無明むみょう)” の例文
真耳鼻舌身意けんにびぜつしんいも無く、色馨香味触法しきしょうこうみそくほうも無く、眼界げんかいも無く、乃至ないし、意識界も無く、無明むみょうも無く、また無明の尽くることもなく……」
小説 円朝 (新字新仮名) / 正岡容(著)
そうだ、意趣返しに相違ない、と一旦は景気づいてもみるが、つぎの刹那、藤吉はまた手の着け場所のない無明むみょう闇黒やみに堕ちるのだった。
ただ最初の「無明むみょう」と、最後の「老死」とを挙げてあるのみで、その中間は、「乃至」という文字でもって省略してあるのです。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
そしてじっと木蔭の中に沈みこんでいる武蔵の眸には、無明むみょうの道と、有明うみょうの道とが、みだれた頭のうちにも、かすかにわかっていた。
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
殊更うれいを含む工合ぐあい凄味すごみあるに総毛立そうけだちながらなおくそこら見廻みまわせば、床にかけられたる一軸たれあろうおまえの姿絵ゆえ少しねたくなって一念の無明むみょうきざす途端
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
「机竜之助は、無明むみょうの中に生きているのだ——ところで、仏頂寺弥助と、丸山勇仙は、何のために生きているのだ」
大菩薩峠:36 新月の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
……儂があれほど愛しておったなよたけのかぐやまでが、儂の心からだんだんと離れて行くのじゃ。……儂はあれを無明むみょうの中に喪うてしまいたくはない。
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
為佗有(相対的有)は業識ごっしきである、業識有、為佗有であっても、狗子無、仏性無である。——ここには無明むみょう業識の「有無」を超えた絶対的な「無」が含意される。
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
無明むみょうの病をする ように修業するということは、医者をやるよりも急務である。だから、私は医者をして此にいることは出来ない。じつに如来にょらいは大医王である。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
一人娘のために住居すまいの外見などにもみすぼらしさがないようにと、りっぱな体裁を保って暮らしていたのであるが、子を失った女主人おんなあるじ無明むみょうの日が続くようになってからは
源氏物語:01 桐壺 (新字新仮名) / 紫式部(著)
宗祇が『古今集』のやまとうたは人の心を種とするといっているのを釈して、それを元初一念の人の心と断じ、忽然こつねん念起、名づけて無明むみょうすというのはこれだ。無明は煩悩ぼんのうだ。
これは仏教でいう「人間の無明むみょう」といって心のなかに無智な感情がある(女性には殊に多く)。そこへ巣喰う一種の盲愛があり、それがために自分を欺く憎むべき者をも憎み得ない。
仏教人生読本 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
そういうところを通りぬけ、玉川に掛っている無明むみょうの橋を渡って、奥の院にまいり、先祖代々の霊のために、さかんに然える護摩ごまの火に一燈いっとうを献じた。これは自身の諸悪業しょあくごうをたやすためでもある。
仏法僧鳥 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
禅を哲学的に見れば昔の禅学は一方において那伽閼剌樹那ながあらじゅな(二四)のインド否定論に似ており、また他方においては商羯羅阿闍梨しゃんからあじゃりの組み立てた無明むみょう(二六)に似たところがあるように思われる。
茶の本:04 茶の本 (新字新仮名) / 岡倉天心岡倉覚三(著)
そこで仏陀ぶっだやショペンハウエルの教える通り、宇宙は無明むみょう闇夜あんやであって、無目的な生命意慾に駆られながら、無限に尽きないごうの連鎖を繰返しているところの、嘆きと煩悩ぼんのう娑婆しゃば世界に外ならない。
老年と人生 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
げに人間の心こそ、無明むみょうの闇もことならね
袈裟と盛遠 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「お千絵どのも今頃は、さだめしこの身を、どこにいるかと思うていよう……」吾とわが懊悩おうのう無明むみょうに独りつぶやくのである。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
なよたけの赫映姫はこのまま誰にも知られずに、無明むみょうの闇の中に消えせて行くものと諦めておった。
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
無明むみょうもなく、また無明の尽くることもなく、乃至ないし、老死もなく、また老死の尽くることもなし」
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
あら不思議、たしかその声、是もまださめ無明むみょうの夢かとこすって見れば、しょんぼりとせし像、耳をすませばかねて知るもみの木のかげあたりに子供の集りてまりつくか、風の持来もてくる数えうた
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
少しく光明を得ていた眼が、再び無明むみょう闇路やみじに帰ったのも、その時からでありました。
大菩薩峠:19 小名路の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
闇黒——ぬばたま無明むみょうのやみ。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
