自若じじゃく)” の例文
あの大傷手おおいたでをこうむりながら、なお自若じじゃくとして、わが陣前近く、三日にわたって、芝居しばい(戦場)を踏まえているは、敵ながら天晴者よ。
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
対馬守は自若じじゃくとして打ち見守ったままである。その目は、救い手の黒い姿に注がれて動かなかった。しかしやがてうなずいた。
老中の眼鏡 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
敬刑せらるゝに臨みて、従容しょうようとして嘆じて曰く、変宗親そうしんに起り、略経画けいかく無し、敬死して余罪ありと。神色自若じじゃくたり。死して経宿けいしゅくして、おもてなお生けるがごとし。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
ああ思慮しりょ知識ちしき解悟かいご哲学者てつがくしゃ自若じじゃく、それいずくにかると、かれはひたすらにおもうて、じて、みずか赤面せきめんする。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
けれども、ソクラテスは終始自若じじゃくとしていて、こせこせした弁護をせず、やはり自分も一緒にその芝居見物をして、衆人と共に笑い興じていたほどである。
ソクラテス (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
かの女はよろめくたびに、幾度かたぎり立つ地獄の中に落ちこもうとしては、渾身こんしんの力をもってわずかに支えている。けれどもかの女の顔色は自若じじゃくとして変らない。
雲仙岳 (新字新仮名) / 菊池幽芳(著)
さすがに、二人の科学者は、自若じじゃくとして、一語も発せず、前方によこたわる物凄い大鳴門に、じいと眼をえた。
怪奇人造島 (新字新仮名) / 寺島柾史(著)
侍「御亭主、お前は流石さすが御渡世柄ごとせいがらだけあって此の店を一寸ちょっとも動かず、自若じじゃくとしてござるは感心な者だな」
キャラコさんは、ロープのしもとの雨の下で、一種自若じじゃくとした面持ちでレエヌさんの顔を見上げていた。
キャラコさん:05 鴎 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
その従容しょうよう自若じじゃくたる、まさにこれ哲人の心地しんち、観てここに到れば、吾人ごじんは松陰が多くの弱点と欠所とを有するにかかわらず、ただ愛すべく、敬すべく、慕うべく、仰ぐべく
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
雪之丞の自若じじゃくとした容子ようすに、驚歎きょうたんの目をみはっていた一人が、傍の、肩の尖った男にいいかけた。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
仮髪に手をかけても泰然として眠っている。仮髪を取外しても自若じじゃくとして舟を漕いでいる。此の按排あんばいでは一つ位打擲ぶんなぐっても平気の平左衛門だろう。校長の頭顱あたまは丸薬鑵だ。
いたずら小僧日記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
が、豪快ごうかい蒲生泰軒、深くみずからの剣技にたのむところあるもののごとく、地を蹴って寄り立った石燈籠を小楯こたてに、自源流中青眼——静中物化を観るといった自若じじゃくたるてい
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
いうまでもなく門は左右に均等の高壁を延ばして、尽きる所に角楼かくろうが美しい姿勢を保っている。仰ぎ見る者は誰でもその自若じじゃくとした威厳の美に打たれない者はないであろう。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
少保しょうほ馬亮公ばりょうこうがまだ若いときに、燈下で書を読んでいると、突然に扇のような大きい手が窓からぬっと出た。公は自若じじゃくとして書を読みつづけていると、その手はいつか去った。
どこに当人が歎きかなしみなぞしたのですか。人におしまれ可哀あわれがられて、女それ自身は大満足で、自若じじゃくとして火に焼かれた。得意想うべしではないのですか。なぜそれが刑罰なんだね。
海神別荘 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
成瀬九十郎は自若じじゃくとしておりますが、充分に好奇心を動かしている様子です。
自若じじゃくとして死んだことを知って私は実に憤忿の念に堪えないのであります。
ある抗議書 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
茫然ぼうぜんとして見ていたが、権兵衛が何事もないように、自若じじゃくとして五六歩退いたとき、一人の侍がようよう我に返って、「阿部殿、お待ちなされい」と呼びかけながら、追いすがって押し止めた。
阿部一族 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
それを知った博物学の先生は驚いて医者を迎えにやった。医者は勿論やって来るが早いか、先生に吐剤とざいを飲ませようとした。けれども先生は吐剤ということを知ると、自若じじゃくとしてこういう返事をした。
本所両国 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
と言って自若じじゃくとして居られたそうです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
道聴塗説どうちょうとせつ紛々ふんぷんには動かされまいと、みな自若じじゃくと構えてはおりましたものの、怖ろしいものは、妄を信じる世間の心理です。
