うたぐ)” の例文
「そこでその……また同じような用でね……」ラスコーリニコフは老婆のうたぐり深さに驚き、いささかうろたえ気味でことばを続けた。
「いつの間にか君の方が正直な人間になつてしまつたな。俺は、君の悪影響を蒙つて他人の言葉をうたぐるといふすべを知つてしまつた!」
夏ちかきころ (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
私が奥さんをうたぐり始めたのは、ごく些細ささいな事からでした。しかしその些細な事を重ねて行くうちに、疑惑は段々と根を張って来ます。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
新「あゝいう事を云う、お前はなんぞと云うとお久さんをうたぐって、ばんごと云うがね、私とお久さんと何か訳があると思って居るのかえ」
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「たがいに苦しめ合ったり苦しんだりしてる。他人ひとを助けようとすればうたぐられる。いやになっちまう。どいつも皆人間じゃない。」
私は六郎氏をうたぐってからも二度も静子を訪ねて、家宅捜索みたいなことをやっていながら、実はまだ彼女には何も知らせてはなかったのだ。
陰獣 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
わたしをうたぐったりしちゃ駄目よ。わたし、とてもよく考えているんだから。そして、あの人がしぜんとわたしから離れていくようにするわ。
恐怖城 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
「その父を親分はうたぐっているに違いございませんが、父は正直一途の浪人者で、山脇玄内などという泥棒ではございません」
ようよう一昨年から去年あたりへかけて騒ぎ出したのでございますもの、うたぐってみました日には、あてになりはいたしません。
政談十二社 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
正直しょうじきおとうとうたぐっていたことがわかると、にいさんはたいそう後悔こうかいして、んだおとうとからだをしっかりきしめて、なみだながしながらいていました。
物のいわれ (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
「しかし君たちが僕をうたぐり出したのは君たちに頼まれたので僕が作ったあの踏み絵からではないのか。」と裕佐はいった。
その男は、もう一度川島の顔をうたぐるような眼つきで見廻したけれど、しかしそれは彼の微笑に押しかえされてしまった。
植物人間 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
そうしておいて自分の命を少しでも長く盗むために、あらゆる人をうたぐりました。そのためには多くの人をどんどん殺したり押しこめたりしました。
デイモンとピシアス (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
人をうたぐらず、人の苦しみを救うために我身の犠牲を当然とするこの青年の素直な魂は私は今も忘れることができない。
魔の退屈 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
「そんなにうたぐるんなら山本さんに訊いて下さい。あの方はほんとの私という人間を知っています、私はそんな悪いことの出来るような大胆な女ではありません」
青い風呂敷包 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
帰宅したとてもお勢の顔を見ればよし、さも無ければ落脱がっかり力抜けがする。「彼女あれに何したのじゃアないのかしらぬ」ト或時我をうたぐッて、覚えずも顔をあからめた。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
さう致すと、案の定可厭いやらしい事をもうもう執濃しつこく有仰るのでございます。さうして飽くまで貴方の事をうたぐつて、始終それを有仰るので、私一番それには困りました。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
先生は、自分の耳をうたぐったのである。地球が粉みじんになる。……と聞えたように思ったので。
火星兵団 (新字新仮名) / 海野十三(著)
あまりにも意外な師の言葉として、自分の耳をうたぐっているような顔もあるし、また、法然と月輸殿の心理を不審いぶかって、二人の顔を横からひたいごしに凝視している者もある。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
かれは疑いる……けれどわたしはうたぐってはならない。かれがなんでも自分の思うことを、わたしにしんじさせようとつとめると、わたしはかれにだまっていろと言い聞かせた。
お豊と、ある前髪の若いさむらいとの間をうたぐって、それから狂い出したということであります。取るに足らぬ男ではあったけれども、その執念の深いことは怖るべきものでした。
大菩薩峠:19 小名路の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
女は私を認めましたが、最初はうたぐってでもいるように、只凝視みつめて黙っていました。
お秋 そんな、人が本当に言ふ事をいつまでもうたぐるんだつたら、どうするの?
