野茨のいばら)” の例文
得たりと勢込んで紀昌がその矢を放てば、飛衛はとっさに、傍なる野茨のいばらえだを折り取り、そのとげ先端せんたんをもってハッシと鏃をたたき落した。
名人伝 (新字新仮名) / 中島敦(著)
野茨のいばらが左右から手を出している。袖や裾を引っ張ろうとする。たけにもあまる雑草が、路の上を蔽うている。腐った落ち葉、足がすべる。
剣侠受難 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
紫陽花あじさい矢車草やぐるまそう野茨のいばら芍薬しゃくやくと菊と、カンナは絶えず三方の壁の上で咲いていた。それははなやかな花屋のような部屋であった。
花園の思想 (新字新仮名) / 横光利一(著)
菜穂子は毎日日課の一つとして、いつも一人で気持ちよく其処此処を歩きながら、野茨のいばらの真赤な実なぞに目をたのしませていた。
菜穂子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
白い細かい花がこぼれておりましょう。うつ、こてまり、もち、野茨のいばら——栗の葉も白い葉裏をひるがえしておりましょう。
平塚明子(らいてう) (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
かれまた野茨のいばらかぶうつつて、其處そこしげつた茅萱ちがやいてほのほが一でうはしらてると、喜悦よろこび驚愕おどろきとの錯雜さくざつしたこゑはなつて痛快つうくわいさけびながら
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
屋敷は板塀いたべいをめぐらせてあるが、庭境の一部は野茨のいばらいからませた竹垣で、そこからすぐにうちわたした草原となり
晩秋 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
そこには雑草にまじって野茨のいばらの花が白く咲いていたが、その雑草の中にななめに左の方へ往っている小さな草路くさみちがあった。登はその草路の方へ歩いて往った。
雑木林の中 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
又はその近まわりに生えている芝草や、野茨のいばらの枝ぶりまでも、家に帰って寝る時に、夜具の中でアリアリと思い出し得るほど明確に記憶してしまった。
木魂 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
野茨のいばらかなにか、白い花を一輪持って、たえず嗅ぎながら歩いている。あんまり人間くさい中へ来たので、野のにおいが恋しいといったような顔つきだ。
三国志:04 草莽の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その家は割烹旅館のやうな家構へで、庭さきに汚れた池があり、白い野茨のいばらが垣根にいつぱい咲いてゐたりした。
多摩川 (旧字旧仮名) / 林芙美子(著)
山も、野も、春のけしきが整うて居た。野茨のいばらの花のようだった小桜が散り過ぎて、其に次ぐ山桜が、谷から峰かけて、断続しながら咲いているのも見える。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
それが野茨のいばら蔓草つるくさにすっかりうずもれて、みた目にもなんとなく物悲しい気持がするのを、これこそ崇徳院の御墓であろうかと思うと、心も暗然とさせられて
つきのあかりに、野茨のいばらとうつぎのしろはながほのかにえているむらよるを、五にん大人おとな盗人ぬすびとが、一ぴき仔牛こうしをひきながら、子供こどもをさがしてあるいていくのでありました。
花のき村と盗人たち (新字新仮名) / 新美南吉(著)
源右衛門の家の背戸は、葉の落ちた野茨のいばら合歓木ねむのき、うつぎなどの枝木で殆んど覆われている。家の腰を覆うて枯蘆もぼうぼうと生えている。はね釣瓶つるべの尖だけが見える。
取返し物語 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
ジョバンニもそこらを見ましたがやっぱりそれはまどからでもはいって来るらしいのでした。いま秋だから野茨のいばらの花のにおいのするはずはないとジョバンニは思いました。
銀河鉄道の夜 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
幅三十町、長さ五十町ほどの荒れ野原のっぱらの一部分だった。萩とかや野茨のいばらばかりのくさの中に、寿命じゅみょうを尽くして枯れ朽ちた大木を混ぜて、発育のいい大葉柏がまばらに散在していた。
熊の出る開墾地 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
すすきだの、もうはやくにあの情人にものを訴へるやうなセンチメンタルな白い小さい花を失つた野茨のいばらの一かたまりの藪だの、その外、名もない併しそれぞれの花や実を持つ草や灌木が
○僕が死んだら道端か原の真中に葬って土饅頭を築いて野茨のいばらを植えてもらいたい。
(新字新仮名) / 正岡子規(著)
野茨のいばらはいとどしろきにかさ厚き薔薇さうびは濡れて肉いろの花
白南風 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
ひとつは、ゆる野茨のいばら
白羊宮 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫薄田淳介(著)
築地塀は三方だけで、南側は野茨のいばらを絡ませた四つ目垣になっていた。そこから南方は林や野や田畑がうちひらけて、遠く国境の山まで見わたすことができる。
半之助祝言 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
で、小松や満天星どうだん茱萸ぐみや、はぜ野茨のいばらなどで、丘のように盛り上がっている、藪の蔭に身をかくしながら
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
あのときにはあそこの丘の端に桐の花が咲いていた、このへんの道ばたには一もと野茨のいばらの花も咲いていたと、そんな小さな思い出までも浮かんでくる位なのです。……
大和路・信濃路 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
野茨のいばらやぶがあったり、人の背丈よりも高いおぎの生えたところがあったりしました。荻の大きな葉は人の来るように、ざらざらと鳴りました。そのたびに壮い男は心をふるわせました。
宇賀長者物語 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
野茨のいばらや沼草の繁茂にまかせ、洪水や風雨の暴力にも、すべて自然に対して、あきらめの眼しか持たない農民に——子々孫々、骨と皮ばかりの生活くらしを伝えて来ながらも、依然、眼をひらかない彼らに
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「ほんとうに苹果りんごのにおいだよ。それから野茨のいばらのにおいもする」
銀河鉄道の夜 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
野茨のいばらはいとどしろきにかさ厚き薔薇さうびは濡れて肉いろの花
白南風 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
ひとつは、ゆる野茨のいばら
泣菫詩抄 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
……麻川来太は曲がった角から三軒めの家を訪れた。野茨のいばらの低い生垣の門を入ると洋風の玄関があり、春の光のいっぱいにさしているその片隅に鸚鵡おうむの籠が置いてあった。
花咲かぬリラ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
その日彼は山手の方へあてもなくブラブラ歩いて行った。茂みで鳥が啼いていた。野茨のいばらの赤い実が珠をつづり草の間では虫がすだいていた。ひどく気持ちのよい日和ひよりであった。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「ほんとうに苹果の匂だよ。それから野茨のいばらの匂もする。」
銀河鉄道の夜 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
野茨のいばらいらにしまじる
白羊宮 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫薄田淳介(著)
その瞬間に握ったのでもあろう、起き上った時に右の手に、野茨のいばらの花を握っていた。枝も一緒に握ったものと見えて、その枝のとげに刺されたらしく、指から生血がにじみ出ていた。
生死卍巴 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
道には野茨のいばら、香水のようなにおい!
剣侠受難 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)