行火あんか)” の例文
けちなことをお言いなさんな、お民さん、阿母おふくろ行火あんかだというのに、押入には葛籠つづらへ入って、まだ蚊帳かやがあるという騒ぎだ。」
女客 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
行火あんかかはりにまでももちひられるようになり、今日こんにちでは人間にんげん生活上せいかつじよう電氣でんき寸時すんじくことの出來できない必要ひつようなものとなりました。
森林と樹木と動物 (旧字旧仮名) / 本多静六(著)
二階の机の横に行火あんかを造り灰皿を揃え、くしゃみをすれば大事な胴着を頭からかけてやって、そして一筆願うありさまです。
仙台の殿様が伽羅きゃらの下駄をいたという時代、はるかへだたっては天保年間のお女郎は、下駄へ行火あんかを仕掛けたと言う時代です。
屋台の裏で、空箱を腰掛けに、行火あんかを挾んで二人はむかい合っていたが、清麿は、重輔の今の一言に、さっと、冴えた顔から、鋭い眼をすえた。
山浦清麿 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
時としては彼女は寒い雨の降る日に谷中から通って来て、祖母さんの部屋の行火あんかに凍えた身を温めながら、少し横に成っていることもあった。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
宅から持参の小さな行火あんかへ、ここの堅い蒲団を、何枚も重ねかけ、スコッチの服にどてら、膝に毛布を巻いて。ここは七面山奥之院の楼上である。
ある偃松の独白 (新字新仮名) / 中村清太郎(著)
汚いますのなかで行火あんか蒲団ふとんをかけ、煎餅せんべいや菓子を食べながら、冬の半夜を過ごすこともあったが、舞台の道化にげらげら笑い興ずる観衆の中にあって
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「ああ、おとこ旅人たびびとか……。」と、かれはいいました。かぜさむいから、また障子しょうじめて、行火あんかにあたっています。
幸福の鳥 (新字新仮名) / 小川未明(著)
メリヤス屋の露店ろてん。シャツやズボン下をった下にばあさんが一人行火あんかに当っている。婆さんの前にもメリヤス類。毛糸の編みものもまじっていないことはない。
浅草公園:或シナリオ (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
障子の破れ穴の一つに怪しい者の眼球めだまが光るような気がした。彼は逃げるように行火あんかに掛けてある蒲団ふとんを頭からかぶって、猫か犬かが寝たように円くなって寝た。
黄灯 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
はては箪笥たんす、鏡台、漆器類、いろ/\のものを売る店があって品物をならべた「みせだな」の一角に畳一畳位の処に店番の人が小さな火鉢や行火あんかをかかえてちんまりと座って
新古細句銀座通 (新字新仮名) / 岸田劉生(著)
スタンドだ、ヒーターだ、コーヒーわかしだ、シガレット・ライターだ、電気行火あんかだ、電気こてだと、電気が巣喰っている道具ばかりが出来て殺人の危険は、いよいよ増加してきた。
電気看板の神経 (新字新仮名) / 海野十三(著)
炬燵こたつ蒲団ふとんへ足を入れると、そこは椅子になっていて、下げた脚の底に行火あんかがあった。障子の硝子ガラス越しに庭が見え、その庭には京都から取り寄せられたという白砂が敷き詰められていた。
御萩と七種粥 (新字新仮名) / 河上肇(著)
「一大事出来しゅったい平茂ひらも、御注進に。じつぁね、例の女の子、行火あんかがわりの、へへへ、めてやっていただきやしょう。見ただけで、ぶるるとくるようなやつが、殿様、みつかりやしたんで。」
元禄十三年 (新字新仮名) / 林不忘(著)
「寒くなつたなあ、めつきり。おれ、今日も行火あんかさはいつて來るから。」
生活の探求 (旧字旧仮名) / 島木健作(著)
小鬢に禿のある四十ばかりの亭主が行火あんかをかかえて店番をしていた。
半七捕物帳:27 化け銀杏 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
こうして行火あんかにぬくまりながら、騒ぎの起きるのを待ってたんだ。
行火あんかの代用にするつもりであったかも知れないと思ったのである。
酒徒漂泊 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
「こう、はばかりだが、そんな曰附いわくつきの代物は一ツも置いちゃあねえ、出処でどこたしかなものばッかりだ。」とくだんののみさしを行火あんかの火入へぽんとはたいた。
註文帳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
階下の六畳では、行火あんかに当りながらせきがその音楽を聴いていた。うめはもう寝ている。厠へ通う人に覗かれないように、部屋の二方へ幕を張り廻してあった。
(新字新仮名) / 宮本百合子(著)
「絹漉ですか」主翁はこう云って、食卓ちゃぶだいの向うでとうにめしをすまして行火あんかにあたっている女房の方を見て、「絹漉とおっしゃるのだ、まだ少し残っているのだな」