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
客は自若じじゃくとして答えなかった。蛇はたちまち突入して、第十五の輪まで進んで来た。女は再び水をふくんで吹きかけると、蛇はたるきのような大蛇となって、まん中の輪にはいった。
しかも自若じじゃくとしてそこに生えたるもののごとくおり立つと、腰の物を抜き合わそうともせず、あの凄艶せいえん無比な額なる三日月形の疵痕を、まばたく星あかりにくっきり浮き上がらせながら
さて權六という米搗こめつきが、東山家に数代伝わるところの重宝じゅうほう白菊の皿を箱ぐるみ搗摧つきくだきながら、自若じじゃくとして居りますから、作左衞門はひどおこりまして、顔の色は変り、唇をぶる/\ふるわし
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
緋娑子さんは、わかりきったことを、といった顔つきで、自若じじゃくとこたえた。
キャラコさん:06 ぬすびと (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
短銃ピストルを突き付けられて居る人にも似ず、自若じじゃくとして取乱した風も、物に驚いた風もありませんでしたが、さすがにもう先刻のように、兄妹を相手に気軽に話をするような事はありませんでした。
天才兄妹 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
「あッ。」とばかりわなないて、取去ろうとすると、自若じじゃくとして
伊勢之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
白面細眼、自若じじゃくとしてそういう容子、さすがに名門の血すじを引いているだけに、争いがたい落着きがあった。
三国志:03 群星の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ぴたりそれを一かつしておくと、退屈男は自若じじゃくとしてなじりました。
軽く答へて自若じじゃくたりき。
海城発電 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
楼上ろうじょうの大衆は、たがいにだきあって、熱苦のさけびをあげてしまろんだ。なかにひとり、快川和尚かいせんおしょうだけは、自若じじゃくと、椅子いすにかけて、まゆの毛もうごかさず
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
だが退屈男の自若じじゃくぶりというものはたとえようがない。
が、わざと自若じじゃくとして
吉原新話 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
彼の自若じじゃくとして不敵なさま。わずかにうかがわれるおもざし、背恰好かっこう、まぎれもあらず、人相書のそれとピッタリ。
鳴門秘帖:05 剣山の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
大上段、満月にひじを構えた鐘巻自斎は、山の如く森林のごとく、静かに自若じじゃくとして新九郎の剣勢をみつめた。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
常人には到底考えられない心理の中に、しかし、この老母は自若じじゃくとしているのだ。万人が何といおうが、自分だけは深く信じるところがあるもののような姿をして——。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
最前、彼が熱湯を浴びせられそうになって、大勢の中に、坐ったところを、往来をへだててじっと見ておったが、なかなか自若じじゃくとして、悪びれぬていには、ひそかに感服した。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と新九郎は、初めての他流試合に臨んでこの強敵に会いながら、自若じじゃくとした態度を保った。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
が、すぐわきの、長岡佐渡や伊織たちのいる床几場のひとかたまりが、自若じじゃくとしているのを見て、いて平静をよそおいながら、角兵衛もその周囲も、じっと、動かないことに努めていた。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
新介は、死闘に燃やした眸を、まだそのまま持って、かたちこそ、自若じじゃくとしていたが
剣の四君子:02 柳生石舟斎 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
さすがに、自若じじゃくとして、左右をしずめたが、おおい得ないものは、感情の残滓ざんしである。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
老母は自若じじゃくとしてさわがない。曹操はいよいよごうを煮やして、自ら剣を握った。
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
田豊は自若じじゃくとして獄を出、むしろに坐って一杯の酒を酌み
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
賀相は自若じじゃくとして、隣の治忠へ
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「うむ」自若じじゃくとして
鳴門秘帖:05 剣山の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)