疵だらけのお秋 (新字旧仮名) / 三好十郎(著)
車掌が乗客をうたぐり、乗客たちは相互に疑り車掌を疑り、みんなが他の者を一人残らず疑り、馭者は馬よりほかのものは何も信用しないという、それのいつも通りの和気靄々わきあいあいたる有様であった。
いいえ偽物ぎぶつでもなければ、ひろってきたのでもありません。これはほんとうの真珠しんじゅや、さんごです。わたしうたぐってくださいますな。はやわたし着物きものってください。おじいさんはふねっています。
黒い旗物語 (新字新仮名) / 小川未明(著)
「今のままでいいんだよ。お前たちは、どうもあれをうたぐり過ぎていかん。」
次郎物語:01 第一部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
自分の事かしらんとまたちょっとうたぐったが、どうもそうでも無いらしい。
鵞鳥 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
ああ、ツルゲネーフは、蛇と蛙の争いから、幼心に神の慈悲心をうたぐった。
(新字新仮名) / 永井荷風(著)
「止して下さい。貴方はそううたぐり深いから厭さ」と男はすこし真面目まじめになって、「こうなんです——まあ、聞いて下さい。私には義理ある先生が有ましてね、今下谷したやで病院を開いているんです。 ...
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「何をそう理屈もなく泣いているのだ……お前はおれをうたぐっているな」
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
「あんなこと! あなたは餘つぽどうたぐりツぽいの、ねえ。」
「どうしておうたぐりになるんですか?」
審判 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
すべての疑惑、煩悶はんもん懊悩おうのう、を一度に解決する最後の手段を、彼は胸のなかにたたみ込んでいるのではなかろうかとうたぐり始めたのです。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
我が同類を殺しはせぬかとうたぐっての事であろう、もっとも千万、しかわれ強力ごうりきに恐れてか、温順おとなしくなったとは云うものゝ、油断はならぬわい
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
(馬車を谷底へひっくり返して紀久子と馬とを殺し、おれだけが生きて帰ったとしたら、すぐうたぐられるに相違ないのだが)
恐怖城 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
その様子が、本当に悪夢の中の様な気違いめいた感じであったけれど、青年はそんなことをうたぐっている余裕はなかった。
恐怖王 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
人のおもいですわ、真暗まっくらだから分らないっておうたぐンなさるのは、そりゃ、あなたが邪慳じゃけんだから、邪慳なかたにゃ分りません。
木精(三尺角拾遺) (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「でも私のせいじゃありませんよ。世間の人からいろんな目に会わされたので、そのためにうたぐり深くなったのです。」
君はうたぐり深いから、それで秤にかけたりなんかするんだよ……ふむ……しかし、実際ポルフィーリイの調子はかなり変だった。それは僕も承認する。
「だがな、八、俺はまだうたぐっているよ——。和助を殺したのは、やはり主人の又左衛門じゃあるまいか——と」
大村にしても英二にしても、もし独りでここに来たのだったら、到底信じなかったに違いない、見間違いとして、却って自分の眼の方をうたぐったに相違ないのである。
火星の魔術師 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
然し私はそういう私自身の考えについても、うたぐらずにいられなかった。私は女の不貞を呪っているのか、不貞の根柢こんていがたよりないということを呪っているのだろうか。
私は海をだきしめていたい (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
「これですっかりかりました。なんというやさしいこころでしょう。それをうたぐったのはすまなかった。」
松山鏡 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
「疑ってるでしょ、むろん。あたしはまたわざとうたぐらせてやるのよ。このコンタスだってこちらから見せてやったことがあるわ。あんまりしつこく神棚かみだなの奥をのぞいたりなんかするから。」
またおうたぐりになるのが当然なんです。
機密の魅惑 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
「だッて人をおうたぐりだものヲ」
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
彼は自分をどう見ているだろうか。どのくらいの程度に自分を憎んでいるだろう、またうたぐっているだろう。そこが一番知りたかった。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
永「七兵衞さん、先刻さっきお前、わしにおつう云掛いいかけたが、お前はお梅はんと私とおかしな事でも有ると思ってうたぐって居やアせぬか」
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
だが、あいつは、仮令たとい銃声をうたぐったとしても、俺がこのうちへ来ていることは知る筈がない。あいつは、俺が来る以前から、あすこで遊んでいたのだ。
灰神楽 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
ひとおもひですわ、眞暗まつくらだからわからないつておうたぐンなさるのは、そりや、あなたが邪慳じやけんだから、邪慳じやけんかたにやわかりません。
三尺角拾遺:(木精) (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)