汚点しみ)” の例文
旧字:汚點
茶卓のクロース皮膚の汚点しみをつけて、無上の快楽については妥協政治で解決する弾力のある男女がおかぼれ同士のように話しつづけた。
大阪万華鏡 (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
その洋傘かさだって、お前さん、新規な涼しいんじゃないでしょう。旅で田舎を持ち歩行あるいた、黄色い汚点しみだらけなんじゃありませんか。
第二菎蒻本 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と、あごがすぐに三重になる。それほど彼女はふとっていた。下を向くと、胴着の上に汚点しみがついている。なかなか言い返そうとしない。
汚点しみのついてる古い壁板、きたない天井、緑というよりもむしろ黄いろくなってるセルの着せてあるテーブル、手あかで黒くなってる扉
いわゆる貸間長屋デネメントハウスというやつで、一様に同じ作りの、汚点しみだらけの古い煉瓦れんが建てが、四六時中細民さいみん街に特有な、あの、物のえたような
女肉を料理する男 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
そこで私はその汚点しみを写真に撮って、種板たねいたを補力して焼付けてみると、果して手型に相異なく、しかも長い華奢な手で、あらゆる細部が
一本一石、松の枝ぶり、枯れ案配、壁の汚点しみからかわらのかけ方、あたりのただずまい何から何まで、似ているのではない、全然同じなのだ。
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
百八十円で買ったとかいう狸の皮の裏には黒い汚点しみのあとがところどころに残っていて、それは生々なまなましい人間の血であると医師は言った。
探偵夜話 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
つまり彼は真白だと称する壁の上に汚い種々さまざま汚点しみを見出すよりも、投捨てられた襤褸らんるきれにも美しい縫取りの残りを発見して喜ぶのだ。
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
絶え入るやうな悲鳴が続いて、明石縮らしい単衣ひとへの肩の辺に出来た赤黒い汚点しみが、見る見る裡に胸一面に拡がつて行くのだつた。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
富岡は、興味もなく、その新聞を枕もとにはふり出して、大きなあくびをした。ゆき子は白いカーテンの、汚れた汚点しみをじいつと見てゐた。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
しかも明らかに打撲傷による出血と認められる青黒い大きい汚点しみが幾カ所も残っていた。胸とその周囲は棍棒で殴打されたように見られた。
「それに、正面からあれだけの事をやって、返り血を浴びないはずはない、——お浜の着物は残らず見たが、汚点しみ一つないよ」
その二つの寺は並びあっていて、一方は荒れはてた木造、一方は石造で、壁は黄ばみ、全体に汚点しみと亀裂だらけになっている。
インクの汚点しみだらけの机に向かって、ぼろぼろの大きな帳簿にその患者の名を書き込んでいた病院の書記は、思わず微笑を浮かべてしまった。
「吉兵衛は、あわてて、こりゃア飛んだ粗相をしました。すぐ汚点しみ抜きをしますから、と言ってあなたを裸にしましたろう」
顎十郎捕物帳:18 永代経 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
ただくすぼれて、口をいびつに結んで黙りこくってしまったような小さい暗い家が並んでいた。漆喰壁しっくいかべには蜘蛛の巣形に汚点しみびついていた。
巴里祭 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
そして過失に驚いた様子をしながら、人々の足下に散らばっている破片を集め、丁寧に謝罪しながら、婦人客のすそについた液体の汚点しみをぬぐった。
ウォーソン夫人の黒猫 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
吸入器、薬瓶、天井から下ってる電灯、何かこそこそ用をしている看護婦、膝の所に一つ黒い汚点しみのあるその真白な服、そして信子はじっとしていた。
二つの途 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
駄夫は壁に凭れて腕を組み、さて与里の顔や汚点しみの浮いた障子等を眺め廻して、遠い場所に騒いでゐる在るか無いかの物思ひに捲込まれたいと思つた。
竹藪の家 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
大輪の向日葵ひまわりの、しおれきってうなだれた花畑尻はなばじりの垣根ぎわに、ひらひらする黒いちょうの影などが見えて、四下あたり汚点しみのあるような日光が、強くみなぎっていた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
夜食を終つて寝につくまで、たつた一時間、髪薄き老妻の繰言は途切れ途切れ、汚点しみだらけの襖の影に巣喰ふいら立たしき沈黙こそ、此の世の不幸である。
武者小路氏のルナアル観 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
顔の肌も洗われたばかりで、老人らしい汚点しみもなく黄色く光って見える。二人はまた火鉢の側に坐りこんで、しばらく話をした。彼らの親戚たちの噂話。
斗南先生 (新字新仮名) / 中島敦(著)
置いてある御馳走へは畳のごみが舞い上って自然とまるし、長い時間中にははいが飛んで来て不潔な汚点しみをつける。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
栄養不良の葉はすっかり縮んで汚点しみができ、下枝の方の葉はもう黄色に枯れかかってさはると散りさうだった。
夏蚕時 (新字旧仮名) / 金田千鶴(著)