あんたんたる中に、ツウ——と赤い、一筋の光がみえた。まさに無明むみょうの底から碧落へきらくを仰いだような狂喜である。お綱は、われを忘れて闇を泳いだ。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「真言は不思議なり。観誦かんじゅすれば無明むみょうを除く。一字に千理を含み、即身に法如ほうにょを証す」
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
明月や座頭ざとうの妻の泣く夜かな、といにしえの人がみましたそうでございますが、人様の世にこそ月、雪、花の差別はあれ、私共にとりましては、この世が一味平等の無明むみょうの世界なのでございます。
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「まいちど、叡山へのぼるがよい。そして、あせらず、逃避せず、そして無明むみょうをあゆむことじゃ。歩むだけは歩まねば、彼岸ひがんにはいたるまいよ」
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
永久にその眼を無明むみょうの闇に向けられているというような不幸な運命に置かれていないで、比較的利口そうな、そうしてぱっちりした眼をもった、世の常ならば、美しいといった方の女の子であるが
大菩薩峠:32 弁信の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
しげしげと見れば、針のような筋しかない無明むみょうの眼にも、内には燃える希望を持って、この小法師は、しんから身を楽しいものとしているらしい。
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
もとの無明むみょうの闇に帰りたくはなかろう。
大菩薩峠:20 禹門三級の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
数十年の大乱をただよそにしているしかなかった無明むみょう世界の盲者もうじゃたちには、どんなふうに、その目あきの世界がうつっていたか、考えられていたか
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
半生を無明むみょうの中に送って、不遇な生涯をとじた甲賀世阿弥の亡骸なきがらを、そのまま涙なく打ち捨てておく気にもなれない。
鳴門秘帖:05 剣山の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あのようにやいばと鉄と人馬で囲んでも、枕を高くして寝られない所領や城にかじりついて生きてきたのかと、初めて、無明むみょうやみから出てきたように思う
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「かいもく無明むみょうらしく、斎宮いつきのみやでも、母の草心尼とやらが、つき添うておりました。……いえこんなことは、みかどもつとに御存知と思うておりましたが」
仏子ぶっし範宴、人と生れてここに二十九春秋、いたずらに国土の恩にれて長じ、今もって、迷悟を離れず悪濁おだく無明むみょうにあえぎ、幾たびか籠り幾たびか彷徨さすら
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ここで自分が助からねば、せっかく握った大事件の曙光しょこう、再び無明むみょうに帰して、常木先生もたわら様も終生社会の侮蔑ぶべつに包まれて、不遇の闇に生涯を送らなければなるまい。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
せき明神みょうじんいただきは、無明むみょう琵琶びわを抱いて、ここに世を避けていたという、蝉丸道士せみまるどうしの秘曲を山風にしのばせて、老杉ろうさん空をかくし、こけの花を踏む人もない幽寂ゆうじゃくにつつまれている。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
無明むみょうの底から、一道の光をみたように、お綱は手に持ちささえていた新藤五の刀の肌を見まもっていた。そこに、亡き母親の面影がういて、自分に、ものをいいかけるかと——。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
せつな、尼はまぶしげな睫毛まつげをした。覚一はまともに向いたままだった。けれど、彼がせいをうけた黒天黒地の無明むみょうの世界にも、トロトロとして巨大な一輪の光焔こうえんだけはえていた。
私本太平記:02 婆娑羅帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
翻然ほんぜんと大悟した彼は、無明むみょうやみから光明の中へ、浮かみ出したような気持がした。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と身をかがめたり土の肌をなで廻すほどに、無明むみょうはかれをもてあそびました。そして
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
金吾の囈言うわごとを聞けば聞くほど、かの女の甘い毒薬は少しずつ朝夕のかゆに増されて、春は来ても梅は咲いても、相良金吾、聖天しょうでん洞窟どうくつよりはさらに無明むみょうな妖婦の愛のとりことなって、今は
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
洛内洛外の寺院の鐘が、いんいんと、無明むみょうから有明うみょうのさかいへ鳴っていた。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
おのれの駕の行く先も知らぬ無明むみょうの旅の宵風よいかぜに吹かれています。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「だが、お通さん。——そっちへ行くのは、無明むみょうの道だぞ」
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)