無頓着むとんちゃく)” の例文
そういう状態にある彼は、今この差出人の不明な、何物とも知れぬ球根の小包を受け取って無頓着むとんちゃくでいるわけにはゆかなかったのである。
球根 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
わたしは、あのおも荷物にもつ車室しゃしつなかで、そんなことには無頓着むとんちゃくに、わらったり、はなしたりしていた人間にんげんが、にくらしくてしかたがありません……。
負傷した線路と月 (新字新仮名) / 小川未明(著)
それとも実際無頓着むとんちゃくに自己を客観かくかんしているのかも知れない。それを心理的に判断することは、性格を知らないでは出来ない筈だと思った。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
一体無頓着むとんちゃくなのに、橘屋たちばなやときたら、そのころはしどい借金だったのですからね。きもあかれもしやあしないでしょうが、母親が承知しない。
一世お鯉 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
私は食物くいものには割合に無頓着むとんちゃくであって、何処でも腹が空けばその近所の飲食店で間に合わして置く方であるが、二葉亭はなかなかう行かなかった。
二葉亭余談 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
青天白日に徳利れから私が世間に無頓着むとんちゃくと云うことは少年からもって生れた性質、周囲の事情に一寸ちょいとも感じない。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
御老年の親御おやごさんが御病気におなりなすった時は如何いかに食物の事へ無頓着むとんちゃくな御主人でも子の義務として御老人の食物を研究なさらなければなりますまい。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
「味」のことばかりを言って、その背後にある「美」の影響力に無頓着むとんちゃくなのが、言って悪いが当代の料理人、料理研究所あたりの大方ではないでしょうか。
摂生に関しては無頓着むとんちゃくなところがあり、ややともすると医師の忠告をお用いにならない風があったので、再発の恐れが全くないとは云えなかったけれども
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
大よそ家主もずこれくらい無頓着むとんちゃくであったら、借家人も居心地がよかろうと、内心すこぶる得意であったが、よく考えて見ると、それでは何も巣箱などを
多吉は西洋のことなぞに一向無頓着むとんちゃくで、主人が西洋人から手に入れて珍重するという寒暖計の性質も知らず
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
昔の家というものは構えが大きくて、木口ががっしりと作られている代り、無頓着むとんちゃくな採光や通風のせいか、言い知れぬ暗さが漂っているもんだなと思いました。
棚田裁判長の怪死 (新字新仮名) / 橘外男(著)
彼はその生涯の慰安たりし絵画人形絵本その他の美術品が博物館と呼ばれしひややかなる墳墓に輸送せられ、無頓着むとんちゃくなる観覧人の無神経なる閲覧に供せられんよりは
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
ごく粗末な材料でつくった棺が、棺掛けもかぶせずに、数人の村人にかつがれてきた。教会の下役僧が先に立って、ひややかな無頓着むとんちゃくな顔つきをして歩いていた。
家の狭さと、あるじの無頓着むとんちゃくさとはこの言葉書ことばがきの中にあらわれて、その人その光景目前に見るがごとし。
曙覧の歌 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
後に買った大久保おおくぼの家に、書斎を新しく建て増しする時、一切いっさいの設計や事務を妻に一任して、自分は全く無頓着むとんちゃくで居たが、それでも妻が時々相談を持ちかけると
私が彼にフロックを渡したのは、無頓着むとんちゃくからでも慈悲心からでもなかった。いや、彼が私よりも強かったからだ。もし拒んだら、私はあの太いこぶしでなぐられたろう。
死刑囚最後の日 (新字新仮名) / ヴィクトル・ユゴー(著)
が、そんな事には一向に無頓着むとんちゃくらしく、帰って来た大月は、秋田に一寸微笑して見せただけで、直ぐ隣室へその女を連れ込むと、間の扉をピッタリ閉めて了った……。
花束の虫 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
元来そんなことにはわりあい無頓着むとんちゃくな俊亮も、さすがに無視するわけにはいかなかったのである。
次郎物語:02 第二部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
虚栄心などは少しもない、服装とか身嗜みだしなみなどの無頓着むとんちゃくさは、その無頓着さにおいて抜群である。
長屋天一坊 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
園はおぬいさんにきつけられている、おぬいさんについては一言もいわないではないか。……清逸はすぐそう思った。それともおぬいさんにはまったく無頓着むとんちゃくなのか。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
博士は無頓着むとんちゃくに、その大きな紙の四隅をピンでとめた。それから机の下をさぐっていたが押しボタンの一つをぷつんと押した。すると紙がぱっと蛍光色けいこうしょくを呈して光りだした。
無頓着むとんちゃくな老師に先んじて、平常うした俗事にまめな世話役某の顔を莫迦ばか/\しく思ひ浮べた。
老主の一時期 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
なぜといえば今時ほんとうに良心と理性との目ざめた精神的要求の豊かな人が、自分を無良心だと思わずに、その門にまったく無頓着むとんちゃくであることは不可能なことだからです。
西伯利亜鉄道シベリアてつどうの汽車の中で、此一張羅の洋服を脱いだり着たりするたびに、流石さすが無頓着むとんちゃくな同室の露西亜の大尉も技師も、眼をまるく鼻の下を長くして見て居た歴史つきの代物しろものである。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
米友が気づかっているのを無頓着むとんちゃくに飛びは飛んだが、見事に飛びそこねてしまいました。
大菩薩峠:06 間の山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
