あなぐら)” の例文
彼女の亡骸なきがらを二週間(最後の埋葬をするまで)この建物の礎壁のなかにたくさんあるあなぐらの一つに納めておきたいという意向を述べた。
母は私をひきづり、あなぐらのやうな物置きの中へ押しこんで錠をおろした。あの真つ暗な物置きの中へ私はなんべん入れられたらうな。
をみな (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
彼は行くのを躊躇ちゅうちょした。あなぐらへ行こうとしていたオイレル老人が、彼を見て呼びかけた。彼は足を返した。夢をみたような気がした。
ややあって、そのあなぐらのような薄明りに目がなれてきて、格子の向こうを透かして見ようとしても、五、六寸より先は見えなかった。
われは、それより力無く起き上り、本堂下のあなぐらに入りて、男女の屍体を数段に斬り刻み、裏山の雑木林の彼処かしこ此処こゝに埋め終りつ。
白くれない (新字新仮名) / 夢野久作(著)
法印は、急に歓喜が二倍になり酔いが二倍になって、からだの節々もゆるめば、いつか、あなぐら番人としての警戒心さえ緩んで来るのであった。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
草のしとねに憩ふ旅人の遣瀬ない氣持を感じながら、千登世を隱蔽してあるこのあなぐらに似た屋根裏を指して歸つて來るのであつた。
崖の下 (旧字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
あなぐらのやうな入口からくわつと明るい銀座の通が見える、白日の輝き、濡れた舗石、柳の葉、そのかげの赤い草花の鉢、寄せかけた自転車の銀の輪……
桐の花 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
否、さてはおん身はつまさだめするものゝ先づ心得べき事あるを知り給はぬなるべし、粮廚かてくりやに滿ち酒あなぐらに滿ちて、始て夫婦の間の幸福は全きものぞ。
まだ腹が脈うっていた。そして凄まじい煙硝の臭いが、湿め付いたあなぐらの空気の中に鼻を衝かんばかりでこもってきた。
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
画室の寒い薄暗いあなぐらの様な寝室がまざまざと眼に見えて、今、此の PLACE に波をうつてゐる群衆から離れて、一人あんな遠くへ帰つてゆくのが
珈琲店より (新字旧仮名) / 高村光太郎(著)
これが土佐高知で実を結んだのは珍らしいことであるが、冬はキットあなぐらへ入れて保護してあったのであろう。同家の庭は広くて水石の景致に富んでいた。
植物一日一題 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
そこには、幅一尺ほどの、長方形の、真暗なあなぐらがポッカリ明いた。そこでわしは、両手を差入れて、天井裏をぐったが、思うものは、直ぐ手先に触れた。
夜泣き鉄骨 (新字新仮名) / 海野十三(著)
老主人夫婦と一人の給仕女との三人の家族の住む方は土地の傾斜のまゝに建てられて薄暗ぐらあなぐらの様に成つて居るし、客の席に当てた一室ひとまわづか十畳敷程の広さで
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
平三は暗いあなぐらの中に閉ぢ込められた様な気持で、其鬱積した心の遣場もなく、毎日つまらぬ日を送つた。こんなことが長く続いては迚もやり切れないと思つた。
厄年 (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
夫を玄関に送りでし宮は、やがて氷のあなぐらなどにるらんおもひしつつ、是非無きあゆみを運びて居間にかへりぬ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
あなぐらのような小屋の中で、この不健康な親娘おやこはもはやどうすることもできなくなっていた。一台の荷車を売ったその金が、わずかに二人の生命をつないでいるだけであった。
或る嬰児殺しの動機 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
臧はこのことを聞くともう数人の者をつれていってあなぐらあばきはじめた。そこに四、五尺の深さになったあながあった。しかしそこには石ころばかりで金らしいものはなかった。
珊瑚 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
葡萄のやうな薔薇ばらの花、あなぐら酒室さかむろの花である葡萄のやうな薔薇ばらはな狂氣きちがひ亞爾箇保兒アルコオルがおまへのいきねてゐる、愛の狂亂をつかけておくれ、僞善ぎぜんの花よ、無言むごんの花よ。
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
やがて、鬼気漂う地底のあなぐらに、一打ち毎に人の心を凍らせるような金槌かなづちの音が響き渡った。
悪魔の紋章 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
酒を造るあなぐらが八つあつた。大桶が千以上も据ゑてあつただらう。其頃はフランスでもこつちの白葡萄酒の評判が好かつた。あの国は葡萄酒の外なんにも分からない国ださうだがな。
センツアマニ (新字旧仮名) / マクシム・ゴーリキー(著)
他の梯はあなぐら住まひの鍛冶かぢが家に通じたる貸家などに向ひて、凹字あふじの形に引籠みて立てられたる、此三百年前の遺跡を望む毎に、心の恍惚となりて暫し佇みしこと幾度なるを知らず。
舞姫 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
とにかくそれは、いつ朝が来ていつ日が暮れるともないあなぐらのような闇黒の底だった。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
己は又之を己の仕事の終る日の為に貯へた。其終も間近くなつたからは、お前の家の棟木を強うする為にも、お前のあなぐら火食房ラアダアを充たす為にも、お前は金貨や銀貨に不足する事はない。
偶然そこへ出たサヨは半ば本気なような、半ば自分のそんな気持に抵抗しているような複雑な気持のまま、外の明るみに馴れた目にはあなぐらの入口のように思える三和土たたきの玄関を入ってみた。
