっていた若い男女がそれに向って雪崩なだれ、素早く腰をおちつけた者が三四人ある。
三月八日は女の日だ (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
外で揉み合っていた連中は一時に小屋の中へ雪崩なだれこんだ。お芳も逃げるに逃げられないで無慙むざん羞恥はじを大勢のうしろに隠していた。
銀河まつり (新字新仮名) / 吉川英治(著)
踊りがすむと人々はもたれ合って場外へ雪崩なだれ出た。廻転ドアは踊子の消えるたびごとに廻っていった。火は一つ一つ消え始めた。
上海 (新字新仮名) / 横光利一(著)
類人猿が、じぶんを埋葬にくる悲愁の終焉地しゅうえんちだと思うと、私はその壁を無性にかきくずした。すると、その響きにつれてどっと雪崩なだれる。
人外魔境:01 有尾人 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
急報を受けたM市の警察署から、司法主任を先頭に一隊の警官達が赤沢脳病院に雪崩なだれ込んだのは、それから二十分もあとのことだった。
三狂人 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
お濠の角石まであとがつまって、爪先立ってよろめく一番うしろから、今にも人雪崩なだれ打ってお濠へ落ちこむ、——と見えた途端でした。
これに反して吉原信仰の面々は当日の夜、宵のうちから十時十一時頃が大変、各楼の格子先は雪崩なだれを打って、熱狂の喚声不夜城を揺がす。
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
しかも重厚なうねりの盛りあがり、また雪崩なだれて、見るまに丘となり谿たにとなる。北海の荒海である。その海豹島の波うちぎわ。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
まれヘンリー四世は吹雪ふぶき雪崩なだれに覆われたアルプスを越えて、北イタリヤのカノッサの城へまで辿って行ったのである。
ローマ法王と外交 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
まはりの教場から雪崩なだれでた腕白どもが運動場いつぱいの藤棚のしたで蛙とびをする、鬼ごつこをする、大将ごつこをする。
銀の匙 (新字旧仮名) / 中勘助(著)
細川勢は、抑えに抑えた河水が堤を決したように、天草領へ雪崩なだれ入った。が、しかし一揆らが唯一の命脈と頼む原城はらじょうは、要害無双の地であった。
恩を返す話 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
しかし、既にその時、手に手に竹槍たけやりや、蕃刀やをげた百五十人ばかりの蕃人が、雪崩なだれをうって場内に駈けこんできたのに、人々は気がついた。
霧の蕃社 (新字新仮名) / 中村地平(著)
若い局長さんは山道が雪崩なだれで危いから今日は配達を見合わせてはドウかと云って止めにかかったものであったが、一徹者の忠平はかなかった。
眼を開く (新字新仮名) / 夢野久作(著)
てられる立禁たちきんふだ馘首かくしゆたいする大衆抗議たいしうこうぎ全市ぜんしゆるがすゼネストのさけび。雪崩なだれをはん×(15)のデモ。
男湯の方の出来事に注意をあつめていた警官連や他の男達は、どっと、その声に誘われて女湯の方へ雪崩なだれ込んで来た。
電気風呂の怪死事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
憂々した気持が、もたれかかるように、其処そこ雪崩なだれて行く。殺されかかっているんだ! 皆はハッキリした焦点もなしに、怒りッぽくなっていた。
蟹工船 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
静粛な演奏会がやがて終りを告げたところで、庸三は聴衆の雪崩なだれにつれて、ずんずん廊下へ出たが、振りかえってみると葉子の姿が見えなかった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
敏捷すばやい事……たちま雪崩なだれ込む乗客の真前まんまえに大手を振って、ふわふわと入って来たのは、巾着きんちゃくひだの青い帽子を仰向あおむけにかぶった、膝切ひざきりの洋服扮装いでたちの女で
甲乙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
關東大地震かんとうだいぢしんのときおこつた根府川ねぶがは山津浪やまつなみは、その雪崩なだくださいみぎのような現象げんしようあるひ小規模しようきぼおこつたかもれない。
地震の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
見あげると、岩頭に吹きつけられた大きな雪塊が、いまにも雪崩なだれ落ちて来るかと思われ、うつむけば断崖の下には氷の砕片デプリが鋭い鮫の歯を並べている。
叫んだかと思うと、悪漢が立上ってくる容子、しまった‼ と思ってドアのかげに身を寄せる壮太。とたんに三人の荒くれ男がドアを押し明けて雪崩なだれこんだ。
骸骨島の大冒険 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
退屈し切つて居た、山の手特有の有閑階級人は、『そいつは面白い』と庭木戸から一パイに雪崩なだれ込みました。
ショベルやくわげた人も交じっている。静岡の復旧工事の応援に出かけるらしい。三等が満員になったので団員の一部は二等客車へどやどや雪崩なだれ込んだ。
静岡地震被害見学記 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
そして金切り声を天井にひびかしたり、でたらめな節まわしに口笛を吹きあげたりして、およそ無意味な騒音を立てながら自分の教室に雪崩なだれこんで行った。
白い壁 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
その途端、どこかの小屋で、屋根の雪がどおっと谷じゅうに響きわたるような音を立てながら雪崩なだれ落ちた。
風立ちぬ (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
