つか)” の例文
それだのに早くから文学にはまって始終空想のうちつかっていたから、人間がふやけて、秩序だらしがなくなって、真面目になれなかったのだ。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
一尺位の深い所まで水につかると、二三度粟をといで水をごぼごぼ汲み入れ、再びうふふ、うふふ奇声を上げながら飛び出した。
土城廊 (新字新仮名) / 金史良(著)
湯壺ゆつぼ花崗石みかげいしたたみ上げて、十五畳敷じょうじきぐらいの広さに仕切ってある。大抵たいていは十三四人つかってるがたまには誰も居ない事がある。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
水のボトボトたれる潜水服を抱えているけれど、あまり時間が長くつので、いまはこらえ切れなくなって、水につかったままあくびの連発である。
地中魔 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「ええ、ええ、そうです。おや、ごらんなさい、むこうのはたけ。ね。光の酒につかっては花椰菜はなやさいでもアスパラガスでもじつ立派りっぱなものではありませんか。」
チュウリップの幻術 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
「本當よ——食べて御覽なさいな。」メァリーもやさしく繰り返した。そしてメァリーの手は、雨につかつた私の帽子をとつて、頭を持ち上げてくれた。
島がを振るように震動し、焼山から火を噴いて、三日の間、灰と岩石を降らした。みな東の入江に逃げ、三日三晩、首まで海につかって熱気をふせいだ。
藤九郎の島 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
玉を溶かしたように美しいが、少し微温ぬるいので、いつまでもつかっていなくてはならない。流し場もなければ桶一つない、あたりに水もない殺風景なものだ。
白峰の麓 (新字新仮名) / 大下藤次郎(著)
人畜じんちくを挙げて避難する場合に臨んでも、なお濡るるを恐れておった卑怯者も、一度溝にはまって全身水につかっては戦士がきずついて血を見たにも等しいものか
水害雑録 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
見ればすぐそこの川の中には、裸体の少年がすっぽり頭まで水につかって死んでいたが、その屍体したいと半間も隔たらない石段のところに、二人の女が蹲っていた。
夏の花 (新字新仮名) / 原民喜(著)
そこにはアルドラミン家の館の淡紅色の大理石の花形がある。そして、ロレンツオよ、君の住んでゐる館の赤み掛かつた壁と水につかつた三段の石級せききふとがある。
復讐 (新字旧仮名) / アンリ・ド・レニエ(著)
腹まで水につかる場所に来て、馬は鼻面でちよつと水にふれ、首をふる。房一の足にもう少しで水がとゞきさうだ。瀬の音が急に下手から水面を匍ひ上つて聞える。
医師高間房一氏 (新字旧仮名) / 田畑修一郎(著)
「あッ、カムポス」と、思ったときは胸までもつかっている。カムポスは、一度は血の気のひいたまっ蒼な顔になったが、やがて、観念したらしくにこっと折竹に
人外魔境:05 水棲人 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
アッと思う間に、真逆様まっさかさまにつり下げられた一寸法師の頭が、ザブッと酒樽の中につかった。緑さんの短い両手が、くうがいた。パチャパチャと酒のしぶきが飛び散った。
踊る一寸法師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
生前美しかった娘子の黒髪が吉野川の深い水につかってただよう趣で、人麿がそれを見たか人言に聞きかしたものであろう。いずれにしてもその事柄を中心として一首をまとめている。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
一人だから食べ切れないで、きつき過ぎる、と云って、世話もなし、茄子なすへたごとしょうのもので漬けてありました。つかり加減だろう、とそれに気が着いて、台所へ出ましたっけ。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
沢になって小流れがあるところの岩と水の間を、無雑作むぞうさに掘りひろげて、その中に赤裸せきらな人間が七つばかり、すっぽりとつかっている。しかも、それがみんな年の若い女ばかりでした。
大菩薩峠:38 農奴の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
その夜、客あしらいのよい由玄の介抱で、久方ぶりの風呂にもつかり、固粥かたかゆの振舞いにまで預ったところで、実は貞阿として目算もくさんに入れてなかった事が持上った。雪はまだむ様子もない。