黄灯 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
船のなかへ行火あんかを入れ、酒や麦酒ビールを持ちこんで、島々の間をぎまわり、最近心中のあったという幾丈かの深い底まで見えるような、あおい水をのぞいたのだったが
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
最早祖母さんの部屋には行火あんかが置いてあった。節子はその部屋の方から縁側伝いに岸本の机の側へ来た。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「打つ飲む、両刀遣いだから、ろくな行火あんかもありゃしません。とんだくたびれもうけで」
行火あんかに足を入れて、夜具をかぶると、そのまま、夢も見ないで寝てしまった。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
とその隣が古本屋で、行火あんかの上へ、ひげの伸びたせたおとがいを乗せて、平たくうずくまった病人らしい陰気な男が、釣込まれたやら
露肆 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そして、乳呑児の襁褓むつきを温める為に置いてあった行火あんかもたれて、窓の下のところで横に成った。
芽生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
行火あんかのタネがあってよかったこと、どうかしらと思って居ました。謄写のことわかりました。
主翁は女房に悟られまいと思って、平気をよそおうて行火あんかを出てもとの処へ坐った。
黄灯 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
と先に立ち、幕明き前のざわつく廊下を小股こまたにせかせか歩きながら、棧敷さじきの五つ目へ案内し、たらたらお世辞を言って、銀子の肩掛けをはずしたり、コオトを脱がせたり、行火あんかの加減を見たりした。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
突然いきなり年増としま行火あんかの中へ、諸膝もろひざ突込つっこんで、けろりとして、娑婆しゃばを見物、という澄ました顔付で、当っている。
露肆 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
猫の入物いれものとかで、わらで造った行火あんかのようなものが置いてある。私には珍らしかった。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
ですから、のちに、私がその「魔道伝書」のすき見をした時も炬燵櫓こたつやぐら……(下へ行火あんかを入れます)兼帯の机の上に、揚ものの竹の皮包みが転がっていました——
雪柳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
めったに長火鉢の前へ坐ったことも無いような義雄は部屋のすみにある行火あんかの方へ行った。この義雄を話の仲間に加えたことは、余計にその階下の部屋を女と子供だけの世界のようにして見せた。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「……あったかい!……」を機会きっかけに、行火あんかの箱火鉢の蒲団ふとんの下へ、潜込もぐりこましたと早合点はやがってんの膝小僧が、すぽりと気が抜けて、二ツ、ちょこなんと揃って、ともしびに照れたからである。
露肆 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「出来てるにゃ出来てます、」と膝かけからすぽりと抜けて、行火あんかを突出しながらずいと立つ。
註文帳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ようかせいでくれまして、おまえさん、こんな晩にゃ行火あんかを抱いて寝ていられるもったいない身分でござりましたが、せがれはな、おまえさん、この秋兵隊に取られましたので
夜行巡査 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
やっぱりあおい灯の船に買われて、その船頭衆の言う事をかなかったので、こっちの船へ突返されると、ともの処に行火あんかまたいで、どぶろくを飲んでいた、私を送りの若いしゅがな
歌行灯 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
行火あんかで、」と云って、ひじを曲げた、雪なす二の腕、担いだように寝て見せる。
女客 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
一つつまずきながら、かまちへ上って、奥に仏壇のある、ふすまを開けて、そこに行火あんかをして、もう、すやすやとた、なでつけの可愛らしい白髪しらがと、すそに解きもののある、女中の夜延よなべとを見て、そっとまた閉めて
第二菎蒻本 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)