角帯かくおび)” の例文
敬太郎は主人の煙草入たばこいれを早く腰に差させようと思って、単によろしいと答えた。主人はようやく談判の道具を角帯かくおびの後へしまい込んだ。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
割合に年少とししたな善どんでさえ最早小僧とは言えないように角帯かくおびと前垂掛の御店者おたなものらしい風俗なりも似合って見えるように成って来た。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
見ると、盲縞めくらじま角帯かくおびをしめた男で、田舎廻りの米の買出人かいだしにんという恰好かっこうの男である。当時の日本の中流階級の下というところの代表者であろう。
日本のこころ (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
感化院を出がけに兄貴分から注意されて来た牛太郎ぎゅうたろうという女郎屋の改札がかりはコイツらしい。聞いた通りに派手なダンダラの角帯かくおびを締めていやがる。
超人鬚野博士 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
その身は静に男の羽織着物を畳んで角帯かくおびをその上に載せ、枕頭まくらもとの煙草盆の火をしらべ、行燈あんどう燈心とうしんを少しく引込め、引廻した屏風びょうぶはしを引直してから
妾宅 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
これは今日の筒袖の方が軽快で便利である。屋敷の子は兵児帯へこおびをしめていたが、商家の子は大抵角帯かくおびをしめていた。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
やはり郁治や清三と同じく三里の道を朝早く熊谷にかよった連中れんちゅうの一人だが、そのほんとうの号は機山きざんといって、町でも屈指くっし青縞商あおじましょうの息子で、平生へいぜい角帯かくおびなどをしめて
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
ひょろ松と顎十郎が、踏みこんで行くと、伏鐘重三郎は、松坂木綿まつざかもめんの着物に屑糸織くずいとおり角帯かくおびという、ひどく実直な身なりで長火鉢に鯨鍋をかけ、妾のお沢と一杯っていた。
二十一歳の冬に角帯かくおびしめて銀座へ遊びにいって、その晩、女が私の部屋までついて来て、あなたの名まえなんていうの? と聞くから、ちょうど、そこに海野三千雄、ね
虚構の春 (新字新仮名) / 太宰治(著)
十四の夏が秋に移ろうとしたころ、葉子はふと思い立って、美しい四寸幅ほどの角帯かくおびのようなものを絹糸で編みはじめた。あいに白で十字架と日月とをあしらった模様だった。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
さきたまのついた長杖ながづゑき、草色くさいろ石持こくもち衣類いるゐ小倉こくらおび胸高むなだかで、たけしやくあまりもあらうかとふ、おほき盲人まうじん)——とふのであるが、角帯かくおび胸高むなだか草色くさいろ布子ぬのこては
怪力 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
美妙はいなの背のように光ったベラベラ着物に角帯かくおびをキチンと締め、イツでも頭髪あたまを奇麗に分けて安香水やすこうすいの匂いをさしていたが、紅葉はくすんだ光らない着物に絞りの兵児帯へこおびをグルグル巻いて
美妙斎美妙 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
……次に梅川から持って来た包をひらいた、つむぎのこまかい縞の単衣ひとえに、葛織くずおりの焦茶色無地の角帯かくおび印籠いんろう莨入たばこいれ印伝革いんでんがわの紙入、燧袋ひうち、小菊の紙、白足袋に雪駄せった、そして宗匠頭巾そうしょうずきんなどをそこへ並べた。
追いついた夢 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
黒い前掛けをしめて、角帯かくおび矢立やたてをさしている時もあった。
障子しょうじを取り払ったその広間の中を見上げると、角帯かくおびめた若い人達が大勢おおぜいいて、そのうちの一人が手拭てぬぐいを肩へかけておどりかなにかおどっていた。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
枕に後向うしろむきに横はりし音羽屋おとわやの姿は実に何ともいへたものにはあらず小春が手を取りよろよろと駆け出で花道はなみちいつもの処にて本釣ほんつりを打ち込み後手うしろで角帯かくおび引締めむこう
書かでもの記 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
と仰有って新しい飛白かすりの着物にいつもの小倉こくら角帯かくおびを締めてお出かけになりました。
押絵の奇蹟 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
列車が新橋しんばしに着くと葉子はしとやかに車を出たが、ちょうどそこに、唐桟とうざん角帯かくおびを締めた、箱丁はこやとでもいえばいえそうな、気のきいた若い者が電報を片手に持って、目ざとく葉子に近づいた。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
小肥こぶとりにふとったその男は双子木綿ふたこもめんの羽織着物に角帯かくおびめて俎下駄まないたげた穿いていたが、頭にはかさも帽子もかぶっていなかった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
(そは作者の知る処にあらず。)とにかく珍々先生は食事の膳につく前には必ず衣紋えもんを正し角帯かくおびのゆるみを締直しめなおし、縁側えんがわに出て手を清めてから、折々窮屈そうに膝を崩す事はあっても
妾宅 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
それがいつとなくけて来て、人柄ひとがらおのずと柔らかになったと思うと、彼はよく古渡唐桟こわたりとうざんの着物に角帯かくおびなどをめて、夕方から宅を外にし始めた。
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
あに角帯かくおび金鎖きんぐさりけて、近頃流行る妙なの羽織をて、此方こちらいて立つてゐた。代助の姿すがたを見て
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
彼はしま羽織はおり角帯かくおびを締めて白足袋しろたび穿いていた。商人とも紳士とも片の付かない彼の様子なり言葉遣なりは、健三に差配という一種の人柄を思い起させた。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
湯帰りと見えて、しま半纏はんてんの肩へ手拭てぬぐいを掛けたのだの、木綿物もめんもの角帯かくおびめて、わざとらしく平打ひらうちの羽織のひもの真中へ擬物まがいもの翡翠ひすいを通したのだのはむしろ上等の部であった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
第一須永が角帯かくおびをきゅうとめてきちりと坐る事からが彼には変であった。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)