にわかに行手がワッと騒がしくなって、先へ行くが皆雪崩なだれて、ドッと道端みちばたの杉垣へ片寄ったから、驚いてヒョイと向うを見ると、ツイ四五間先を荷車が来る。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
とうとうその窓からもぞろぞろと雪崩なだれ込んで来た。汽車が動きだすと、私の前に飛込んで来た男は
西南北東 (新字新仮名) / 原民喜(著)
同じ青と白とのしまの着物を着て、同じ仮面をつけた六、七十人の職工たちは、ただ一人背広を着ている工場主を取り巻くようにして長い土堤どての上を雪崩なだれていった。
仮装観桜会 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
彼はインバネスの肩を聳かせて、前後左右に雪崩なだれ出した見送り人の中へ視線を飛ばした。勿論彼の頭の中には、女づれのようだったと云う野村の言葉が残っていた。
路上 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
二十万の親なし児がときの声をつくって南部オデッサの方面から、或いは貨車の下に掴まり、あるいは国道のほこりにまみれて、今や市内へ雪崩なだれ込もうとしているのだ。
踊る地平線:01 踊る地平線 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
我兵は不意を討たれたので吃驚した上に、地理も悪いから、一雪崩なだれになって三方共に退軍した。
鳴雪自叙伝 (新字新仮名) / 内藤鳴雪(著)
最初は間をおいて、一つ一つ、やがて隙間すきまなく、全部ひと塊りになって、ちぎれちぎれの空から、一方が雪崩なだれ落ちると、敵は次第にたじろぎ、まばらになり、散り散りに消えせる。
博物誌 (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
彼らは、石炭車の底部にあるふたをとる。石炭は桟橋へ作られた漏斗じょうごの上へ落ちる。そして、船のダンブルへドドッと雪崩なだれ込むのである。彼らが労働する部分は皆鉄ででき上がっている。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
四、五度もみ合っているうちに、がたりと襖がはずれて私たち三人は襖と一緒にどっと三畳間に雪崩なだれ込んだ。先生は倒れる襖を避けて、さっと壁際に退いてその拍子に七輪を蹴飛ばした。
不審庵 (新字新仮名) / 太宰治(著)
とき/″\本丸の中へ真っ黒なかたまりになって雪崩なだれ込むのを、味方は必死に喰い止めて、どっと二の丸の方へ押し返し、突き崩し、虐殺と、怒号と、砲声と、叫喚きょうかんと、物のメリメリ破壊され
葉の落ちたきりの木が骨ばって立っている畑の奥にある家屋があった。怪しい声はたしかにその家らしかった。人びとはその家へ雪崩なだれて往った。もう五十あまりの頭数が月の光に浮いていた。
女賊記 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
ときには大量の刷物の包みがお涌の勉強机の側まで雪崩なだれ込んだりした。
蝙蝠 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
かてて加えて暴風が恐ろしい勢いをもってその雪を吹き散らしあるいは空にき上ぐるのみならず、雪峰より雪崩なだれ来る雪のなみがその暴風と共に波を打って平原地を荒れ廻るその凄まじき声は
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
両側から、二三十人ずつも、往来へ、雪崩なだれ出した。銃声が激しくなって森を白煙で隠す位になると、倒れる者、よろめく者、逃げて入る者、伏せる者、みるみる内に、七八人しかいなくなった。
近藤勇と科学 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
そが狭隘の四壁をこぼち、雪崩なだれ出で、兇悪にも
ドックの破船の中に渦をまいて雪崩なだれていった。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
酒屋の者は、物々しい馬蹄の音を聞くと慌てて戸を締めようとする風なので一同は、それッとばかり馬から降りて店の中へ雪崩なだれ込んだ。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
時々ドドーオオン、ドドーオンという遠雷のような音が聞こえて来るのは、どこかの峯の雪崩なだれの音であったろうか。
眼を開く (新字新仮名) / 夢野久作(著)
わッと言う矢声やごえもろ共、ひしめきわめきながら殺到すると、押しのけはねのけ、揉み合いへし合いながら、われ先にと小判の道へ雪崩なだれかかりました。
霊柩が式場の正面に安置せられると、会葬者も銘々に、式場へ雪崩なだれ入つた。手狭な式場は見る見る、一杯になつた。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
廊下へ逃げ出した工女らは、前面に燃え上った落棉の焔を見ると、逆に、参木の方に雪崩なだれて来た。押し出す群れと、引き返す群れとが打ち合った。
上海 (新字新仮名) / 横光利一(著)
退屈し切っていた、山の手特有の有閑階級人は、「そいつは面白い」と庭木戸から一パイに雪崩なだれ込みました。
どさどさぶちまけるように雪崩なだれて総立ちに電車を出る、乗合のりあいのあわただしさより、仲見世なかみせは、どっと音のするばかり、一面の薄墨へ、色を飛ばした男女なんにょの姿。
妖術 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そして、あっ‼ と見る間にばらばらと十名あまりの刑事と警官が手に手に拳銃ピストルを構えながら雪崩なだれこんだ。
黒襟飾組の魔手 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
或るところで一坪ほどの地面が大きな一本の躑躅ごと坂道へ雪崩なだれ込んでいた。根こぎにされたまま、七八尺あるその野生の躑躅は活々樺色の花をつけていた。
白い蚊帳 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)