偶然汚点しみを天井にとどめたるものにして、化け物の所業でないことが、少しく心をとめて見ればすぐに分かる。
おばけの正体 (新字新仮名) / 井上円了(著)
それは「家」だつた。あの黒光りのする欅の柱、去年も一昨年も同じ所に造られた燕の巣。所々が剥げ落ち、雨で黒い汚点しみができ、又上塗りをされた白壁。
医師高間房一氏 (新字旧仮名) / 田畑修一郎(著)
騎西家の建物は、充分時代の汚点しみで喰い荒され、外面はすでにボロボロに欠け落ちていて、わずかにその偉容だけが、崩壊を防ぎ止めているように思われた。
白蟻 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
しかし夕方になつて、体がぐつたりと綿のやうになり出すと、心の底から汚点しみのやうに浮き出して来る。
無題Ⅰ (新字旧仮名) / 北条民雄(著)
彼は、下まぶたに大きな汚点しみのある袋のついた眼を細め、マッチを持ち添えスパスパ火をよびながら
一本の花 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
何か飲物をこぼした汚点しみだの手垢だのでよごれ放題、おまけにかがりの糸もゆるんだり切れたりして、何代の人手に転々としたか想像もつかぬほどの大時代物である。
灰色の眼の女 (新字旧仮名) / 神西清(著)
おくみはそちこち汚点しみが附いてゐるまゝで行李にしまつてあるやうなものなぞも、昼の中に一々きれいにしておいて、そこらの押入の中を段々にきちんとして行つた。
桑の実 (新字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
汚点しみだらけな壁も、古風な小形の窓も、年代の故で歪んだ皮椅子も皆一種人生の倦怠を表はして居る職員室に這入ると、向つて凹字形に都合四脚の卓子が置かれてある。
雲は天才である (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
汚点しみだらけの防水幕に仕切られた楽屋の片隅を、檻の中の熊のように、往きつもどりつしていた。
夢鬼 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
青く塗つた窓際には夏からあるレエスの色のめたのが掛つて居る。十二月らしい光線は溝板どぶいたの外の方から射し入つて、汚点しみの着いた白い布の掛つた食卓の上を照して居る。
(新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
「姉やん見やいせ。良え光沢つややろが。汚点しみが惜しいことにちょっと附いてるのでな。」
南北 (新字新仮名) / 横光利一(著)
同じ生気のない恰好をして歩いている汚点しみのような労働者たちのくねった長い列をみていると、これが何時、あの「ロシア」のような、素晴しい力に結集されるのか、と思われる。
工場細胞 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
今まで青い電燈の下で、黒く見えていたハンカチの汚点しみが、赤黒い血の色に変った。
悪魔の紋章 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
彼らだって永く添っているうちには面白くない汚点しみを双方の胸のうちに見出しつつ、世間も知らず互も口にしない不満を、自分一人にがく味わって我慢した場合もあったのだろうと思う。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
娘の欠点は、自分の恥のもとともなります。父親のバニカンタは、却って他の娘達より深くスバーを愛しましたが、母親は、自分の体についた汚点しみとして、厭な気持で彼女を見るのでした。
その時までちっともそれに気がつかないでいた私には、何んだかそれはいま知らぬ間に私の万年筆からはねたインクの汚点しみかなんかで、いたらすぐとれてしまいそうに思えたほどだった。
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
差出人の名はありませんが明かに男の手蹟です。それもかなり古いらしく処々に汚点しみがあります。私は何か見るべからざるものを見たような思いがしまして、それを手に持った儘迷いました。
消えた霊媒女 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
日がな一にちレクトル・エケクランツの水っぽいが凝視している壁は、おもて通りに入口をもつ売春宿ホテル・ノルジスカの横ばらで、そこには雨と風と時間の汚点しみが狂的な壁画を習作していた。
踊る地平線:05 白夜幻想曲 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
柿本が入れられたのは支那人を追い出した、支那人への施療せりょう病室だった。白ペンキが禿げた鉄寝台、汚点しみだらけの藁蒲団、うみくさい毛布。敷布や、蒲団蔽いはなかった。普通の病室よりは悪かった。
武装せる市街 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
ごま塩のまげをのせたその老人は、永遠の使用人として満足している人間の神妙げな表情であった。さし込む赤い西陽を受け、彼の顔にある汚点しみまで浮んで見える。出張所の役人が立って茶盆を取った。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
「僕の古いこんの上着だ。そら汚点しみがある。」
安酒やすざけや嘔吐の汚点しみは、舵も錨も失せた私に
膝なる汚点しみはわりなくも
なるほど、青味がかった汚点しみのようなものが目につく。しかし、彼は、それが凍傷しもやけの始まりだといい張った。どうせ、にらまれているんだ。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
絶え入るような悲鳴が続いて、明石縮あかしちぢみらしい単衣ひとえの肩の辺に出来た赤黒い汚点しみが、見る見るうちに胸一面にひろがって行くのだった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)