雪の宿り (新字新仮名) / 神西清(著)
雇人の風呂場ではなく、家族の風呂場へ案内されて、一度はハッと気が付いたようでしたが、すっかり好い心持になっていた半蔵は、思い直して、少し酔った身体を風呂桶の中へつかりました。
大晦日おおみそかも、元日も、そこで越して奈良漬ならづけのように露八はつかっていた。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その部屋の隅にはアルコオルを満した、大きい硝子ガラスの壺の中に脳髄が幾つもつかつてゐた。彼は或脳髄の上にかすかに白いものを発見した。それは丁度卵の白味をちよつとらしたのに近いものだつた。
或阿呆の一生 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
上機嫌の道臣はかう言つて、湯桶につかりながら
天満宮 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
と、わしは湯ぶねにつかってから言った。
(新字新仮名) / 富田常雄(著)
ひざぼしまで水につかつた郵便配達夫を
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
浮いたあぶらのように落ちつかつて
私が始終斯ういう感じにばかりつかっていて、実感で心を引締めなかったから、人間がだらけて、ふやけて、やくざがいとどやくざになったのは
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
浴客は皆で四人、学生らしいのが湯槽につかっているだけで、あとはそれぞれ流し場でごしごしと石鹸を使っていた。
電気風呂の怪死事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
滅多めったな穴へ這入はいるとまた腰きり水につかる所か、でなければ、例のさかさの桟道さんどうへ出そうで容易に踏み込めない。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
上から三段目は水につかつたり水の上に出たりするので、湿つてぬる/\してゐた。
復讐 (新字旧仮名) / アンリ・ド・レニエ(著)
その夜、客あしらひのよい由玄の介抱で、久方ぶりの風呂にもつかり、固粥かたかゆの振舞ひにまで預つたところで、実は貞阿として目算もくさんに入れてなかつた事が持上つた。雪はまだむ様子もない。
雪の宿り (新字旧仮名) / 神西清(著)
水につかった一切いっさいの物いまだに手の着けようがない。その後も幾度いくたびか雨が降った。乳牛は露天ろてんに立って雨たたきにされている。同業者の消息もようやく判って来た。亀戸のなにがしは十六頭殺した。
水害雑録 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
チャイコフスキーの結婚は、恐るべき不幸な破綻はたんにおわった。彼はますます無口になり、憂鬱ゆううつになり、その生活の重荷を振り払うために、霜の深い晩、川につかって自殺を企てたこともあった。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
しまいには方角違いの処まで、ふらふらと見て廻った。水槽の中に折重なってつかっている十あまりの死体もあった。河岸かしに懸っている梯子はしごに手をかけながら、そのまま硬直している三つの死骸があった。
夏の花 (新字新仮名) / 原民喜(著)
殺された女が事件をよそに悠々と落ついて、たった一人で何時までも湯槽ゆぶねつかっているなり、流しているふりしていたと考えれば、幾分合理性も認められるが、浴客中に
電気風呂の怪死事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
そうして暑くなると、海に入って行こうといって、どこでも構わずしおつかりました。そのあとをまた強い日で照り付けられるのですから、身体からだ倦怠だるくてぐたぐたになりました。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「千両の金の茶釜が、潮の差す井戸にたった五日つかって、青い緑青ろくしょうを吹いてるのは大笑いだ、こんなもので人寄せをやると、今度はお上じゃっておかないぜ。——軽くて所払い、重くて遠島、獄門」
黄色いまばらな街燈に照らしだされた馴染なじみの裏街が、まるで水の中につかっているような気がしたし、帆村ほむらのやつは帆村のやつで、黒いソフトを名猿めいえんシドニーのように横ちょに被り
西湖の屍人 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「あかにつかつて、櫛が一つ——こいつは鼈甲べつかふですよ」