朝の風 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
岡野の好きな奥の階下の六畳というのは、昼間は薄暗くて、あなぐらのような感じだったが、小さな池に寒山竹と南天をあしらった、狭い二坪か三坪の中庭に臨んで、一寸した濡縁がついていた。
操守 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
それならどうして、この文明の日光に照らされた東京にも、平常は夢の中にのみ跳梁ちょうりょうする精霊たちの秘密な力が、時と場合とでアウエルバッハのあなぐらのような不思議を現じないと云えましょう。
妖婆 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
その後蘇武があなぐらの中に幽閉ゆうへいされたとき旃毛せんもうを雪に和してくらいもって飢えをしのいだ話や、ついに北海ほっかい(バイカル湖)のほとり人なき所にうつされて牡羊おひつじが乳を出さば帰るを許さんと言われた話は
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
陰刻いんこくな冬が彼岸ひがんの風に吹き払われた時自分は寒いあなぐらから顔を出した人のように明るい世界を眺めた。自分の心のどこかにはこの明るい世界もまた今やり過ごした冬と同様に平凡だという感じがあった。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
矢張草葺だが、さすがに家内何処となくうるおうて、屋根裏には一ぱい玉蜀黍をつり、土間には寒中蔬菜そさいかこあなぐらを設け、農具のうぐ漁具ぎょぐ雪中用具せっちゅうようぐそれ/″\ならべて、横手よこての馬小屋には馬が高くいなないて居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
ライプチヒなるアウエルバハのあなぐら
なぜかって、それはこのへやがごく人の耳に遠いからだ。この室は何も取り柄はねえが、それだけはりっぱなもんだ。まるであなぐらみてえだ。
われ今よりあなぐらに炭俵を詰めて火を放ち、割腹してそが中に飛入り、寺と共に焼け失せて永く邪宗の門跡を絶たむとす。
白くれない (新字新仮名) / 夢野久作(著)
大革命の葡萄収穫!……その一七八九年の葡萄酒からは、もう現在では、家のあなぐらに幾本かの空瓶あきびんが残ってるのみである。
それは小さな画で、低い壁のある、平坦へいたんな、白い、切れ目もなければなんの装飾もない、非常に長い矩形くけいあなぐらまたは地下道トンネルの内部をあらわしていた。
いっそ、このあなぐらに落ちついて、飲み明す気になってくれたらどうだろうか——と、お初にねだられて、島抜け法印、なるほど、それは名案に相違ないと思った。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
酒倉の階段を踏みはずすとあなぐらへ宙づるしにブラ下つたまま寝ちまふこともままあるのだ。
山が帰る間もなく二人の男が五ひきらばを曳いて来た。老婆は山を伴れて粟のある所へいった。それはあなぐらの中に入れてあった。そこで山がおりて量をはかると、老婆は女に収めさせた。
阿繊 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
その燭を家々のあなぐらの窓にさし込みて、これをば誰もえ消さじと心安んじ、我を指ざして燭なき人の笑止さよと嘲るほどに、家の童どもいつか窖に降り行きて、その燭を吹き滅したり。
そして私はその梯子を二、三段降りたところで、拳銃ピストルを構えていた。陰湿な臭気が一層プウンと鼻を衝いてくる。地下室というよりはまったくのあなぐらであった。パッと地下から光が射してくる。
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
樓上の木欄おばしまに干したる敷布、襦袢はだぎなどまだ取入れぬ人家、頬髭長き猶太ユダヤ教徒の翁が戸前に佇みたる居酒屋、一つのはしごは直ちにたかどのに達し、他の梯はあなぐら住まひの鍛冶が家に通じたる貸家などに向ひて
舞姫 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
あなぐらのような薄暗い寒い歩廊の上に佇んで電車を待ってる間、私達には其処に居合わす人々が親しい友人のように思えて来た。皆が寒さに肩をすくめていた。恐らく皆腹も多少空いているようだった。
微笑 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
うすぐらきあなぐらのなか
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
ギーヨーム・ヴァン・キルソムは「城の番をするため」にウーゴモンに残って、あなぐらの中に身を潜めていた。イギリス兵は彼を見いだした。
しかし壁のところで多くの角に出会ったので、このあなぐら——窖であろうということは想像しないわけにはゆかなかった——の形状を推測することはできなかった。
落穴と振子 (新字新仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)
いか様、あなぐらの中の様子を外より覗くたよりと為せるていなり。の馬十が覗きしものにかあらむと心付けば、今更におぞましさ限り無く、身内に汗ばむ心地しつ。
白くれない (新字新仮名) / 夢野久作(著)
その後、オーギュスタン老人は、ごく暑い夏のある日、葡萄ぶどう酒をびんにつめようと思いたって、シャツ一つになってあなぐらへ降りていったが、そのとき肺炎にかかった。
揚げ蓋の下が、あなぐらへの、下り口になっているので、カビ臭い、しめっぽい匂いがムウと来る。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
酒倉のあなぐらへ真つ逆様に転り込むと、何のたわいもなく、俺は気絶してしまつたのだ——。
億劫おっくうそうに店の奥へ引っ込んでしまったかと思うと、やがて恐ろしく手間取った末に——ヨタヨタと段梯子だんばしごでも登って屋根裏へでも行ったものか、それともあなぐらからでも引っ張り出して来たものか
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)