相手は無頓着むとんちゃくにこう云いながら、剃刀かみそりを当てたばかりのあごで、沼地の画をさし示した。流行の茶の背広を着た、恰幅かっぷくい、消息通を以て自ら任じている、——新聞の美術記者である。
沼地 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
しかしそれは愚問であって、さっきから外の景色にも、車内の様子にも、まるで無頓着むとんちゃくで、夢中になって読みふけっているのだから、日本字の読めることは、きくまでもないことである。
日本のこころ (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
省作は無頓着むとんちゃくで白メレンスの兵児帯へこおびが少し新しいくらいだが、おはまは上着は中古ちゅうぶるでも半襟はんえりと帯とは、仕立ておろしと思うようなメレンス友禅のひんの悪くないのに卵色のたすきを掛けてる。
隣の嫁 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
父は無頓着むとんちゃくで、当人が行くといえば行くもかろうといっていましたが、母は、たった一人の男の子を行く末僧侶そうりょにするは可愛そうだといって不承知であったので、この話は中止となった。
世間では、無頓着むとんちゃくな人だと思ってるけど、こりゃ間違いだ。そりゃ、気がつくんだからね。なんでもひたいの奥へきざみ込んどく。だから、そのコップだって、指で押しやって、ただそれだけさ。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
ところが沖縄人はこの大問題に就いて至って無頓着むとんちゃくであったのであります。
琉球史の趨勢 (新字新仮名) / 伊波普猷(著)
しかし芸術家の中には科学に対して無頓着むとんちゃくであるか、あるいは場合によっては一種の反感をいだくものさえあるように見える。
科学者と芸術家 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
このとき、無頓着むとんちゃくいしは、だまってねむっていました。小鳥ことりは、そのいしあたまで、くちばしをみがきました。そして、はな見守みまもって
公園の花と毒蛾 (新字新仮名) / 小川未明(著)
その上に二葉亭は、ドチラかというと浪費家であって、衣服きものや道具には無頓着むとんちゃくであったが食物くいものにはかなりな贅沢ぜいたくをした。
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
我邦の医者は食餌療法という事に極く無頓着むとんちゃくで医者自身すら豚の生肉なまにくを煮て食べるような始末だけれども西洋の医者は薬物療法と相並んで食餌療法を実行する。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
かれは、田川の声には無頓着むとんちゃくなように、ならべられていく机の列をじっとにらんでは、そのみだれを正していた。——二人とも、それぞれに室長に選ばれていたのである。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
というは、亭主多吉が町人の家に生まれた人のようでなく、世間に無頓着むとんちゃくで、巡査の言い置いて行ったような実際の事を運ぶには全く不向きにできているからであった。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
しかし若い僧は国太郎がじろじろ見上げ見下ろす眼ざしには一向無頓着むとんちゃくになお進んでたずねる。
とと屋禅譚 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
もし以前におぬいさんに送った星野の手紙がもっと違った内容を持っていたとすれば、おぬいさんがこの手紙を開封する時、ああまで園の存在に無頓着むとんちゃくでいられるだろうか。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
かねて用心のために背に負う手裏剣しゅりけん用の小さい刀のつかに手を掛け、近く来ると打つぞと大きな声でどなったが、老翁は一向に無頓着むとんちゃくで、なお笑いながら傍へ寄ってくるので
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
あの甘くして柔かく、たちまちにして冷淡な無頓着むとんちゃくな運命の手にもてあそばれたい、というみがたい空想に駆られた。空想の翼のひろがるだけ、春の青空が以前よりも青く広く目に映じる。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
田舎の先生は一向無頓着むとんちゃくにて不相変あいかわらず元勲崇拝なるも腹立たしき訳に候。
歌よみに与ふる書 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
こまかしいことには無頓着むとんちゃくな須磨子の話しをした。
松井須磨子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
心配が胸につかえて食物の味が解らんような豪傑は一向ありがたくない。今の人たちにも食物に無頓着むとんちゃくな事を自慢する者があるけれども僕には一向訳が分らんよ。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
科学者と芸術家が別々の世界に働いていて、互いに無頓着むとんちゃくであろうが、あるいは互いに相反目したとしたところが、それは別にたいした事でもないかもしれない。
科学者と芸術家 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
ふだん無頓着むとんちゃくをよそおっている逸作も、このときだけは、妙にすごい顔付きになっていった。
母子叙情 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
洋服ようふくのボタンが一つれて、ひじのあたりがやぶれている具合ぐあいまでが、無頓着むとんちゃくで、なおしてあげるといってもめんどうくさがる、おとうさんのようすを彷彿ほうふつさせて、どくのようにも
汽車は走る (新字新仮名) / 小川未明(著)
次郎は、しかし、みんなのそうした様子には、まるで無頓着むとんちゃくなような顔をしていた。彼はともすると、むっつりして、ひとりで何か考えこんだ。それが子供達を一そう気味悪がらせた。
次郎物語:01 第一部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
そして困ったことでもあった時、相談をしかけたら、すぐてきぱき始末をつけてくれそうだけれども、その先の先がどう変ってゆくのか、渡瀬さん自身でさえ無頓着むとんちゃくでいるようにも見える。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)